本・書籍
2020/10/19 21:45

賛否両論あるけれど、「やさしい」お笑いが好きだ。尼神インター・誠子の初エッセイからいまのお笑いを考える。

時代はくるくると移り変わる。ついこの間までマジョリティな意見として受け入れられていたものが、たった数年で180度変わってしまうこともある。顕著なのが、お笑いだ。

 

かつては、相手の容姿などをイジることは当たり前だった。ツッコミ担当が、ボケ担当の頭を全力で叩くことも。

 

けれど、ここ数年で”やさしい”笑いが受け入れられる時代になった。相手を否定しないツッコミで一躍時の人となった「ぺこぱ」の2人しかり、女性の容姿を貶すような言葉は絶対に口にしないオリラジ藤森さんしかり。

 

とりわけ、古今東西女性に対して悪口を言うときの常套句である「ブス」というワードは、以前に比べてあまり耳にしなくなったように思う(余談だが、ブスは女性に対して使う言葉だと思っていたが、関西に住むようになり、芸人さんたちが男性相手に「ブス」とイジっているのを聞いて衝撃を受けた。ブスはユニセックスなワードだったのか)。

 

今回は、女芸人コンビ・尼神インターの誠子さんが書いた『B あなたのおかげで今の私があります』(狩野誠子・著/KADOKAWA・刊)を取り上げる。タイトルにある『B』とは、ズバリ『ブス』のことである。

Bと共に歩んできた誠子の半生

『B あなたのおかげで今の私があります』は、誠子さんの半生を語った完全ノンフィクションのエッセイ。ただし、「私」ではなく、「誠子」という一人称が用いられている。そのため、誰か聞き役(ライター)がいて、それをまとめたものかと思ったら、ご自身ですべて書かれたとのこと。

 

誠子は中2のとき、同じクラスの男子に「ブス(以降、B)」と言われたことをきっかけに、自分の中にあるBの存在に気づき、認めてしまう。以降、美人な双子の妹との扱いの差などもあいまって、Bは誠子にとって大きなコンプレックスとなる。

 

そんななか、Bとの付き合い方が変わる出来事が起こる。それは、誠子 meets お笑い。「M-1グランプリ」を見た誠子は、「漫才がしたい」と強く思うようになり、芸人になることを決意して……という展開だ。

 

自分の容姿に自信が持てず、なにもかもうまくいかないと焦っていた時代を経て、Bと向き合い、芸人としてBを味方につけ、うまく付き合えるようになるまでのエピソードが盛り込まれている。

 

Bから容姿端麗にはなれなくても、キュートにはなれる

特筆すべきは、誠子さんのポジティブさ。以前、手越くんのスーパーポジティブさについて書いたことがあった(https://getnavi.jp/book/522746/)が、ちょっと種類の違うポジティブさをひしひしと感じる。

 

たとえば、学生時代に同級生から陰で「白ブタ(色白のブタ)」と言われていたことを知り、ただのブタじゃないだけいい、色白って褒め言葉だし! と語れるポジティブさは、ただものではない。

 

そもそも、私自身は誠子さんを「ブス」だとは思わない。おそらく、くだんのポジティブさに加えて、常に笑顔でニコニコしているからなのだろう。ハッピーオーラをまとっている方だなという印象だ。

 

容姿を変えることは整形手術以外なかなか難しいけれど、雰囲気が素敵な「キュート」な女性には心がけ次第ですぐにでもなれる。そういった意味で、『B あなたのおかげで今の私があります』は、さまざまなコンプレックスを持つ女性たちの応援歌のような一冊だ。

 

愛のあるイジり、そうでないイジり

冒頭まで時を戻そう。「やさしいお笑い」が主流になってきた今、Bを味方につけネタにしていた誠子さんは今後どう振る舞っていくのか。本書ではこのような葛藤を述べている。

 

ブスと言われることは「おいしい」し、可愛いと言われることは「嬉しい」。

(『B あなたのおかげで今の私があります』より引用)

 

また、別のインタビューでは「ブスイジりは、(イジられている)本人は良くても、それを見ている人が傷つくという意見が出てきて、人を笑顔にするのが一番の目標なので、ネタの中でブスという言葉は使わなくなった」といったことも語っている。

 

つまり、芸人となった今は、Bをネタにイジられる=笑いがとれるからおいしい。イジってくる先輩後輩も、愛があってこそのBイジりだとわかっている。いわばお笑い界でのBイジりは、けっして悪口やイジメではなく、笑いにつなげようという愛のあるパスなのだ。

 

けれど、私たち一般人の世界、特に子どもたちが生きる世界ではそうはいかない。Bは明らかな悪口であり、イジりではなくイジメにつながりかねないと思うのだ。愛のあるBイジりを素人がやるのは、なかなかリスクが大きい。少なくとも自分の子どもたちには、他人に対して「ブス」などと言う人間にはなってほしくないと願う。

 

「誰かか傷つくから」といったSNSなど顔の見えない輩の声を気にしすぎて、なんでもかんでも消極的になるのを良しと思わないが、やっぱり私は近年の「やさしいお笑い」が好きだ。Bイジりからやさしいお笑いに転向しつつある、尼神インターの今後の動向に注目したい。

 

【書籍紹介】

B あなたのおかげで今の私があります

著者:狩野誠子
発行:KADOKAWA

女性芸人・尼神インター誠子の初エッセイ本。書名の「B」は「ブス」を意味する。子どものころからBと言われ続けている彼女だが、Bであることを受け入れ、今ではむしろBの方が楽しいと思うようになった。そんな彼女のしなやかな強さを、笑い涙をちりばめたエッセイに! 少女時代の思い出から、家族のこと、お笑いのことまで、未公開のストーリーをオール書き下ろしで一冊に。幼いころの写真も大公開。

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