「尾張名古屋は城でもつ」という言葉があります。伊勢音頭に使われているフレーズですが、この「もつ」は「保つ」という意味なのだそうです。尾張名古屋は城のおかげで保つ、つまりは繁栄しているということなのでしょう。
『Pen +【復元 木造天守閣】 名古屋城から始める、名古屋カルチャー・クルーズ』は、この名古屋城について、各界の専門家がそれぞれの方法で鋭く迫った本です。
名古屋城を見たいと思いつつ…
1980年から1985年まで、私は名古屋に住んでいました。夫が名古屋にある大学院に通っていたので、結婚したと同時に移り住んだのです。引っ越しの片付けが済むと、私は「名古屋城に行こう!」と、夫を誘いました。是非とも行きたい場所だったのです。けれども、彼は「やめときなよ。何にもないらしいよ」と言います。
夫だけではありません。知り合いになったばかりの名古屋の人たちは、皆、親切でしたが、名古屋城に行きたいという私の望みには渋い顔を見せます。「かつては国宝認定を受けた名城だったけれど、第二次世界大戦で爆弾の直撃を受けて焼け落ち、今やかつての面影はない」というのです。「行っても仕方がないんだわ」と、まるで名古屋城を見せたくないかのような答えばかりが返ってきます。
私はがっかりしつつも、土地の人が行きたくないと言うところに固執するのもなあと思い、なんとなく行かないまま毎日が過ぎて行きました。そのうち、子どもが生まれたりと、私は見物どころではなくなり、名古屋城をちゃんと見ないまま神戸に引っ越してしまいました。
名古屋城が生まれ変わる?
ところが、最近になって事情が変わったようです。名古屋城を特集する本やテレビ番組が急に増えたのです。名古屋城の本丸御殿が10年にわたる復元を終え、公開されたのに合わせて城への関心が高まったためでしょう。
さらに、天守閣の木造復元が2022年に竣工予定だというではありませんか。名古屋の人たちは「見る必要ないよ」などと謙遜していましたが、実のところは、戦後ずっと何とかして復元しようと願い続けていたのかもしれません。
お城に行こう!!!
先日、所用があって名古屋に行きました。日中、ほんの数時間、急に自由な時間ができました。「映画でも観ようかな~~?」と、呟いたとき、長い間、忘れていたあの言葉が蘇りました。「尾張名古屋は城でもつ」。そうだ! 今こそ、名古屋城に行かなくちゃ! どんなに混雑していても、時間の許す限り名古屋城を堪能しよう!
3つの「!」を胸に轟かせながら私は地下鉄に乗りました。同時に、自分に言い聞かせてもいました。「たとえたいしたことがなくても、がっかりしては駄目よ。名古屋の人たちが、あれほどやめるようにと、忠告した場所なのだから」と。あまりにも楽しみにしていると、がっかりすることが多いのが、観光地というものだからです。
本を片手に名古屋見物
けれども、がっかりすることなどありませんでした。それどころか、さすが名古屋城だと感心することだらけでした。『Pen +【復元 木造天守閣】 名古屋城から始める、名古屋カルチャー・クルーズ』に掲載されていた木村有作学芸員のアドバイスも大変参考になりました。
たとえば、
豊臣家から徳川家へ、新しい時代に変わる時に建てられたのがこの城。その時代性、背景にある物語に思いを馳せながら巡ってみてください。
巨大な天守や金鯱は力を示すのに必要なものでした。
(『Pen +【復元 木造天守閣】名古屋城から始める、名古屋カルチャー・クルーズ』より抜粋)。
なるほど~、私はすっかり感心しながら見学を終えました。夢中になりすぎてすっかり時間をオーバーし、お昼を食べる時間がないほどでした。
天守閣より驚いた本丸御殿
私が、一番楽しんだのは「名古屋城本丸御殿」と呼ばれるところです。綿密な復元計画を終えて、ようやく完成公開されたばかりだといいます。
江戸時代の技術の粋を結集した傑作で、奇跡的に実現された復元だと聞きました。私は幸運な出会いをしたのでしょう。今回、初公開となったのは、本丸御殿の中でも格式の高い「上洛殿」や将軍専門のお風呂場である「湯殿書院」などです。
実際に観て、驚きました。侘び寂びの世界を期待して見学した人は、もしかしたらうろたえてしまうかもしれません。新しくピカピカで、まぶしいほどです。
守られた宝には秘密があった
けれども、復元にかけた執念が伝わってくるような美の世界が広がっているのだと私は感じました。
復元を可能としたのは、多くの障壁画や実測図、写真、礎石、史料が戦火を逃れたためです。名古屋城自体を移動させるわけにはいきませんが、運ぶことのできるものはできる限り運び出し、疎開させた人がいたのです。当時、文化財保護に携わっていた小栗鉄次郎という方が、コンクリート造りの宝物倉に注目し、数々の美術品や障壁画を疎開させたといいます。おかげで膨大な美術品が空襲で消失せずにすんだのです。
国の宝を守った宝物庫は愛知県豊田市にあり、「灰宝神社」として参拝することができます。次回、名古屋方面に行ったら、是非訪ねてみたい場所となりました。
こうして今回は、文化財を守るとはどういうことなのかを深く考えさせられる名古屋城見物となりました。機会があったら、是非行ってみてください。「尾張名古屋は城でもつ」の言葉を実感することができるでしょう。
【書籍紹介】
Pen +【復元 木造天守閣】名古屋城から始める、名古屋カルチャー・クルーズ
著者: Pen +編集部
発行:CCCメディアハウス
名古屋城と名古屋の魅力をPenならでは視点で多角的に紹介します!<主な内容>◯詳細な歴史でたどる、名古屋のシンボルの軌跡。◯チームしゃちほこインタビュー 名古屋城好き著名人ページ。春風亭昇太、ロンブー淳、藤波辰爾、TERU(GLAYボーカル)、レキシなど◯名古屋城前能楽堂で楽しむ、世界遺産「能」。◯尾張藩藩士の養鶏にルーツがあった名古屋コーチン食べ歩き!◯城下町で楽しむ 名古屋旬のグルメ◯気鋭のシェフが案内する江戸から続く名店の味◯小説家・奥山景布子/書き下ろし短編小説◯「ブラタモリ」名古屋編が過去最高視聴率を獲得した理由