コロナ禍で家族や友人と会えず、寂しい思いをしている人が多いだろう。複数の人と何気ない対話をすることは、時に刺激になり、時に癒しにもなる。リモートでいいから毎日わずかな時間でも、人と繋がること、会話をすることは大切。私も海外で暮らす娘ともう2年近く対面できていないが、スカイプで頻繁に話しているので、しょっちゅう会っているような気分にはなれているのだ。
さて、今日紹介する『ていだん』(小林聡美・著/中央公論新社・刊)は、『婦人公論』で2015年9月からはじまった「小林聡美のいいじゃないの三人ならば」と題した連載をまとめ、その文庫版としてこの春に刊行されたもの。鼎談(ていだん)とは、三人が向かい合って話をすること。小林さんと多彩なゲストたちとの会話は、とてもおもしろく、あらためて対話の楽しさを思い出させてくれる。
三人芝居に夢中になる
小林聡美さんは”三人”が似合う女優だと、私は思っている。彼女が出演した作品で欠かさずに観ていたのが、シチュエーションコメディの『やっぱり猫が好き』だった。舞台はマンションの一室で、もたいまさこさん、室井 滋さん、そして小林さん扮する三姉妹と猫だけが基本出演で、会話だけでストーリーを成り立たせていたが、これが愉快で、大いに笑わせてもらった。
フィンランドのヘルシンキを舞台にした映画『かもめ食堂』も私のお気に入りだ。異国で食堂を開店した日本女性を小林さんが演じ、そこに旅行者としてやってきた片桐はいりさん、さらに、もたいまさこさんが絡んでいくストーリーで、やはり三人の絶妙の演技に魅了された。そんな三人が似合う女優の鼎談、これは読まずにいられないとページを開いたのだ。
10年後、私たちは……
第一回目の鼎談は、井上陽水さん、川上未映子さん。当時の対話を振り返り、小林さんはあとがきにこう記している。
奇しくも一〇年後の私たちについてワイワイ語り合っていました。(中略)一〇年後への未来半ばで、人智の簡単に及ばない新型ウイルスの猛威に私たちは直面したのです。(中略)そんな今、この本を開いてみると、なんの不安も疑いも持たずに、むき出しの顔で堂々と三人で向き合い、ツバキを飛ばしながら、ああでもないこうでもない、と語り合った時間がまるで宝物のごとく輝いて感じられます。(中略)今思うことは、そのうち、人とまた普通に、会って喋って大声で笑って、肩を叩いたり、抱きしめたり、その他もろもろ、今してはいけないことを思いっきりやってやりたい、ということです。
(『ていだん』から引用)
まったく同感、今は誰もが同じ思いでいるのだ。
希望を持たないと意味がない
たった今、希望が持てず、不安な日々を送っている人たちに、6年近く前、小林さんが井上陽水さん、川上未映子と語った内容が、勇気をくれるので一部を抜粋してみよう。
井上 理論的に考えれば、これから先の未来について、悲観的なことしか考えられないんだけど、最近はちょっとこう、希望を持たないとダメだなと思いますね。
川上 そうですよ!
井上 そういうことにやっと気がついてね。ちょっと遅かったんだけど。
川上 その「希望」というのには、伝えなきゃ、という感じも含まれますか?
井上 「何やっても仕方ないよね~、しょせん」というのではなくて、肯定的な気持ち、ということですかね。そうでなければ意味がないということが、この頃よくわかってきたんです。その点、聡美さんなんかは、もう若い頃からそんなことわかっているというお顔をなさっていて、私を冷たく見ていたけれど……。
小林 いやいやいやいや。井上さんだって根はすごくポジティブで、ハッピーじゃないですか。ちょっとミステリアスな感じの歌が多いですけど。(笑)
(『ていだん』から引用)
「やりたくないことをやらないだけです」
映画『かもめ食堂』で共演した、もたいまさこさん、片桐はいりさんとの鼎談は裏話が多く語られている。夏のヘルシンキは気温14度で寒かったにもかかわらず夏服で撮影した話、映画公開後はヘルシンキが日本人だらけになった話など、とてもおもしろく読めた。また、片桐さんがセリフの意味が理解できておらず、10年経ってやっとわかったと打ち明けている。
食堂を経営するサチエ(小林)、その手伝いをするミドリ(片桐)、そこにあとからやって来たマサコ(もたい)が語りかけるシーンだ。
片桐 (前略)「あなたたち、好きなことだけやってらしていいわねえ」という場面がありますね。
小林 ありますね。
片桐 それに対してサチエさんは、「やりたくないことをやらないだけです」と返すんです。
(『ていだん』から引用)
その言葉が片桐さんのなかでは腑に落ちなかったのだそうだ。「好きなことだけやりたい」、あるいは「やりたいことだけやってます」なら理解できた。が、「やりたくないことをやらない」とは? と。当時は「欲張らない」という感覚がわからなかったが、10年経って、やっとそのセリフの奥深さを知ったのだそうだ。私も思わず有料動画サイトでこの映画のその場面を観直してしまった。
18回36人との語らい
本書には小林さんと36人のゲストとの語らいが収録されている。
「堂々と生きる」(長塚圭史・西加奈子)
「なぜ、まねるのか?」(江戸家小猫・南 伸坊)
「センスって、なんだろう」(大橋 歩・小野塚秋良)
「猫の徳」(坂崎千春・坂本美雨)
「太い女」(板谷由夏・平岩 紙)
「九州男児と語らう」(光岩 研・役所広司)
「動物の命とどうかかわる?」(石田ゆり子・中谷百里)
などなど、興味深い話がたっぷりと聞ける。そして、この本を読んでいると、誰かと言葉を交わすことはなんと愛おしいんだろうとしみじみ思う。
今は、LINEやFacebookのMessengerなどのビデオ通話を利用すれば、どんなに遠くに離れた友だちともすぐに繋がることができるし、3人以上のグループ会話だって可能だ。リモートならマスクなしのむき出しの顔で大笑いもできる。本書を真似て、あなたも”ていだん”を楽しんでみてはいかがだろう。
【書籍紹介】
ていだん
著者:小林聡美
発行:中央公論新社
「鼎談」とは、三人が向かい合って話をすること。噺家、ミュージシャン、絵本作家、俳人、料理人、漁師など、俳優・小林聡美が会いたい人を二人ずつ迎え、三人で語り合う。三十六人の多彩なゲストと交わされる言葉は、何気ないようで味わい深い。対話の楽しみに満ちた、豊かな鼎談集。