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2019/1/29 6:00

日本に「イタリアン」を根付かせた伝説のシェフの物語――『カプリチョーザ 愛され続ける味』

1970年大阪万博・イタリア館のレストランのシェフとしてイタリア政府から派遣されたのが日本人だったのをご存じだろうか?

 

その人の名は本多征昭。美味しく、かつ本格的なイタリア料理を提供するチェーン店「カプリチョーザ」の創業者だ。『カプリチョーザ 愛され続ける味』(神山典士・著 本多惠子・監修/プレジデント社・刊)は、日本のイタリア料理に革命を起こした本多シェフの軌跡をたどった一冊。

 

北海道で生まれ育った彼は18歳でイタリアに魅せられ海を渡り、国立エナルク料理学校で学んだ。そして1967年最優秀卒業生となり、その後、ヨーロッパの数々の料理コンテストで入賞、その功績を認められ、日本ではじめて開かれた万国博覧会においてシェフとして凱旋帰国したのだ。

 

万博は食文化新時代到来のきっかけにもなった。それ以前の日本は各国の料理を「西洋料理」として一緒にしていたのだが、万博以降はフランス料理、イタリア料理、スペイン料理……とそれぞれの特色に目覚め、誰もがより本格的な味を求めていくようになったのだ。

 

 

スパゲッティナポリタンはアメリカ経由の料理

昭和30年代生まれの私が子どものころから食べてきたスパゲティは“やわらかい麺”でケチャップ味のナポリタンだった。最近は懐かしの味として再ブームにもなっているが、スパゲティ・ナポリタンはアメリカ経由のイタリア料理だったのだ。

 

数十年前になるが駆け出しライターだったころ、本場のナポリタンの味を聞き出すべく、イタリア大使館のナポリ出身の大使館員のお宅に伺うと、モツァレラチーズたっぷりのポテトグラタンが出され驚いた記憶がある。ナポリでは各家庭のマンマの自慢料理を「ナポリタン」と呼ぶのだと大使館員から教えられ、ケチャップ味のナポリタン取材にやってきた私は大恥をかいてしまったのだ。

 

さて、イタリア料理の夜明けとなった1970年代には、微笑ましいエピソードが多々あるそうだ。今でこそ当たり前にアルデンテ(固ゆで)だが、当時は「このスパゲッティ、固いよ。茹で上がってないんじゃない?」というクレームは日常茶飯事だったという。料理学校でも麺は15分ゆでると教えていた時代なのだから当然といえば当然だ。

 

日本人が本場イタリアの味に馴染んでいくのにはそれなりの時間がかかったというわけだ。

 

 

イタリア料理はきっと流行る!

万博のとき、本多シェフは彼の元で働いた若き料理人にこう言ったそうだ。

 

「将来イタリア料理は世界で流行る。日本でもすごく流行るぞ。なぜならイタリア料理は健康食だ。日本料理と似ている。だから頑張って勉強するんだ!」

「お金儲けより、おれたちは食を通してみんなを幸せにするんだ。それが料理人の本当の喜びだ。そのうち金儲けに走るやつが出てくるけど、そうなったら駄目だ。そのためにはもっとイタリアの文化、歴史、言葉を勉強しろ!」

(『カプリチョーザ 愛され続ける味』から引用)

 

万博以降、多くの料理人はイタリアをはじめ欧州に修行に出ていった。そして本多シェフの予言通りとなり、健康にいいイタリア料理は私たち日本人の食生活に根付いていったのだ。

 

 

カプリチョーザは6坪の小さな店からはじまった

1978年、本多シェフは東京渋谷に6坪の小さなレストラン「カプリチョーザ」を開店。「日本人の味覚に合う本格的な味を、お手ごろ価格で」をテーマにした店は、たちまち人々を虜にし行列のできる店となった。創業当時は美味しさはもちろんのこと、一人前500gのパスタの大盛りがカプリチョーザの定番だったそうだ。現在のお洒落なイタリアンレストランの常識からすると約5倍の量だから驚きだ。

 

これは本多シェフが、北海道でよろずを扱う店を開き大繁盛させた母親から受け継いだ「損して得とれ」の精神から生まれたものだという。

 

お客様に喜んでもらって、お腹いっぱいにしてもらえればまた来てくれる。商売とはそうやって大きくしていくものだという、母の教えを守っていたのです。

(『カプリチョーザ 愛され続ける味』から引用)

 

カプリチョーザは2018年に創業40年を迎え、チェーン展開をはじめてからは33年が経った。国内外100店舗を超えるカプリチョーザでは、味もメニューも創業当時のままを貫いている。これは世界的にも類を見ない、ギネスブック級の偉業だと著者の神山氏は記している。

 

 

トマトとニンニクのスパゲティは8分経っても美味だった!

本書を読み終えたら、表紙の写真にもなっているカプリチョーザの創業以来ずっと人気ナンバーワンの「トマトとニンニクのスパゲティ」をどうしても食べたくなり、ネットで検索してわが家からいちばん近いチェーン店に行ってきた。

 

注文をすると「これからパスタをゆでますから少々お時間をください」と言われた。そう、カプリチョーザではどんなメニューも注文が入ってから作りはじめるスタイルを守っている。そして待つこと十分ちょっとでアツアツの真っ赤なトマトの赤に染まった皿がテーブルに置かれた。

 

香ばしい香りが最高で、味はパンチが効いていてとてもおいしい。使っているトマトはイタリア南部の契約農業で栽培されたものだそうだ。麺はデュラム・セモリナ粉100%のイタリア産で、カプリチョーザの料理に一番向いているものを厳選しているという。

 

食べはじめはもちろんアルデンテ、私は食べるのが遅いほうなのだが、8分を過ぎてもしても皿のスパゲティは冷めずに確かにおいしさを保っていた。ひさしぶりに本物のイタリア料理を食べられ大満足だった。

 

本多シェフは1988年に病気でこの世を去っている。しかし、この偉大なシェフのレシピは今も確かに生きている。”本多スピリッツ”は健在なのだ。

 

本書はノンフィクションライターの神山氏がイタリア・ローマまで飛んで徹底取材をし、また本多シェフを知る人々にインタビューを重ねた上で書かれたものだ。カプリチョーザの軌跡に加え、日本のイタリア料理夜明け、そしてその発展をも知ることができる一冊だ。

 

【書籍紹介】

カプリチョーザ 愛され続ける味

著者: 神山典士、本多惠子
発行:プレジデント社

トマトとニンニクのスパゲティ、イカとツナのサラダ、元祖シチリア風ライスコロッケ……。圧倒的なボリューム、本場の味わい、アットホームな雰囲気で創業以来愛され続けるイタリアンレストラン「カプリチョーザ」。日本のイタリア料理に革命を起こした元祖「大盛」イタリアン創業シェフ・本多征昭物語。

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