毎日Twitterで読んだ本の短評をあげ続け、読書量は年間1000冊を超える、新進の歴史小説家・谷津矢車さん。今回のテーマは「ゴールデンウィークに読む長編」。20年の連載を経て完結した歴史少女漫画、日本SFの金字塔であるスペースオペラ、そして(1冊で完結する)ミステリーやファンタジーなど、谷津さんが選んだ5冊で、あなたもステイホームの連休を楽しみませんか。
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世間は春の大型連休である。
とはいえ、新型コロナウイルスによる緊急事態宣言が発出された地域もあり、該当外の地域でもおおっぴらに出歩く雰囲気ではなくなっている。かくして、日本社会全体が地盤沈下に呑み込まれようとしている。
出版業界も同様である。人の流れが止まって購買行動が鈍化すれば、わたしたちの首を絞まっていく……と、暗い話ばかりしてもしようがない。例年のように行楽に出ることが難しい。それならば、家でのんびり過ごす皆さんが多いということになる。そんなときこそ本の出番である。
というわけで、本日のテーマは「ゴールデンウィークに読む長編」である。お付き合い願いたい。
ついに完結した新撰組×少女漫画
まずは漫画からご紹介しよう。『風光る 』 (渡辺多恵子・著/小学館・刊)である。
幕末の動乱に巻き込まれた少女・富永セイが様々な事情で男装して、男所帯の新撰組に入隊、唯一その事実を知る沖田総司と交流を深めていく、という恋愛漫画的な側面もある新撰組漫画である。1997年から連載が始まり、なんと今年(2021年)完結を迎えた大河漫画でもある。
本作の魅力は、歴史的事実と少女漫画的なストーリーの噛み合いだろう。
本作は主人公セイと沖田総司の恋愛(途中からこの二人だけの関係だけではなくなるのだが)が主軸となっていくとともに、新撰組が直面した様々な歴史的事実にセイたちが振り回される物語でもある。そんなストーリーを下から支えるのは、徹底的にリサーチされた歴史考証である。たとえば、本作における沖田総司は池田屋で喀血しない。新撰組の物語において、沖田総司が池田屋事件の際に喀血するのは、後の彼の人生を暗示させる伏線であるが、本作においては沖田総司がこの時期に血を吐くのはおかしいということで、喀血エピソードが割愛されている。
この例のように本作は怪しげな巷説(こうせつ)を退け、蓋然性の高い歴史を描こうという意欲に満ちているのだが、これはあくまで「女が新撰組に入隊している」という大嘘を成立させるためのリアリティ確保、つまり、物語に貢献するための工夫なのである。
こんな堅苦しい話は抜きとしても、皆さんには是非、セイと総司の物語の行方をチェックしていただきたい。
和製スペースオペラの大傑作
次は大長編小説から紹介しよう。『銀河英雄伝説』(田中芳樹・著/複数版あり)である。
言わずと知れた人気SF・スペースオペラ作品であり、幾度となくメディアミックスされてきた有名作品である。なぜ今更本書を? そういぶかしむ向きもあるだろうが、どんな素晴らしい作品・売れた作品でも、未読の人も数多くいるはずである。その一点において、この選書で触れる意味があると確信している。
本作は遠い未来の宇宙で繰り広げられている、銀河を股にかけた国家の攻防を描いたスペースオペラ作品である。そのスケール感は確かにSF的であるが、実は本作、読み進めていくとむしろ戦記・歴史小説的な読み味であることに気づかされていく。
古き専制国家の銀河帝国、腐敗しかけた民主国家である自由惑星同盟、そして二者の間に立ち上手く独立を維持しているフェザーン自治領、そして人類の母星である地球への帰依を説く地球教……。これらの勢力が、時に軍略、時に政略、また時に交易、さらにはテロリズムと様々な手段を以て戦いを繰り広げていく様は、さながら中国の史書を読んでいるような胸のすきを覚える。
これは何といっても、本作に登場する人物たちの魅力によるものだろう。主役級とされる銀河帝国のラインハルト、自由惑星同盟のヤン・ウェンリーを始め、本作には知将、猛将、謀将、政将、愚将……様々な将星が輝き、所々で強い光彩を残す。軍人だけではない。政治家や役人、民間人たちもまた、その時々で強烈な印象を読者に残し、銀河の歴史を鮮やかに染めていく。
(版によりばらつきはあるが)本伝で全十巻。一日に一冊読むとすれば十日である。これまでなんとなく本作に手を伸ばしそびれていた皆様、ぜひ、この休みを機に銀河の英雄たちの群像に浸っていただけたら幸いである。
人の願いや思いが未来に連なる物語
次にご紹介するのは『ジュリーの世界』(増山 実・著/ポプラ社・刊)である。
かつて京都にいた、河原町のジュリーと呼ばれたホームレスを描いた小説である、と書くと語弊があるかもしれない。というのも、本作において河原町のジュリーはほとんど登場せず、同じ町に生きている人々の視点から僅かにその姿が描かれるに過ぎないからだ。
だというのに、本作は河原町のジュリーを描いた小説となっている。なぜか。それは、河原町のジュリーが存在する/存在したことを肯定していた人々の姿をそこに描いているからである。
本作の登場人物たちの多くは河原町のジュリーが町に存在することを了解し、日々、生きている。本作においてメインの視点人物といっても過言ではない人物が、本来はホームレスを取り締まる立場の警察官であるのは、象徴的であるといえる。
河原町のジュリーはそこにいるだけではない。町の人々にわずかばかり影響を与えている。そして、河原町のジュリーもまた、町に影響を受けて生きている。あくまで些細な関係、潮汐力に過ぎない。だが、そんな密やかな何かが積み重なり、未来へつながる力学が生まれる。
本作は、河原町のジュリーという一個の人間にフォーカスすることで、人の願いや思いが未来に連なっていく姿を描いた小説であると言えるのである。
江戸の同心が戦国で探偵に!?
