以前、若きエンジニアに取材したときのこと。ある尊敬するプログラマーについて、彼は熱く語ってくれた。
「頓挫していたゲームソフトの開発に助っ人として参加し、一人でイチから完成させたものすごい人がいたんです。しかも短期間で。世界的に有名な天才スーパープログラマーなんです!」と。
当時プログラマーという職業についての知識も、ゲーム自体に対する興味もあまりなかった私は、それがどれほどの偉業なのか、ぼんやりとしかイメージできなかった。
けれど、キラキラした目で語る将来有望なエンジニアの心をこれほどまでに動かし、ワクワクさせる人ってどんな人だろう?という想いだけは、強く印象に残っている。
その天才プログラマーこそ、任天堂の元(4代目)社長である岩田聡氏である。
すべてのゲームファンとゲームクリエイターに愛された人
正直、私は岩田さんのことをまるで知らなかった。そういえば、任天堂の社長が亡くなったというニュースが数年前に流れていたな…というおぼろげな記憶がある程度だ。
けれど、彼の偉業をざっと見るだけで、「ひゃー!」と驚きの声を上げてしまった。かのニンテンドーDSやWiiを世に送り出し、任天堂を大きく成長させたその人だというではないか。Switch(当時はNXというコードネームだった)に関しては、開発にこそ携わったが、発売を見届ける前に他界されたという。
手掛けた作品は数しれず、『ピンボール』や『ゴルフ』『バルーンファイト』などファミコン時代のソフトから、『星のカービィ』『大乱闘スマッシュブラザーズ』『ポケットモンスター』など、シリーズ化されて世界中の人に愛されるソフトまで。
さらには、任天堂の社長として社内の開発者にインタビューする『社長が訊く』シリーズや、発売予定のゲームソフトを自ら解説する『ニンテンドーダイレクト』なども毎回話題だった。
事実、岩田さんが亡くなって今年で4年だが、今でも彼を偲ぶツイートが跡を絶たない。「#ThankYouIwata」で検索すると、よくわかる。どれだけ多くのゲームファンとゲームクリエイターに愛されていたかが。
愛に溢れた「岩田さん語録」
では、岩田さんは天才プログラマーだったのかというと、それだけではない。優れた経営者であり、素晴らしいリーダーであり、人格者であり、ユーモアがあり、まわりの人を幸せにする、ゲームに携わる人だけでなく誰からも愛される人であった。
そのことがよく描かれているのが、『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』(ほぼ日刊イトイ新聞・編/ほぼ日ブックス・刊)だ。ほぼ日刊イトイ新聞や任天堂公式ページに残された岩田さんのインタビューからピックアップした”岩田さんのことば”をまとめたもので、彼の経営理念、価値観、ポリシー、哲学、そしてゲームに対する愛が溢れんばかりに詰まった一冊。
たとえば、
名刺のうえでは、わたしは社長です。
頭のなかでは、わたしはゲーム開発者。
しかし、こころのなかでは、わたしはゲーマーです。
自分たちは、なにが得意なのか。自分たちは、なにが苦手なのか。それをちゃんとわかって、自分たちの得意なことが活きるように、苦手なことが表面化しないような方向へ組織を導くのが経営だと思います。
自分がなにかにハマっていくときに、なぜハマったかがちゃんとわかると、そのプロセスを、別の機会に共感を呼ぶ手法として活かすことができますよね。
おもしろいゲームというのは、遊ばずに観ているだけでもおもしろい。
(以上、『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』より引用)
など。すべて紹介したいほど、胸にぐっとくる語録が並ぶ。
また、私が取材した若きエンジニアが語っていたエピソードは、『MOTHER2』というゲームソフトの開発中の実話で、助っ人を依頼してきた糸井重里氏に岩田さん(当時、HAL研究所の社長兼プログラマー)はこう告げたのだそう。
いまあるものを活かしながら手直ししていく方法だと2年かかります。いちからつくり直していいのであれば、半年でやります。
結果、ブラッシュアップ期間も含めて1年で完成したというのだから驚く。このことばとエピソードは、後にゲームファンによく知られるものとなった。
岩田さんのおかげで、ゲームに対する見方が変わった
岩田さんという人となりを知れば知るほど、いかに魅力的な人物だったかがわかる。『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』を何度も読み返した。そして、岩田さんの動画の数々…実にわかりやすく端的に、そして私たちに伝わることばを使って語りかけてくるプレゼン、ルイージの帽子をかぶったお茶目な姿、米国任天堂前社長・レジーことレジナルド・フィサメィ氏との華麗なる闘い…私はすっかり岩田さんのファンになった。欲を言えば、ご存命中に岩田さんのことを知りたかった。
経営者として、ボトルネックがどこなのかを見つけ、自分以外のすべての人へ敬意を払い、ご褒美を見つけられる能力を大切にし、当事者として後悔のないように優先順位をつけ、人の役に立てること、誰かを喜ばせることが自らのエネルギーになる、とにかく「みんながハッピーであること」を実現したいと願っていた岩田さん。
プログラマーとして、ライトユーザーもコアユーザーも大切にし、ゲーム人口の拡大というテーマを掲げ、けれどゲーム以外の娯楽が廃れることは望まず、ゲームで遊んではほしいけれど、ゲーム以外の娯楽も小さなころに経験してほしいと語った岩田さん。
この人の功績がなかったら、きっと世界中の「ハッピー」は今よりも少なくなっていただろう。ゲームのこととなると誰よりも研究し、毎日Switchに夢中になっているうちの息子の極上の笑顔も、そうそう見られなかったのかも。「ゲームは悪」とばかり思い込んでいた私だが、随分と見方が変わった。
『岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。』には、岩田さんと親交が深かった糸井氏や、マリオの生みの親であり岩田さんと二人三脚でゲーム開発に取り組んできた任天堂の代表取締役フェロー宮本 茂氏の特別インタビューも収録されている。100%ORANGE氏が手掛けたイラスト、細部まで凝った装丁にも注目。ゲームファンならずとも虜になってしまう岩田さんの魅力に、ぜひ触れてみてほしい。読み終えるだけで、あなたはハッピーになっているはずだから。
【書籍紹介】
岩田さん 岩田聡はこんなことを話していた。
著者: ほぼ日刊イトイ新聞, 糸井重里
発行:ほぼ日
任天堂の元社長、岩田聡さんのことばをまとめた本です。ほぼ日刊イトイ新聞に掲載されたたくさんのインタビューや対談、そして任天堂公式ページに掲載された「社長が訊く」シリーズから重要なことばを抜粋し、再構成して1冊にまとめました。