本・書籍
2020/10/14 21:45

犬の帰巣本能を描いた小説に胸が熱くなる−−『名犬ベラの650kmの帰宅』

帰巣本能とは、動物が遠く離れた場所からでも自分の巣に戻ることができる能力。犬の場合は優れた嗅覚により、風に乗って運ばれてくる匂いを感じ取り、方向を間違えることなく自分の巣、つまり飼い主の元に戻って来られるのだという。実際に愛犬が何か月も、何年もかけて長い長い旅をして戻ってきたという例は世界各地から報告されている。

 

今日紹介する『名犬ベラの650kmの帰宅』(W・ブルース・キャメロン・著、青木多香子・訳/新潮社・刊)も犬の帰巣本能を扱った小説だ。W・ブルース・キャメロンは犬好きの作家で、デビュー作は『野良犬トビーの愛すべき転生』。主人公の犬が輪廻転生を繰り返す話で、『僕のワンダフル・ライフ』として映画化もされ大ヒットした。また、本作も映画になり『ベラのワンダフル・ホーム』というタイトルで公開され、犬好きの人々を感動させてくれたのだ。

 

ピットブルは危険な犬なのか?

本書の主人公である子犬・ベラは雑種だが、ピットブルの血が混ざった危険な犬と見なされ、飼い主と離れ離れになってしまう物語だ。

 

ピットブルは闘うために生み出された犬で、世界最強とも言われている。最近の映画でピットブルが登場した作品があったのを覚えている方も多いだろう。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』がそれ。ブラッド・ピット扮するクリフの愛犬がピットブルだった。飼い主にとても忠実な犬として描かれていて、クライマックスシーンではクリフの合図で進入した犯人に噛みつきヒーロー犬となった。演じたピットブルは名優犬としてカンヌ映画祭でパルム・ドックも受賞した。

 

しかし、実際にはピットブルによる咬傷事故も多く報告され、国や地域によっては飼育を禁止しているところもある。ピットブルの他には、ロットワイラーやマスティフ、ブルテリアなども危険な犬とされている。でも、どんな犬も飼い主のしつけ次第なのかもしれない。わが愛犬ラブラドールの友だち犬にマスティフがいた。強面で歩く姿は猛獣みたいだったが、飼い主のおばあちゃんがとてもよくしつけていて、やさしくとてもいい子だった。要は飼う前に犬種をよく知った上でしつけていくことが大事ということかもしれない。

 

野良猫に育てられた子犬

さて、ベラの物語は解体間近の廃屋の床下からはじまる。そこには野良猫の群れがいて、その中に雑種の子犬が一頭混ざっていた。親犬を失い母猫に育てられていたのだ。床下にまだ生き物がいるにもかかわらず、業者は乱暴に建物を壊そうとしていたが、それを救ったのがやさしい青年ルーカスで、彼は子犬を保護し、ベラと名付け家族の一員とした。ルーカスの母親はアフガニスタンでの兵役により心に傷を負っていたが、ベラにはそれを癒す能力があった。そればかりかルーカスの職場である退役軍人病院に連れていくとべラはたちまち患者たちに愛される存在となる。そう、感情支援動物の素質がべラにはあったのだ。

 

しかし、動物管理局の見方は違った。ルーカスやべラが暮らすアメリカ、デンバー市では、子どもがピットブルに殺された事件をきっかけに市議会はピットブルの飼育禁止令を可決していたのだ。

 

問題はべラがピットブルかどうかではなく、動物管理局がべラはピットブルだと言っていることなんだ。管理官のひとりがそう言うだけで、彼女は捕まえられるんだよ。さらにふたりの管理官がべラはピットブルだと同意すれば、彼女はピットブルだと法律で規程される。無茶苦茶な制度だが、そうなっているんだよ。

(『名犬べラの650kmの帰宅』から引用)

 

愛犬家の作者は本作を通じてピットブルなど犬種を巡る問題提起をしているのだ。

 

650kmの彼方へ

ルーカスはべラを守るために、デンバー市外への引越しを決意するが、一刻の猶予もないため、一旦はデュランゴ(コロラド州南西部)に避難させる。そこには没収されることが決まったピットブルを始終引き取ってくれる里親がいたのだ。

 

「なるべく早くに迎えに行くから」。ルーカスはべラにそう告げるが、当然、犬には伝わらない。べラは車に乗せられ故郷から遠ざかっていく。が、遠ざかるにつれ、べラの嗅覚はするどくなっていった。

 

車で進むにつれて、こういった背景の匂いが徐々に合体してまったく異なる存在感を風に乗って放ち、私にとって故郷の特徴である強力な匂いの集まりになったのだ。他の似たような匂いの集まりも通り過ぎていったけれど、私が暮らした場所の強力な香りの取り合わせはたやすく嗅ぎ分けられた。

(『名犬べラの650kmの帰宅』から引用)

 

こうして安全な里親の元へ着いたのにもかかわらず、べラはルーカスから教わった「家へ帰れ」を実行に移すことになる。

 

ピューマの子どもと大自然を行く

べラは猫に助けられ育てられた犬だが、帰宅途中ではなんとピューマの子どもを助けることになるのだ。二頭は助け合いながら共に旅を続けるが、ピューマはどんどん成長し大きくなる。

 

ビッグキトゥンは今では私より大きくて重かったが、私と取っ組み合いをしにくると、変わらず私に敬意を払った。私が群れのリーダーなのだ。(中略)私は時々彼女にイラついて、彼女が仰向けになっている間に喉に歯をあてることがあった。嚙むのではなく、彼女のほうが大きくても私が群れの中の犬なのだと思い知らせるためだった。

(『名犬べラの650kmの帰宅』から引用)

 

こんな風に本作には動物の習性がよく描かれている。ネタバレになってしまうので詳しくは書けないが、ピューマは街には入れないから、やがて二頭は別れることになるのだが、そのシーンはとても感動的だった。

 

そして、べラはさまざまな苦難の末、二年間をかけて故郷のデンバーに戻ってくるが、そこには再び動物管理局が待ち構えていた。最後までハラハラ、ドキドキの冒険物語。動物好き、犬好きの人にはたまらない一冊となるだろう。

 

【書籍紹介】

名犬べラの650kmの帰宅

著者:W・ブルース・キャメロン
発行:新潮社

野良猫の群れの中で育った子犬のベラ。拾ってくれたルーカスの家で幸せに暮し始めたのもつかの間、動物管理官に捕獲され処分されそうになる。危険を避けるためにルーカスはベラを里親に預けたが、そこは650キロも離れた田舎町だった。ルーカスに会いたい。強い思いに駆られたベラは匂いを頼りにひとり歩き出す。野を越え山を越え、二年に及ぶ苦難の旅の結末はー胸熱くする子犬の冒険物語。

楽天ブックスで詳しく見る
Amazonで詳しく見る

TAG
SHARE ON