作家の瀬戸内寂聴が亡くなったと知ったのは、11月11日の11時過ぎのことでした。その時、私はちょうど『創造&老年』(横尾忠則・著/SBクリエイティブ)という本を読んでいました。画家の横尾忠則が、彼よりも年上の芸術家9人にインタビューをして、長寿と創作の秘密を探ろうとする対談集です。どの方もその道を究めた方ばかりですが、瀬戸内寂聴が最初の対談相手で、驚くほど若々しい意見を披露していました。
9人の強者たち
横尾忠則がこのインタビューをしようと思い立ったのは、「画家は長生きですね」という言葉をよく耳にしたからだといいます。確かに、ピカソやミロやシャガールをはじめとして、90代まで生きた芸術家は数多くいます。それもただ、生きているだけではありません。衰えを知らないまま創作活動を続けているのですから、何か秘訣があると思うのも当然でしょう。
そこで、著者は老いてますます盛んな芸術家に会い、熱心に話を聞きました。インタビューは3年にわたり、その間、著者は79歳から81歳になりました。体調を崩して二度入院し、難聴がひどくなったりするなど、身体には悩みを抱えていました。けれども、質問や反応はまったく衰えを感じさせず、むしろどんどん若くなっていくように感じます。
肉体と精神の交流から生まれる人生観をぜひお聞きしたいと思って、このインタビューを開始することにした
(『創造&老年』より抜粋)
その言葉を軸に、対談は進みます。
お相手は次の方々。作家の瀬戸内寂聴、建築家の磯崎 新、画家の野見山暁治、写真家の細江英公、俳人の金子兜太、美術家の李禹煥、作家の佐藤愛子、映画監督で脚本家の山田洋次、作曲家でピアニストの一柳 慧の9人です。
演出家の蜷川幸雄とも会う約束を交わし、既に対談の日時も決まっていたのだそうです。お互いに、とても楽しみにしていたというのに、蜷川幸雄は急逝し、約束を果たすことができませんでした。未完に終わったインタビュー、読みたかったと思いますが、命とはそういうものでしょう。生まれる日も死ぬ日も知らないまま、人は生きていくしかありません。
瀬戸内寂聴との語り合い
9人の芸術家は驚くほど元気で、話も自由闊達、もしかしたら、永遠に死なないのではないかと思うほどです。とりわけ、瀬戸内寂聴は、自分の年齢さえ意識しておらず、「いくつだったかしら。九十三歳? 信じられない!」と、自分で自分に驚いています。結局、その6年後に亡くなったわけですが、「九十九歳? 信じられない」と、自分の死に驚きながら逝ったのではないでしょうか。
元気いっぱいに見える瀬戸内寂聴ですが、6年前に対談したとき、既に身体は年相応に傷んでいると告白しています。圧迫骨折、胆のうがん、体中の痛みなどに苦しんでいました。けれども、創作意欲だけは衰えませんでした。何かを書きたい、創りたいという思いが、病や痛みを駆逐していたのかもしれません。年をとっても前進し続ける秘密は、このあたりに隠されていたのではないでしょうか。
こだわらないこと。遊んじゃうこと。面白がること。92歳で見舞われた圧迫骨折も楽観的だから、回復出来たのかもね……。
(『創造&老年』より抜粋)
骨折しているのにも気がつかず、痛い痛いと言いながら、新幹線に乗り、用を片付け、さらには結婚式に出て、また次の場所へ移動しています。ぎっくり腰だと信じていたので、マッサージで治ると軽く考えていたようです。本当なら、お気の毒と言うべきところですが、思わず笑ってしまいます。
おまけに、その話を聞いた横尾が「そのマッサージ師というのは、あのインチキマッサージ?」と質問するのですから、もう爆笑するしかありません。彼もそのマッサージ師さんを紹介され、実際に施術してもらったものの、全然、信用できないと断言します。紹介してくれた人を前に、ここまではっきりと感想を言う、あるいは言える関係にあることがうらやましいくらいです。
瀬戸内寂聴は横尾忠則を「本当の芸術家」として尊敬しています。その理由は常に変わろうとしているからだといいます。グラフィック・デザイナーとして世界的に有名になったのに、それだけでは飽き足らず、突如、画家に転身した勇気をたたえているのです。
一方で、横尾忠則は自分について、こう述べています。
