シングルファーザーといえば、私は1979年に公開され大ヒットした映画『クレイマー、クレイマー』を思い浮かべる。ダスティン・ホフマンが演じる仕事一筋の父親が、ある日突然、妻に去られ幼いひとり息子を抱えて奮闘するストーリーで、馴れない料理やその他の家事に戸惑う父親の姿を描いていた。それでも父と息子の絆はどんどん深まっていき、ラストでは親権を獲得することになる。
そして今、日本でいちばん有名なシングルファーザーといえば作家であり、ミュージシャンでもある辻 仁成氏だろう。パリでひとり息子を必死に育てる彼の姿に共感する人はとても多い。しかも、辻氏は家事に戸惑うどころか、料理の腕はほとんどプロ並で、現在では出張料理人までしているというからスゴイ! シングルファーザーのイメージをがらりと変えた人でもある。
わが子がいるから強くなれる
私も陰ながら辻親子を応援している。それは私自身もひとり娘を彼の地で育てたからだ。「外国で苦労しなくても日本に帰ってくればいいのに」と思う人もいるだろうが、いったん現地の言語で教育をスタートさせてしまうと途中でのシフトチェンジはかなり難しい。日本語というかけ離れた言語でイチから教育をやり直すことは子どもにとって容易ではないのだ。だから息子さんがパリを選んだ理由も、辻さんがパリで踏ん張る理由もよく理解できる。
親族などひとりもいない異国でたったひとりでわが子を守るには強い意志がいるが、辻さんが日々どうやって自分自身を奮い立たせているかがよくわかる一冊がある。それが、『人生の十か条』(辻 仁成・著/中央公論新社・刊)だ。
シングルファーザーが決定したときは絶望と不安で胃潰瘍になったそうだ。でも、そこから這い上がることができたのは息子さんがいたおかげだという。
自分を変えるというのは、自分の成功ばかりを願うのではなく、子どもの幸せを最優先させることから始めようと決めたことです。そうすればきっと今までにない何かが見えてくるのじゃないか。そのおかげで、強くなれるのじゃないか、と思ったわけです。
あれから数年が過ぎました。(中略)小さかった子どもは私の身長を追い越し、私は彼のおさがりを着るようになりました。思春期ですし、反抗期です。おはよう、と言っても返事が戻ってこない日もあります。それでも、私は嬉しいんです。
私は息子に「おかげ様で」という気持ちを持っています。息子のおかげで今の私があるということです。
(『人生の十か条』から引用)
運気を上げる十の方法
さて、本書は辻さんが難問にぶつかるたびに考えたという「人生の十か条」を一冊にまとめたものだ。幸運のために、悩んだときのために、人間関係でつまずいたときに、衝突したときに、健康のために、心を癒すために、老いに対して、生と死に関して、感謝のために、そして人生そのものについて。それぞれ十の言葉が記されている。
では、いくつかを紹介してみよう。
運気を下げない 十の方法
その一。カッカするべからず
その二。帰る道を変えてみるべし
その三。マンホールの蓋は踏むべからず
その四。呆れるくらいのプラス思考で行け
その五。いくつか諦めてみるべし
その六。とりあえず寝るべし
その七。心のこもらないありがとうは言うべからず
その八。少し許してみるべし
その九。自分は運がいい方だと思い込むべし
その十。命を運ぶのが運命。気を運ぶから運気。運ぶべし
(『人生の十か条』から引用)
人間「もうだめ」と思ったり、口にしたりするとますます運気が下がってしまう。だから、「きっと大丈夫」、「まだいける」などポジティブな言葉を吐き出すよう心がけると、それが自分への応援メッセージとなるそうだ。
心ない人から攻撃されたときの対処法とは?
辻さんはフランス人からストレスを抱えない生き方を学んだという。それは許せない相手をすっぱり切り、仲直りの模索などしないのが彼らの流儀ということ。許せないものを無理して許したりしないから、ストレスも抱えないというわけだ。もちろん和を大切にする日本人は、なかなか難しいことではあるが、誰かと衝突したときの十の心得を辻さんはこう考えているそうだ。
不意に攻撃された時の 十の心得
その一。そいつの暇つぶしの標的になるな
その二。そいつの自慢話のネタにされるな
その三。そいつの踏み台になるな
その四。そいつの寂しさの犠牲になるな
その五。そいつの出世に利用されるな
その六。そいつの愚かな虚勢に組み込まれるな
その七。そいつのはけ口になるな
その八。そいつは無視でよい
その九。そいつは暇なんだ
その十。己は清く正しく生きたらよい
(『人生の十か条』から引用)
あなたの一生はあなたのもの。胃に穴をあけるような毎日を生きるより、青空を見上げて先へ進んでいくのがいいのではと結んでいる。
わが子に伝えたい十か条
最後に、シングルファーザーとしての子育て十か条も紹介しておこう。
親が子どもに伝えたい 人生の十か条
その一。元気よく笑顔で過ごしなさい
その二。なんでも美味しく頂きなさい
その三。友だちを大切にしなさい
その四。正直に生きなさい
その五。歯を磨きなさい
その六。夢は持ち続けなさい
その七。いつか大人になりなさい
その八。親にだけは甘えなさい
その九。死ぬまで学びなさい
その十。朝起きたら生きてることに感謝しなさい
(『人生の十か条』から引用)
父子家庭でも、息子さんはパリで明るく、優しい子に育っていて、友だちもとても多いそうだ。
本書にある数々の十か条は、ビジネスマンにも、また家庭の主婦にもたくさんの勇気をくれはずだ。ぜひご一読を。
【書籍紹介】
人生の十か条
著者:辻 仁成
発行:中央公論新社
作家で、ミュージシャンで、一人の父、辻 仁成氏。パリでの日々、多様な活動を前に生じた想いを、ツイッターを通じて発信してきた。なかでも反響が大きいのが「人生の十か条」だ。これは、著者が苦難に出会ったときに考案し、唱え、それを乗り越える術としてきたもの。壁にぶつかったとき、あなたはどう考えて、どう行動するべきか?不運、トラブル、人間関係。どんなに辛いことも、この「十か条」があればきっと大丈夫。