今年に入ってから、「常識」とか「世間」を気にする人が増えたように思います。私は趣味で、喫茶店などにあるお冷の写真を集めているのですが、コロナ禍で今までのように写真を撮ってSNSにアップしたら世間様から何か言われてしまうのではないか……なんてことを考えてしまい、他のことまで行動が制限されてきて、ふと「私は何に恐れているんだ?」と思うようになりました。マスク・手洗い・うがい・三密を避けるなどの感染対策をすることは大前提ですが、何に恐れているのかわからなくなってきてしまったのです。
そんな感情を持ちながら『世間とズレちゃうのはしょうがない』(養老孟司、伊集院 光・著/PHP研究所・刊)を読み始めると、二人の対談の中に大事なキーワードがたくさん隠れていて、「私は世間の目を気にしすぎて疲れていたのかもな」と少しだけ気楽になれました。今回は、ちょっとこんな世間に疲れてしまった人におすすめしたい一冊をご紹介します。
養老孟司さんと伊集院 光さんがおしゃべりしている本
『世間とズレちゃうのはしょうがない』は、440万部を売り上げた『バカの壁』(新潮新書)の著者である養老孟司さんと、テレビやラジオで人気の伊集院 光さんが対談している一冊です。
最初はどうしてこの二人? と思ったのですが、伊集院さんは養老さんの著書である『半分生きて、半分死んでいる』(PHP新書)の文章を読んで「世間からズレている」という共通点を見つけたのだとか。一体どんなズレだったのでしょうか? 伊集院さんは「はじめに」で以下のように書かれています。
僕は「風体ほかの影響でどうしても世間とズレてしまうことに怯えながら、どうにか修正を試みるも、どうにもならず結果大幅にズレたままだが、今はなんとか調整しつつ生きている」。先生は、とっくの昔に「自分が世間とズレていることは分かっている。しょうがないと開き直って、開いた距離感で世間を冷静に見つけている」。この差は大きいです。
(『世間とズレちゃうのはしょうがない』より引用)
その差を対談しながら埋めていくので、どんな人が読んでも「なるほど」と思える部分が出てくると思います。
本の構成としては、伊集院さんが養老さんに色々と質問を投げかけながら対談が進んでいくのですが、養老さんがコレという明確な答えを提示する対談にはなっていません。「〇〇なんじゃない?」「私はこういう経験をしたよ」「僕もそう思う時がありました」とおしゃべりしている様子が楽しく、ラジオを聞いているように対談が進んでいきます。
0か100の世界になっていない?
山の中で暮らす仙人なら別ですが、世間で生きていると常識やルールが生まれてきますよね。『世間とズレちゃうのはしょうがない』の中でも、80代の養老さんがコンビニでタバコを買う時に年齢確認をさせられることに対して、「どう見たって間違わないのに……」と話します。それに対して、伊集院さんはこんなことを返していました。
みんなまじめというか、「〇か一〇〇か」なんでしょうね。僕もこの〇、一〇〇が自分を生きやすくしてくれるという憧れがずっとありました。なんだかよく分からない基準ではじかれたり嫌なことをされたりするぐらいなら、ルールをちゃんと言ってくれれば、それに従うか従わないかを自分で決める、と思っていましたから。
でもどうやらそれは無理っぽい。そんなすべてのケースに当てはまってストレスを起こさないような精巧なルールはないということが、この歳になって分かってきました。
(『世間とズレちゃうのはしょうがない』より引用)
この会話を読んで、「私は何に恐れているんだ?」と思ったこととリンクしました。今年に入ってから特にですが、常に「0か100か」を問われている感覚になっていたのだと腑に落ちたのです。〇〇しなければいけないとか、〇〇じゃないとダメなど世間のルールに監視されているような気持ちになっていたんだなぁ〜と自分を俯瞰できるようになりました。
最低限のルールは守りながらも、自分で選択し、世間と付き合っていかないと余計なことまで気にしてそれがストレスになってしまいますからね! 恐れるのはやめよ〜、だって無理だもん。と、100でも0でもなく30くらいの気持ちでいることを大切にしようと思います。
「みんな同じ」はいいこと?
「世間」にはいろんな人がいて当たり前ですが、もしその世間にいるモノが全て統一されてしまったらどうなるのでしょうか? 私自身、そんなことを考えたこともありませんでしたが、養老さんは最後にこんな言葉を残しています。
いろいろな人がいるという「実感」が欠けると、統一しようという世間になります。言葉がそうですね。日本語はさまざまです。でも「正しい日本語」と言いだすと、方言は消されてしまいます。いわゆる標準語だけの世界と、方言のある世界と、さて、どちらが豊かな世界でしょうか。全員が違う言葉を話すのがバベルの塔の世界です。それは困る。でもAIの世界は、実は「みんな同じ言葉」ですね。
今われわれに突きつけられている問題の一つは、ここでしょ。全員がコンピューター語を話すなら、さぞかし理性的な世界になるんでしょうね。そのときに皆さんはどこにいるんでしょうか。せめて一度は本気で考えてみていただきたいと思います。
(『世間とズレちゃうのはしょうがない』より引用)
どうしても「世間」とか「みんな」と一言で括ってしまいがちですが、そこにはいろんな人がいる、動物も自然もあるということを忘れてしまいます。最近では、自分の常識=世間の常識と思っている人も多いので、自分も気をつけようと思っています(笑)。
2020年、色々と無理して頑張ってきた人は、『世間とズレちゃうのはしょうがない』を読んで一度立ち止まってみるのも良いのではないでしょうか。他にも、養老孟司さんが大好きな昆虫の話や、伊集院さんが見るお笑い芸人の話など、様々な視点から世間を読み解いてくれています。私もまた疲れたなぁ〜とか、世間って辛いわぁ〜と思ったらこの本を開いて、立ち止まる時間を作ろうと思ったのでした。
【書籍紹介】
世間とズレちゃうのはしょうがない
著者:養老孟司 , 伊集院 光
発行:PHP研究所
世間からはじき出されないことを願う理論派・伊集院光と、最初から世間からはみ出している理論超越派・養老孟司。博覧強記でゲーム好きという共通点がある二人が、世間との折り合いのつけ方を探ります。