僕は、変わっていかないほうが不安になる。自分のスタイルというか様式を決めて、ロボットで作る今川焼きみたいに、同じものを作っていくのは嫌なんです。昨日とは違うものを描きたい。明日はまた違うものを描きたい
(『創造&老年』より抜粋)
今川焼き拒否論というべき発言に、なるほどねぇとうなずいてしまいます。
磯崎 新に霊泉を勧める
2番目に登場する磯崎 新との対談にも引き込まれました。ふたりは50年も前からのおつきあいだそうです。50年も知り合いだったら、お互いの老いを感じるはずだと思うのですが、磯崎は開口一番こう言います。「横尾さんぜんぜん変わってないんだよ」と。あり得ないと思いながらも、ふたりならあり得ると思ってしまうところに、このインタビューのすごさがあります。
対談した時、86歳だった磯崎ですが、元気はつらつです。そんな彼も、77歳、つまり喜寿のとき、体調が変化して、初めて自分が老人だと意識したのだそうです。老齢による身体の変化を感じつつ、創作に励むふたりですが、健康を維持するための努力はおこたりません。医師に頼ってばかりいないで、自分で色々試しています。自分の主治医は自分であるとわかっているのでしょう。
とりわけ、ふたりが水に興味を示しすところに注目したいと思います。横尾が磯崎に、自分が43年間も飲み続けている霊泉について話すと、磯崎は「いやぁ、今日の対談は、この水に出逢うために導かれたようだなぁ」と語り、横尾が「それだけでよかったです」と結ぶのです。世界的な画家と建築家が、水について夢中で語り合う様に思わずにっこりしてしまいました。彼らが元気なのは、水のおかげもあるでしょうが、こうして無邪気に、しかし、必死に語り合うその姿勢にあるに違いありません。
いつも「今」だけ考える人・野見山暁治
3番目の対談相手となったのは、画家の野見山暁治。私は彼の画も文章も好きなので、どんなエピソードが飛び出すのかドキドキしました。この時、既に94歳ですが、老画家などと呼ぶのははばかられる若々しさです。そもそも、ご自分で「年をとったという自覚がない」と言うのだから、本当に老いるのをやめてしまっているのかもしれません。
僕は思うんですが、人間だけが自分の年齢を知っているわけですよね。他の動物は自分の年齢なんて知らないんだから。犬は、「オレも年取ったな」なんて思わない。動くのが、かったるくなるとじっとしているだけで
(『創造&老年』より抜粋)
思わず脱力します。そして、次に、その通りだと心底思いました。前はくたびれると「あぁ、もうトシね」と嘆いていたのですが、最近は「今日はかったるいから、ゴロゴロしていよう」と思うようになりました。これまで、私は具合が悪いときに限って頑張る癖がありました。けれども、歯を食いしばっていては、長く働くのは難しいと気づいたのです。
あとに続くは珠玉の6人
あとに続く6人も人生の達人ぞろいです。もう面白くてたまりません。是非、『創造&老年』で、続く対談を楽しんでいただきたいと思います。
長寿が創作に力を与えている9人の生き方は、私を圧倒しました。見習いたいと言いたいところですが、「年を取るということは、逆に少年に返っていくこと」という横尾の言葉を実践できる自信はありません。けれども、こういう年の取り方もあると知っただけで、心のモヤモヤが一掃され、爽快感で満たされます。
『創造&老年』を読んでから、私は自分の年齢を嘆かないようにしようと思いました。毎朝、鏡を見ては、「あぁ、きたわね。ここにも白髪が。シワも増えたな」と、無意味な確認をするのを辞めたのです。代わりに、生きることを楽しんでいればそれでいいじゃないと、言えるようになったのです。それはつまらないことを気にして悩んでばかりいた私にとって、快いショックとなりました。冷たい水で顔を洗ったときのように、目がさめたのかもしれません。
心がよどんでどうしようもないとき、年齢による衰えを感じて落ち込んでいるとき、病を得て苦しいとき、『創造&老年』を開いてみてください。自分が年を取っていることに気づいてさえいない先輩たちからエネルギーをチャージしてもらったような気持ちになるでしょう。
【書籍紹介】
創造&老年
著者:横尾忠則
発行:SBクリエイティブ
絵を描くことと、生命というものが、どこかでひとつながりになっている。その感覚を確かめるために、横尾忠則が3年かけて訪ね歩いた。9人の80歳以上、現役クリエーターとの唯一無二の対話集。