本・書籍
2019/6/17 21:45

もしも身内が認知症になったら…今日この一瞬の過ごし方を問い直す一冊――『百花』

一冊の本を手に取ってページを開く。そこには、さまざまな背景があるだろう。

 

自分が欲している情報が書かれた実用書、話題のドラマや映画の原作本、趣味に関するハウツー本。表紙のビジュアルに惹かれることもあるし、好きな作家の新作ならば内容を確認せずとも購入するだろう。

 

また、自分と似た境遇のストーリーの小説は、つい手に取ってしまうことはないだろうか。今回ピックアップする『百花』(川村元気・著/文藝春秋・刊)が、まさにそれだ。

 

7年前に亡くなった私の祖父は、認知症を患っていた。

 

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忘れ行くこと、思い出すこと。「記憶」とは、不確かで心もとない

『百花』は、認知症と診断された母と、その母を介護する息子が主人公だ。次第に息子のことさえも忘れていく母。記憶の彼方から母との想い出を徐々に蘇らせていく息子。相反する二人の間には、決して忘れることのできない大きな事件があった…というストーリー。

 

かみ合わない会話。賞味期限切れの食品であふれた冷蔵庫に、カビだらけ埃だらけで荒れていく家の中。突如家を飛び出して行方不明になる出来事。認知症の症状をつぶさに描く様は、時に目を背けたくなる。そして、そんな母をすぐには受け止められない息子の憤りに、胸が苦しくなる。

 

切なくて、苦しくて、哀しい物語だが、たとえ一分前のことを忘れてしまっても、自分の息子の顔を見て誰だかわからなくなっても、胸の中には息子への愛が確かに在るのだ。

 

『百花』は、ただ切ない物語ではなく、ほのかな光を感じさせてくれる作品であった。

 

 

身内が認知症になるということ

今や認知症は、年を重ねれば誰にでも起こり得る身近な病気だとされている。2025年には認知症患者数は700万人を超え、実に65歳以上の高齢者の5人に1人を占めるとのデータもある。

 

けれども、いざ自分の身内が認知症になったら。おそらく、ほとんどの人が慌てふためき、戸惑うのではないだろうか。

 

祖父の場合は、私自身がすでに実家を出て離れて暮らしていたため、年に数回帰省して接した際、異変に気付きやすかった。加えて、祖父と同居している母から普段の様子を聞いており、「これは、いよいよおかしい。何より、家族や周囲に負担をかけすぎている」と判断。意を決して、近くの相談できる団体を探し出し、認知症の検査、その後の対策へと進めていった次第である。

 

きっと、父や母だけでは、なかなかその一歩を踏み出せなかったと思う。いくら「様子がおかしい」と思っていても、やはり身内が認知症とは信じたくないし、間違いだと思いたいだろう。

 

また、一言で「認知症」といっても、その症状は本当にさまざまだ。少しずつ記憶が薄れていく、近所を徘徊するなどは比較的共通するが、その他の細かな症状は人それぞれのようだ。

 

祖父の場合は、石などで柱を叩いてやたらと大きな音を立てたがったり、かと思えば他人が起こす些細な物音にものすごい剣幕で怒鳴り散らしたり、誰彼構わずチップを手渡したり、あてもなく自転車で遠出したり。普段は穏やかだが、何かの拍子に豹変し、突如狂暴化したり。

 

認知症の祖父の世話で疲労困憊していた母だったが、なんとか改善する策はないか、日ごろから関連書籍を読み漁っていた。しかし、祖父とまったく同じ症状が記された書籍は見つからなかったようだ。

 

決して珍しくなく、徐々にありふれた病となりつつある認知症。だが、症例がさまざまであるが故にその対処法は一律ではなく、余計に難しさを感じる。

 

 

いつ誰の身にも起こり得る。だからこそ、大切にしたいもの

それにしても、記憶というものは実に曖昧だ。

 

学生時代の話で旧友たちと盛り上がると、「そうそう!」と共感することもあるが、一方で「そんなこと、あった?」とまるで覚えていない思い出話にも遭遇する。確かに同じ場所で同じ時を過ごしたはずなのに、胸の中に残っている記憶は、それぞれ少しずつ異なるのだ。そして時が過ぎるほどに、記憶はどんどんそぎ落とされ、自分にとって印象に残ったものだけが残り、時に都合よく塗り替えられていくのかもしれない。

 

忘れたくない記憶、忘れられない記憶、忘れていた記憶、忘れたい記憶。

 

認知症は、いつ何時自分の身に降りかかるともわからない。父や母が急に患うかもしれないし、夫やもしかしたら私自身がなるかもしれない。

 

であるならば、今日この瞬間の記憶をできるだけ覚えていられるよう、胸に刻もう。何度も確認できるよう、メモに残そう。

 

そして、愛する人から「あなたは誰?」と言われたとき、どう答えるか。これは一生答えが出ない課題のような気がする。

 

さまざまな想いを抱かせられた小説『百花』。親子とは。絆とは。そして、次第に記憶を失っていく母が最後まで胸に抱き続けた景色とは。思わずハッとさせられるラストにも注目だ。

 

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【書籍紹介】

百花

著者:川村元気
発行:文藝春秋

「あなたは誰?」息子を忘れていく母と、母との思い出を蘇らせていく息子。ふたりには忘れることのできない“事件”があった――。現代に新たな光を投げかける、愛と記憶の物語。

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