言葉というものは移り変わる。現に、国語辞典の改訂版が出るごとにその時代に合った新語がどんどん加わっている。
その時々を映し出して変容していく生き物のようなものだ。
さて、ここに新しい国語辞典が出た。しかも、ただの国語辞典ではない。その名も『妄想国語辞典』(野澤幸司・著/扶桑社・刊)。
はがき職人を経てコピーライターとなった野澤氏。彼が生み出した架空の言葉たちを紡いで編んだ、最高に笑えて最高にくだらない国語辞典だ。なんでも、遊べる本屋「ヴィレッジヴァンガード」のフリーペーパーで連載していた人気企画から誕生したのだそう。
これが、めちゃめちゃ面白い。あるあるがつまり過ぎていておもしろすぎるのだ。
妄想の言葉って、いったいどんなもの? と疑問に思う人も多いはずなので、実際に載っている秀逸な言葉をいくつかピックアップして紹介していこう。
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渋谷がつらい
渋谷がつらい
(意味)老いを実感すること。
渋谷と言えば、若者の聖地。その渋谷がつらく感じるようになってきた=もう若くはないということ。これって、「渋谷」をチョイスしたのが、まさに言い得て妙だと思う。
若者が多い街なら原宿だってそうだ。けれども、「原宿がつらい」だと、「老い」と表現するには該当年齢が低すぎるだろう。新宿も人が多いが、大人も集まるから少しピントがズレている。では、人が多くて若者が集まる池袋は? 「池袋(ブクロ)がつらい」でも悪くないが、全国区にアピールする地名としてはやはり渋谷に軍配が上がるだろう。
というのも、たとえ行ったことがない人でも「渋谷」→スクランブル交差点→イベントがあるごとに若い人たちが集まって騒ぐ街、というイメージを抱けるから。
これが大阪だったら、何が適当だろうかと大阪在住の私は考えてみた。
「梅田がつらい」。若者という点を推すには、ちょっと違うか。
「なんばがつらい」。梅田よりは、渋谷寄りだろう。でも、もう一声。
「アメ村がつらい」。うん、結構いいかも。どうだろうか。
バッテリー残量2%
バッテリー残量2%
(意味)迅速かつ的確な決断が求められる状況。
バッテリーが残り何%になったら焦りだすかは、人それぞれ。ある調査によると、スマホ使用者の約7割が、残量26%で焦りだすというデータが出ていたが、私の場合は、10%を切るくらいでようやくヤバい! と思う。
けれどそれは、すぐに充電できる環境にいる場合だからこそ。
外出先の残量2%というのは、かなり危機的状況である。いつバッテリー切れになるかもわからない。このボタンを1つ押すごとに、リミットが迫ってくる。スマホが動くうちに、必要な連絡を済ませておかなくては。余計な動きは禁物である。できるだけ無駄なく、迅速に。
バッテリー残量2%のときこそ、行動力や決断力の有無が明らかになり、その人の真価が問われるのかもしれない。
ライブバージョンの歌い方
ライブバージョンの歌い方
(意味)期待と違う結果。
何度も足繁くライブに通っているアーティストであれば別だが、最近好きになって初めて訪れたライブの場合、私たちはアーティストに、CDと同じものを求める。何度も聴いて感動した思い入れのある曲であるほど、その想いは募る。
だからこそ、アーティストがライブならではの歌い方やアレンジを加えた場合、「あれ!」と思ってしまうのが正直なところなのだ。
ノリが大好きなあの曲が、なぜかアコースティックバージョンになった場合も然り。一番盛り上がるサビの部分で、ファンにマイクを向けられたときも然り。
音源とは違う一度きりの歌が聴けるのはライブの魅力だが、時として人は、音源通りの歌を求めることがある。
なるほどですね
なるほどですね
(意味)何の関心もないこと。
いつごろからだろうか。「なるほどですね」という言い方をする人が増えたのは。
相手の話に相槌を打つ、賛同する合いの手である「なるほど」。確かに、この一言だけだと、相手が目上の人の場合は、失礼に当たるような気がする。
かといって丁寧な言い回しにしようと「ですね」をつけてしまうと、興味がないような感じがぐっと色濃くなる。野澤氏いわく「『ですね』がついた途端、それは『聞いてるフリ』になる」のである。
個人的には、「なるほどですね」と言ってくる人に対して、うさん臭さすら感じる。
けれども先日、Amazonのアカウントについてトラブルが発生し、泣く泣くカスタマーセンターに電話して相談したときのこと。とにかく困っていて、こちらの状況を一気にまくし立ててしまった。相手のお姉さんは、辛抱強くすべてを聞き終え、そしてこう言った。
「なるほどですね」
この一言で、どれだけホッとしたことか。あー、こっちの状況が伝わった! と、一気に心が落ち着いたのだ。
「さようでございますか」でも「そうでしたか」でも、この安堵感は得られなかっただろう。
「なるほどですね」には例外があるようだ。
ほかにも「あるある!」な妄想の言葉が盛りだくさん
「ひと口目は岩塩でどうぞ(やたら自信がある様)」、「5分で着きます(その場しのぎであること)」、「花粉症じゃなくて風邪(事実を受け入れない様)」などなど、『妄想国語辞典』には、他にも「そうそう! あるある!」と声に出したくなる言葉がいっぱいだ。
そして、さらなる妄想が広がる。
また、大ヒット映画「カメラを止めるな!」で主人公を演じた濱津隆之氏がイメージキャラクターとなっており、随所に挟まれた撮りおろしグラビアも必見。本書の世界観にベストマッチしている。
ぜひ一度パラパラとページをめくってほしい。「ケーキのフィルムについたクリーム(手を出さずにはいられないもの)」であることを実感するだろう。「私もこの服持ってるんですけど(お決まりのセールストーク)」ではないので、ご安心を。
【書籍紹介】
妄想国語辞典
著者:野澤幸司
発行:扶桑社
世の中にないけれど、これから生まれてくるかもしれない日本語の辞典。コトバを職業とする著者が、世の中にないコトバを勝手につくり出し、勝手に広めていく企画をコツコツ続けてきました。現在、ヴィレッジバンガードのフリーペーパーで連載中の「22世紀の言葉」から、えりすぐりのコトバを集め、さらに新しいコトバを追加したものが1冊の本に! 本書のイメージキャラクターとして、『カメラを止めるな!』の主人公・日暮隆之を演じた濱津隆之さんの撮りおろしグラビアも多数掲載。