村田沙耶香の作品を読むと、小説でしか描けない世界が確かにあると思います。よく「事実は小説より奇なり」などと言いますが、村田沙耶香の小説は、事実を通り越し「ぶっ飛んだ」世界を構築していきます。
2月29日に発売されたばかりの新刊『丸の内魔法少女ミラクリーナ』(KADOKAWA・刊)の主人公も、ちょっと見たところはごく平凡な毎日を送っているOLです。けれども、その内面はぎょっとするような奇怪さで満ちています。
知らぬ間に……
物語にリアリティがないというわけではありません。物語の舞台となるのも、居酒屋や地下鉄、アパートなど私たちになじみが深い場所です。宇宙ステーションや地底探検隊も登場しません。
主人公も現実の世界に生きる平凡な人たちです。とくにヒーローというわけでもなく、ごく普通の毎日を送っています。主人公に共感を持ち「そうよね、そういうことって私にもある」と頷きながら読み始めるや、いきなり急転直下に話が変化します。
「ちょ、ちょっと、ど、どうしたの! 大丈夫?」と、うめきたくなるような方向へ物語が転換していくのです。村田沙耶香は独特の力技で話を少しずつずらしていき、挙げ句の果てに、私たちを呆然とさせる世界へぶち込みます。
一旦ずれてしまった物語は引き留めようがありません。どうにも止まらない勢いで、奇怪さをはらんだ結末へとなだれこみます。
まずは最初の物語
『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は4つの短編でできています。最初の短編は「 丸の内魔法少女ミラクリーナ」。
主人公・茅ヶ崎リナは有能なOLです。頼まれた仕事は嫌な顔もせずに引き受けます。職場は残業続きですが、文句を言いません。だからこそ、36歳になる今も若い社員から煙たがられることもなく、頼りにされる存在なのでしょう。
けれども、彼女には秘密があります。普段は平凡な会社員ですが、小学校3年生のときに始めた魔法少女ごっこを今もなおひそかに続けているのです。魔法のコンパクトを常に携帯し、変身を繰り返して日々を乗り切っています。
彼女のコンパクトは小学生のころにおもちゃ売り場で買ったものです。親友のレイコと一緒に……。以来、二人は魔法少女ペア歴24年。言い出しっぺのレイコはもう辟易していますがリナはやめません。今も現役の魔法少女として「任務」を遂行し続けています。
魔法少女であったことを思い出す
そんなことあり得ないと思うでしょう? 小説の中だけで起こる出来事、そんな風に感じるのが普通です。けれども、この物語を読んでからというもの、私は電車の中でぼんやり窓の外を見ているOLを見ると、「この人、もしかしたら、バッグの中に魔法のコンパクトを持っているのじゃないか」と本気で思うようになりました。妄想がとまらなくなってしまうのです。
設定が的確で細かいため、あり得ないことでも「それもありだな」と信じたくなります。たとえば、魔法のコンパクトを手にしたときのエピソードは私たちを自分の少女時代にさかのぼって連れて行ってくれます。
私たちは駅前のダイエーのおもちゃ売り場でお揃いの変身コンパクトを買い、4丁目の公園のブランコで、誰にも秘密で魔法少女ペアとして学校と町内の平和を守ることを誓い合った
(『丸の内魔法少女ミラクリーナ』より抜粋)
すっかり忘れていましたが、私にもそういう時代があったのです。小学生のころは、空想の世界と現実の世界が区別できないときがあり、何もかもがあり得る世界で生きていました。
赤塚不二夫の人気アニメ「ひみつのアッコちゃん」が大好きで、魔法のコンパクトの力を信じ、「テクマクマヤコンテクマクマヤコン」という呪文を本気で唱えていたものです。
コンパクトを捨てなければよかった
多くの人は、魔法のコンパクトを大人になる過程で捨ててしまいます。けれども、茅ヶ崎リナは36歳になった今も魔法少女の現役です。そんな人、本当にいるのかなと思われるかもしれません。「いるのです」と私は叫びたくなります。現に茅ヶ崎リナは活動中ではありませんか!
おまけに、彼女の魔法少女活動に参加する新たな男性メンバーまで現れます。リナの親友レイコの恋人です。まったくもって、物語がどう展開していくのか、それ自体が魔法のようではありませんか。
村田沙耶香の物語世界には、一旦はまると現実に戻れなくなるのではないかという恐怖さえ感じます。
他にも面白い作品が
『丸の内魔法少女ミラクリーナ』には、他に「秘密の花園」「無性教室」「変容」の3作品がおさめられています。
それぞれ主人公は違いますし、物語の展開も違います。けれども、4作品の底には伏流水のように、妖しい何かがうごめきながら流れています。言葉の持つ力、気味の悪さ、そして、新しい単語まで創り出してしまう村田沙耶香の力には驚きます。
たとえ、あなたが魔法のコンパクトを既に捨ててしまっていても後悔しないでください。村田沙耶香が鏡の中に不思議世界をうつし出してくれますから……。
【書籍紹介】
丸の内魔法少女ミラクリーナ
著者:村田沙耶香
発行:KADOKAWA
36歳のOL・茅ヶ崎リナは、オフィスで降りかかってくる無理難題も、何のその。魔法のコンパクトで「魔法少女ミラクリーナ」に“変身”し、日々を乗り切っている。だがひょんなことから、親友の恋人であるモラハラ男と魔法少女ごっこをするはめになり…ポップな出だしが一転、強烈な皮肉とパンチの効いた結末を迎える表題作ほか、初恋を忘れられない大学生が、初恋の相手を期間限定で監禁する「秘密の花園」など、さまざまな“世界”との向き合い方を描く、衝撃の4篇。