私はパンダが大好きだ。たとえば上野の美術館で名画を堪能した後なども、「シャンシャン元気にしてるかな?」と足は勝手に上野動物園に向かい、パンダ舎の行列につながり、わずか数十秒だがパンダとのご対面を楽しんでいたりするのだ。のっしのっしと歩く姿も、寝ている姿も、お腹を出したオッサン座りで竹をバリバリ食べる姿も、どれをとっても可愛くてたまらない。
パンダが初めて日本にやって来たのは今から47年前のこと。『読むパンダ』(黒柳徹子・選、日本ペンクラブ・編/白水社・刊)には当時の様子が克明に書かれている。
1972年10月28日上野動物園に大熊猫がやって来た!
パンダの日は、日本初となった2頭「ランラン」、「カンカン」の来園にちなんで、10月28日に制定された。上野動物園では毎年、この日にさまざまなイベントを開催している。
本書には当時の飼育課長・中川志郎氏によるパンダ飼育日記、さらには黒柳徹子さんとの対談ではさまざまなパンダ初めて秘話もあり、とてもおもしろい。
中川氏は到着の日、羽田空港にパンダを迎えに行ったそうだ。
シートをはずしたら、今でもよく覚えているんですけど、甘酸っぱい匂いがパッときたですね。あれはパンダの匂いなんですよ。あれはフンとかぜんぶまざってるんでしょうけど、いわゆるいやな匂いじゃなくて、芳香なんですよ。
(『読むパンダ』から引用)
このような芳香は他の動物にはまったくなく、非常に特殊なのだそう。パンダは見た目だけでなくフンの匂いでも人に不快感を与えることがないのだ。
パンダの餌は粗末なものほどいい?
パンダは貴重な動物ということで当時、中川氏をはじめ上野動物園では最上等の餌を用意していたそうだ。餌は大きく4つに分けられる。
・ミルクがゆ(ミルク、ごはん、生卵を混合したもの)
・果実(リンゴ、カキなど)
・トウモロコシのマンジュウ(トウモロコシ、大豆の粉を水で練り、蒸したもの)
・竹、笹
しかし、中国から付き添ってきた飼育担当から「このマンジュウの材料は良すぎて使えない。あまりにも粒子が細かすぎる。これではパンダが下痢になってしまう」と言われ、中川氏たちは唖然としたそうだ。この点では東京は不便な街で、上等なものはいくらでも手に入るが、粗末なものはない。しかたなくトウモロコシと大豆をミキサーにかけ適度な大きさに砕いて間に合わせたのだという。
なるべく粗末な、粗い餌を与えることがパンダ飼育のコツということを上野の飼育員たちは学んだのだそうだ。
その後、沖縄から直送されたサトウキビもメニューに加わり、さらには、冬に寒さ対策のために部屋に敷いた藁をなんと「ランラン」も「カンカン」も食べはじめてしまうというハプニングも。どこの文献にもパンダが藁を食べるなど記されていないので、飼育員たちは嬉しさと戸惑いを感じながら2頭を見つめることとなった。
ふたごパンダを育てたアドベンチャーワールドの「メイメイ」
さて、この本では、上野動物園の歴代の飼育担当によるエッセイだけでなく、神戸王子動物園のパンダ、和歌山アドベンチャーワールドのパンダ物語も楽しめる。
パンダは繁殖が非常に難しい動物だ。また、ふたごが生まれても母パンダは基本一頭しか育てられない。このため中国ではふたごが生まれると一頭を母親に抱かせ、一頭を人間が預かり、母親の隙をみて赤ちゃんを交換し母乳を飲ませる「すり替え」という方法で育てるのが普通だ。今年、ベルギーとドイツで相次いでふたごパンダが生まれたが、インスタグラムなどにアップされる動画を見ているといずれも「すり替え」で育てられているようだ。
ところが、アドベンチャーワールドの「メイメイ(梅梅)」だけは見事にふたごを同時に抱いて育て上げた。2003年のことだがこのときの様子も詳しく描かれている。中国側は当然「すり替え」を勧めてきたが、母パンダが2頭に器用に母乳を飲ませはじめたため飼育員たちは大きな決断をする。「メイメイ」に任せてみることにしたのだ。
赤ちゃんが交代でぐずりオッパイをせがんでも、梅梅は「はいはい!」と言っているかのように、まだ目の開いていない赤ちゃんを、オッパイの所まで押し上げて飲ませていました。飲み終わってもまだぐずっている赤ちゃんのお尻を舐め、ウンチやおしっこの世話。両手だけで足りない時は後ろ足を使い、赤ちゃんが落ちないように支えたり、猫の手も借りたいような忙しさに見えました。
(『読むパンダ』から引用)
こうして、「メイメイ」は世界初のふたご育児を成し遂げたのだ。
相性がいいシンシンとリーリーの次に期待!
本書の構成は
第1章 パンダを愉しむ
第2章 パンダを知る
第3章 パンダを守る
となっている。
「パンダを愉しむ」では、浅田次郎氏の「北京の大熊猫」と題したエッセイ、パンダ見物をしたいと言えず、ついでを装って動物園に向かう話が抱腹ものだ。さらに、末政ひかるさんの「『たれぱんだ』誕生秘話」、高畑勲氏の「『パンダコパンダ』宮崎駿と私の仕事の原点」など9名のパンダエッセイが読める。
「パンダを知る」では、飼育員たちの話ばかりでない。東京大学総合研究博物館教授・遠藤秀紀氏によるフェイフェイ、ホアンホアン、トントン、リンリンの死後の解剖で聴こえたという「パンダだけの返事」はとても感慨深いものがあった。
パンダ守るでは、日本パンダ保護協会の活動、さらには中国・四川大震災を乗り越えた中国パンダ保護研究センターのパンダ救助活動の様子も詳しく記されている。
ところで、パンダは雄と雌の相性がよくないと交尾はまず不可能だという。その点、今、上野動物園にいるシンシンとリーリーはとても相性がいいのだそうだ。
来年あたり、また赤ちゃんパンダが生まれ、それが、ふたごパンダだったらどんなにいいだろうと、本書を読み終え、期待にワクワクしているところだ。
【書籍紹介】
読むパンダ
著者:黒柳徹子・選、日本ペンクラブ・編
発行:白水社
浅田次郎、ヒガアロハ、高畑勲、出久根達郎…各界のパンダファン&歴代の飼育担当者によるパンダを知り、愉しむエッセイ22篇。写真・図版多数。シャンシャン出産秘話も収録!