本・書籍
2021/4/27 6:30

”自分の弱さ”を受け入れたほうが人生は豊かになる——『平熱のまま、この世界に熱狂したい』

平熱のまま、この世界に熱狂したい』(宮崎智之・著/幻冬舎・刊)を見つけたとき、私が最初に注目したのは、タイトルよりキャッチコピーのほうだった。『「弱さ」を受け入れる日常革命』とあり、これはおもしろそうだと、ページを開き読み進めていった。どんなときも人は強く生きねばならない、私はそう教えられてきたし、多くの人も同様に「強く強く」と踏ん張っているに違いない。しかし、本書の著者、宮崎智之さんは自らの弱さを認め、ありのままの弱い自分で世界を見つめているという。現在の長引くコロナ禍は社会を大きく転換させ、これまでの常識では、何もかもがうまくいかなくなり始めている。もしかしたら、これからは「弱さ」とともに歩くほうが、小さな幸せを日々感じられるようになるのかもしれない。

 

アルコール依存症を克服し、平熱の生活に

宮崎さんの書く文章はスイスイと読めるし、おもしろく笑える箇所も多くある。どんなテーマであっても根底に優しさを感じるのだ。それは、彼が人の痛みを知っているからだろう。宮崎さんは学生時代からお酒はめっぽう強かったようだが、離婚がきっかけで本人曰く、常軌を逸した飲み方をするようになった。そしてアルコール依存症となり、ついに倒れて救急車で運ばれる事態に。そのとき、息子を良く知る彼のお母さんは「お酒は強いんですけど、心が弱いんです!!」と絶叫したのだそうだ。苦い経験をした宮崎さんはその後、断酒に取り組み、それから4年以上が過ぎた今は飲みたいと思うこともなくなり、体調も精神も安定し、生活も仕事も充実しているそうだ。

 

ぼくは飲まない。少なくとも今のところは、もう二度と飲まないつもりでいる。なぜか。意志が強くなったからなのか。決してそうではない。事実はまったくの逆だ。ぼくは意志が強くなどなっておらず、相変わらず弱い。しかし、酒に手が伸びそうになったとき、ぼくを寸前で止めてくれるのは、むしろ「弱さ」のほうである。再び敗北するのを恐れる臆病な「弱さ」が、酒をコントロールできるという思い込みから、ぼくを少しだけ引き離してくれる。

(『平熱のまま、この世界に熱狂したい』から引用)

 

ままならない人生を救うのは「言葉」

本書は、新型コロナウイルスの感染が広がる最中に執筆されたエッセイで、当然「コロナ以後」の世界を意識して綴られている。宮崎さんの言葉を借りれば、なるべくなら楽しく生きたい、喜びに浸りたいと思っても、現実はあまりにあけすけで人生はままならない。社会は身も蓋もなく、弱いものにはいつだって冷淡なものだ。では、どうすればいいのか? 言葉の力を借りることだ。

 

もし、ぼくに言葉をつむぐ力があるとしたら、その力を使って、しんどい現実を反転させたい。(中略)「この世界も、あながち悪いものではないかも」と思える言葉を、ぼくは探している。(中略)人間は言葉に癒され、慰められ、言葉によって世の中の見え方が変わることもある。

(『平熱のまま、この世界に熱狂したい』から引用)

 

新型コロナウイルスによって日常が変わってしまった

人間には世界の複雑さをすべて受け入れて理解することができない。宮崎さんがそれを強く再確認したのは、新型コロナウイルスの感染拡大で、瞬く間に日常が変容した状況に直面したときだったという。しかも、再婚した奥様が妊娠中で、2020年5月に出産を予定していたため、早い段階から対策をし、報道もこまめにチェックしていたそうだ。

 

大阪出身の奥様は里帰り出産の予定で、当初は宮崎さんも東京と大阪を行き来して仕事をこなそうとしていた。しかし、状況が悪化することは目に見えてきたため、最初の緊急事態要請が出される前に奥様ひとりが帰省、宮崎さんと愛犬は東京に残る決断をした。新型コロナウイルスの厄介な部分の一つに、「もし自分が移してしまったら」「『加害者』になってしまったら」という恐怖があり、身動きが取れなくなる、無症状者が多いというのも、その恐怖に拍車をかける。

 

宮崎さんは大阪にいる臨月の妻に会いたい、産まれてきた子どもを1秒でも早く見たいと思ったが、「もし、万が一……」と考え自粛した。不安に駆られ、一般相談窓口に電話もしたそうだ。明確が答えなどでないことはわかっていても、聞かずにはいられなかったという。結局、奥様と生まれてきた息子さんと対面したのは、緊急事態宣言が解除され、さらにその後しばらく時間をおいてからになったのだそうだ。

 

父親になった2020年、38歳のぼくは世界の複雑さを前に眩暈を起こすことしかできなかった。誰かに決めてほしかった。世界を単純化してほしかった。「個人」を捨ててでも、単純化して運用されている「社会」に乗っかりたかった。誰かの救いの言葉に、すがりつきたくて仕方なかった。そのことを、いつか息子に伝えたいと思う。

(『平熱のまま、この世界に熱狂したい』から引用)

 

3回目の緊急事態宣言が出された今、救いの言葉を求める人はますます増えているに違いない。

 

退屈な日常の中にも刺激はある

本書には、思わずクスクスと笑い出してしまう項目も多くある。たとえば、「ヤブさん、原始的で狂おしい残念な魅力」という見出しでは、”ヤブイヌ”について書かれている。宮崎さんが一目で虜になったのが、ヤブイヌ(英語名はbush dog)で、「里芋に似ている」と思ったそうだ。動物園へ見に行くと、横でヤブイヌを見ていたおばちゃんの「ちくわが歩いているみたい」という呟きを聞き、その残念さこそがヤブイヌの魅力とますます好きになったとか。以来、宮崎さんは「プリミティブで、残念なほど地味だが、たまらなく趣がある」ものに対し、「ヤブみ」という言葉を使うようになったとある。

 

この他、朝顔を育てながら想像力を磨く話、人前でオナラをしてしまったときの言動について、蓄膿症の手術で入院した病院の売店にあった、売れ残りのアヒルのぬいぐるみを買ったエピソードなど、とてもおもしろかった。

 

最後に本書のカバーには、こんな言葉もある。

 

不完全は優しさ。あきらめは許し。弱さは贅沢。自分が美しいと思うものを踏みにじらずに生きるために—。

(『平熱のまま、この世界に熱狂したい』から引用)

 

自粛自粛の今だからこそ読んでおきたい一冊といえる。

 

【書籍紹介】

平熱のまま、この世界に熱狂したい

著者:宮崎智之
発行:幻冬舎

不完全は優しさ。あきらめは許し。弱さは贅沢。自分が美しいと思うものを踏みにじらずに生きるためにー。アルコール依存症、離婚を経て取り組んだ断酒。そして、手に入れた平熱の生活。退屈な日常は、いつでも刺激的な場へと変えられる。

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