昔の人は人がいなくなることを「神隠し」と言っていました。どんなに探しても出てこないので神様が異空間に連れ去ったのだろう、と考えたのです。そして神隠しに遭うときには一定の条件があったようです。この神隠しの不思議について考えてみました。
映画のタイトルにも
神隠しといえばスタジオジブリ制作の映画『千と千尋の神隠し』が有名です。少女千尋は引越し先に向かう際、休憩で立ち寄った森の中でトンネルに入り込んだ途端、異空間に迷い込んでしまうのです。やがて両親とも離ればなれになってしまい、その後大勢の神々の世界へと入り込んでいきます。
神隠しの4つのパターン
『神隠しと日本人』(小松和彦・著/KADOKAWA・刊)では、神隠しを4つのパターンに分けて考察しています。その内訳は、神隠しに遭ったあと、
1)戻ってきて、隠された間の記憶もあるもの
2)戻ってきて、隠された間の記憶がないもの
3)戻ってこず、行方がわからないもの
4)戻ってこず、遺体として発見されるもの
と分類されています。
本書ではこのうち、戻ってこなかったものについては、本人ではなく人々が「神隠しにあった」と推測しているのであって、実際はなんらかかの事件に巻き込まれた可能性や、本人が自発的に家出をした可能性も含まれている、としています。
年間8万6千件の行方不明届け
日本では平成30年中に行方不明届けが出されたのは8万7962人でした(警察庁調べ)。こんなに大勢が、と驚くかもしれませんが、実際には半数以上が当日、または2-3日中に戻ってきていて、全体の86.1%は解決しています。そして死亡確認されたものが4.5%、残りの9.4%、7971人の所在はまだ確認できていないのです。
ただし、現代では「神隠し」という言葉自体、ほとんど使われなくなってしまいました。誰かがいなくなった際には「行方不明」「失踪」などという言葉を使うようになったからです。もはや隠れた原因に神様を使うことはなくなり「誘拐」や「連れ去り」などと考えられるようになり、動画などの分析で今までは見つけることができなかった犯人も割り出されるようになったのです。
過去の神隠しの共通点
昔は、誰かがいなくなると、探す方法も限られていたため「神隠しに遭った」と集団で話に落ちをつけ、日常に戻るしかなかったのでした。人ではなく神が隠したのであれば、見つけられるわけもない、と心に言い聞かせるしかなかったのです。
本書では、神隠しには幾つかの共通点が見られるとしています。そのひとつが気候条件で、なぜか風が吹いている日に神隠しが起きやすいのだとか。それは天狗などの、風を切って誰かをさらいに来る何者かを想定しているからなのかもしれません。そしてもうひとつは夕暮れ時であること。徐々に暗くなっていくこの時間に姿が見えなくなると探しづらく見つけづらいものです。
神隠しの真実
とはいえ昔の神隠しも、すべてが神話的なものというわけではありませんでした。本書の中では家出の実例として、望まない相手との結婚が嫌で逃げ出した男性がいる、と書かれていました。自分の意思に反する結婚に反発する女性の話というのはあちこちで聞きますが、男性が逃げ出すこともあったのです。中には本当に愛し合っている女性と駆け落ちしたという事例もあったのだとか。神隠しの中にはこうしたロマンティックな裏の事情もあったようです。
【書籍紹介】
神隠しと日本人
著者:小松和彦
発行:KADOKAWA
「神隠し」とは人を隠し、神を現わし、人間世界の現実を隠し、異界を顕すヴェールである。それは人を社会的な死、つまり「生」と「死」の中間的な状態に置く装置であった。だからこそ「神隠し」という語には甘く柔らかい響きがただようー。異界研究の第一人者が、「神隠し」をめぐるフォークロアを探訪し、日本人の異界コスモロジーを明らかにする。