子どもと書店の絵本コーナーに行くと、必ず目にする名前がある。その人の名は、ヨシタケシンスケ。数々の賞を受賞している絵本作家さんだ。
『りんごかもしれない』で鮮烈デビュー、その後も『もうぬげない』『りゆうがあります』『おしっこちょっぴりもれたろう』『わたしのわごむはわたさない』など、おそらく子を持つ親であれば一度は目にしたことがあるタイトルがあるだろう。
思わずクスリと笑ってしまうほのぼのしたイラストと、「あるあるあるある~!」と首を縦に振りまくってしまうエピソードの数々に、虜となる人続出。
そんなヨシタケ氏、エッセイも出されているという。今回手にしたのは『欲が出ました』(新潮社・刊)。
心の中にある、相反する気持ち。
ゆる~いイラストに、ちょうどいい余白。絵本同様のヨシタケ氏らしさ満載でありながら、おお!と心に刺さる言葉が散りばめられている。
「サァ! 今日も元気に顔色をうかがっていこうっ!」
(中略)
社会人がやってることって、ほぼこれだけじゃないかとも思います。
(『欲が出ました』より引用)
本当は、そうありたくないけれど。自分の機嫌は自分でとりながら、毎日を快適に過ごしたいけれど。でも実際は、上司の、得意先の、恋人の、夫の、嫁の、姑の、子どもの顔色をうかがいながら、生きているんだよね、私たちって。はい、賛同しかない。
これに通じるのが、
よろこぶ顔が見たい、というよりは
おこった顔が見たくないだけなのです。
(『欲が出ました』より引用)
だろう。誰かの、特に大切な人の喜ぶ顔が見たい、とよく言うけれど、それって相手の怒った顔を見たくないことにつながってないかな? とヨシタケ氏は語る。それはヨシタケ氏自身が幼いころ、母親から褒められたいという気持ちと、どうすれば叱られないかと思う気持ちがどこかで混同してしまっていた……という体験によるものらしい。とりたてて、母親が怖い人ではないにもかかわらず、だ。
これってなんだか、とてもよくわかる。
大好きな人にはいつも笑っていてほしい。楽しい気持ちでいてほしい。それを突き詰めると、真逆にある「怒らせたくない、不快にさせたくない」という気持ちに通じている。だから、掛ける言葉に気を遣うし、臆病になったりもする。言われてみれば、ちょっと不思議。
何かを人に伝えるときの心得というか教訓というか。
ヨシタケ氏は、こんなことも語っている。
知らないからこそできることもたくさんあるんじゃないか。だから、知らないからこそできることをやればいいんじゃないのか、ってことなんですよね。
(『欲が出ました』より引用)
私も何か新しい仕事に携わるとき、そのジャンルに詳しい方が突っ込んだ意見も出せるし、良いまとめができそうな気がする。だから、下調べを欠かさない。
けれど、知らないからこそ湧き出る素朴な疑問が、実はその物事の本質を突いていることも多々あって、なんでもかんでも経験していれば良し、というものじゃないなと。
よく、新人は無知だからこそ、皆が目をそらしてきた一番の問題点をズバリと指摘できる、なんてこともあるから。
そしてもうひとつ。
「その問題に一番興味の無い人々の視点」を保ち続ける
これこそ、僕は大事にしなきゃいけないし、したいなって思ってる点ですね。
(『欲が出ました』より引用)
これって、記事を書くときも、会社でプレゼンするときも、なんなら友人とランチする店を決めるときだって、結構大切なことではないだろうか。
すぐに自分に共感してくれる人への言葉は、たやすく浮かぶ。けれど、こちら(の提案)に一切興味を持っていない人へ言葉を届けることこそ、難解であり、一番の課題であり、結果的に強烈なファンを作るきっかけになる。きっと。うむ、深い。
頭を使いすぎてちょっと疲れているときこそ、ゆるりと読みたい一冊。
ここまで、個人的に気になった言葉をピックアップしてきたが、『欲が出ました』にはもっと他愛のないエピソードや、なかにはスケッチだけを載せていて解説がないページも設けられている。
トイレットペーパーのふくろって、やぶくよねー
(『欲が出ました』より引用)
とか。そうそう、むにーってビニールを伸ばしながら破くよねー。
最近疲れている人こそ、このお盆休みに気負いせず、ゆるーく手に取ってほしい。そんな一冊だ。
【書籍紹介】
欲が出ました
著者:ヨシタケシンスケ
発行:新潮社
大人も子どもも、欲の出やすいすべての人へ−−。「しいていうなら、くらしの知恵に!」。お菓子をもう一個取っていいんじゃない? もうちょっと寝ててもいいんじゃない? 人間って、プチ欲が出たとき、何とも言えなーい顔をする。そんな一瞬を、絵本作家ヨシタケシンスケが、「深く浅く」切り取ってみると……欲が出るから失敗するけど、欲が出るから人間って面白い!? 人気絵本作家の、大好評イラストエッセイ集、第二弾!