藤田嗣治(レオナール・フジタ)はモディリアーニやシャガールと共にエコール・ド・パリ(パリ派)を代表する画家だ。藤田は「乳白色の肌」の女性像でその名声を確立したが、その絵の中の多くには猫が描かれていた。
藤田が猫を描き始めたのは渡仏して7年ほどたった1920年ごろだったという。実生活でも猫を飼っていて、彼の傍らにはいつも猫が寄り添っていたようだ。異国で生きる藤田にとって猫は心を許せる大事な大事な友だちだったのかもしれない。
『猫と藤田嗣治』(内呂博之・監修、浦島茂世・文、荒堀みのり・ネコ研究家/エクスナレッジ・刊)は、藤田作品の中で猫が描かれたものを集めて解説した画集だが、ネコ研究家による猫解説がそれぞれにつけられているのがおもしろい。ポーズや視線、爪などから藤田が描いた猫のその時の想いがわかるというのだ。ということは、今、あなたが飼っている猫のキモチを知るのにも大いに役立ちそうだ。
猫にも利き手がある!
アメリカで1930年に出版された『猫の本』は藤田の猫好きを象徴する本だ。20点の猫の絵と、詩人で編集者のマイケル・ジョゼフの散文で構成され、ニューヨークのコヴィチ・フリード社から出されたもので、この画集により藤田はアメリカでは「猫の画家」として知られることになったそうだ。本書ではその中から4点を選び猫解説がされているが、中でも右向きに座る猫の絵に注目で、なんと猫にも利き手がある!のだそう。ネコ研究家の荒堀さんによると、
藤田先生が描くネコは頭を左側にして座っていることが多いですが、このネコは逆です。座り方に好みがあるのかはわかりませんが、ネコに利き手があるという研究はされています。ちなみに調べ方ですが、紙コップにゴハンを入れて、どっちの手から取るか見るだけなので、ご自宅のネコちゃんの利き手もすぐに調べることができます。
(『猫と藤田嗣治』から引用)
さっそく、お試しを!
自画像の猫は愛情いっぱいのすりすり
藤田の自画像に初めて猫が登場したのは1926年の一作から。おかっぱ頭に丸メガネ、ちょび髭の藤田の右肩から猫が顔をのぞかせている。
顔がぐにゃっとなるぐらい力を込めて愛情いっぱいにスリスリしてくることはあります。俗説かもしれませんが耳の裏からフェロモンが出ているという話もあるので、ネコはそこを好んでこんなポーズになったのかもしれません。
(『猫と藤田嗣治』から引用)
また、1929年に16年ぶりにフランスから帰国し、第10回帝展に出品した自画像にも猫が寄り添っている。絵筆を持つ藤田の右腕にあごをすりすりさせている一瞬を切り取ったもので猫はちょっと可笑しな表情になっている。が、これは最大級の親愛の情を示していると言えるそうだ。
猫のすりすり行動は、対ネコよりも対ヒトに向けられることが多く、人に飼われる歴史的過程のなかで進化してきた行動かもしれないとのこと。また、すりすりはニオイをつける行為でもあり、猫の独占欲の表れともいえる。
いずれにしても自画像からは、藤田と猫との相思相愛がとてもよく伝わってくるのだ。
香箱座りは信頼のポーズ
1921年の「横たわる裸婦と猫」は乳白色の藤田の名声を確立した作品だ。当時、パリの芸術家たちのミューズだった”モンパルナスのキキ”をモデルにし、その足元には、黒と白のハチワレ柄の猫を描いたもので、猫画家としてのはじまりの一枚でもある。
猫は香箱座りをし、キキと同じようにしっかりとこちらを見つめている。
このネコのポーズはというと、手を身体の下にしまい込む、香箱座りをしています。すぐには動けないので、油断しているときや信頼しているときのポーズだと言われています。
(『猫と藤田嗣治』から引用)
猫の爪が出ているのは警戒の証
1929年の「白い猫」は、毛足の長いとても美しい白猫が優雅に横たわる姿を描いたもの。一見、とてものんびりとしているように見えるが、ネコ研究家の解説によるとそうではないようだ。猫は普段は
爪を隠していて、飼い主と遊びでパンチするときでさえも爪を出さないことが多い。しかし、この作品で藤田は猫の爪を克明に描いているのだ。
このネコの前脚と後ろ左脚からは爪が出ているのが確認できます。また、目は見開かれており、耳も通常よりやや反り返っているようにも見えます。ネコは耳を注意したい方向に向けますが、このネコちゃんは耳を澄まして何かを警戒しているようです。
(『猫と藤田嗣治』から引用)
猫好きで、猫をよく知る藤田ならではの一枚と言えそうだ。
14匹の猫の大喧嘩を描いた「争闘(猫)」
1940年に描かれた、名作猫絵画として後世に受け継がれていくであろう有名な作品。飼い猫としての愛らしい、やさしい猫ではなく、そこには獣としての猫たちの姿がある。威嚇、攻撃、恐怖などがさまざまなポーズで描かれ、渦を巻くような構図もとてもダイナミックだ。素人目には14匹の乱闘に見えるが、ネコ研究家が見ると、それぞれの猫には喧嘩相手がいるようだ。野次馬的な猫、逃走しようと試みる猫の姿も確認できるという。
猫は互いに優劣を決め、争いを回避する動物だが、回避できないときは、上に上ったり、自分を大きく見せたりしてできるだけ優位に立とうとする。その一方で、劣勢な猫はお腹を見せて服従を示すこともある。
藤田の鋭い観察力と、巧みな表現力が生んだ傑作といえるだろう。
この他にも、人の真似をする猫、いたずら好きの猫、イライラしている猫など、藤田の数々の猫絵から、猫のことがとてもよくわかってくる。猫好きにおすすめの一冊だ。
【書籍紹介】
猫と藤田嗣治
著者: 内呂博之、浦島茂世
発行:エクスナレッジ
1920年代にパリで大活躍し、今も世界中で愛される画家・藤田嗣治。藤田といえば、猫を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。本書は多才だった藤田が残した絵画、挿絵、手紙など様々な”猫”作品を集めました。充実の作品解説に加えて、ネコ研究者による猫の生物学的考察も収録。藤田の猫の絵を楽しみながら、猫の生態についても知ることができます。藤田ファンはもちろん、猫好きも必見の今までにない美術入門書です。