次にご紹介するのは『鷹の城』(山本巧次・著/光文社・刊)である。現代と過去を行き来することのできる女性、優佳(おゆう)を探偵役にした『八丁堀のおゆう』(宝島社・刊)、明治初期の鉄道事情を下敷きにした『開化鐵道探偵』 (東京創元社・刊)などの時代ミステリー作品で知られる著者の最新作である。
戦国時代の天正六年、織田信長による播磨攻めの最中、織田に圧迫されていた小領主の城で殺人が起こり、その謎を追うミステリ作品になっている。
本作の工夫は、何と言っても探偵役である。なんと、江戸時代に江戸の町を駆け回っていた、町奉行所の同心が探偵役なのである。
どういうことか。南町奉行所の役人である瀬波新九郎が、ひょんなことからタイムスリップをし、天正六年の播磨に飛ばされてしまうのである。つまり本作、江戸時代人が戦国時代に飛ばされる、という、変格タイムスリップものなのである。
江戸期の人物の視点が入ることによって、戦国時代の特殊性や江戸期までに廃れた作法、戦の時代の空気感を体感的に提示することに成功している。作品の臨場感を高めると共に、探偵役としての特殊性をも担保する、鋭い奇手である。
普段ミステリや時代小説をお読みでひねった作品を読みたいという方はもちろん、純粋にエンターテイメントをお求めの皆さんにも。
現代日本でマルコ・ポーロと旅に出る!?
最後はこちらを。『大江いずこは何処へ旅に』 (尼野 ゆたか・著/二見書房・刊) である。
彼氏に振られて傷心の中にある大江いずこが、ひょんなことから怪しげなネックレスを売りつけられ、その中に閉じ込められていたマルコ・ポーロと共に旅に出る、ファンタジックな設定を有した小説である。
本作の魅力は、とにかく「旅」にこそある。
マルコ・ポーロといえば『東方見聞録』を著したことでも知られる、世界を股にかけた旅人である。そんなマルコ・ポーロをどこかすっとぼけていて、親しい友人のような愛嬌ある人物として造形したのは、本作の成功であろう。そんなマルコとの珍道中がつまらないはずはなく、インタラスティング(=興味深い)で、ファニー(=おかしみ)がサンドイッチになった旅が描かれる。まさにこれは、気のおけない仲間たちとの旅の光景そのものである。
大型連休といえば旅がつきものだが、今、旅行も難しい情勢だ。仮に旅行に行ったとしても、食べ歩きやちょっとした触れ合いなどの場面で躊躇があったりするかもしれない。だが、本作は実際に旅に行った気にさせてくれる、そんな力に満ちている。なかなか外出の難しい今だからこそ、お勧めしたい。
今年の大型連休は、例年とはまったく様相が異なる。
はっきり言って、誰にとっても好ましからざる事態である。
だが、いついかなる時にも、本はある。本の魅力は、その普遍性にもあるのだとわたしは思う。
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【プロフィール】
谷津矢車(やつ・やぐるま)
1986年東京都生まれ。2012年「蒲生の記」で歴史群像大賞優秀賞受賞。2013年『洛中洛外画狂伝狩野永徳』でデビュー。2018年『おもちゃ絵芳藤』にて歴史時代作家クラブ賞作品賞受賞。最新作は『小説 西海屋騒動』(二見書房)