コロナ禍が始まってまる2年が経過した。大小さまざまある失われたものは数えきれないし、日常生活のふとした瞬間に改めて意識する閉塞感もぬぐい切れない。
日本社会を覆う重苦しい雲
2019年12月以前の暮らし方は、もう戻ってこないんじゃないだろうか。最近、リアルにそう感じている。しかし、日々の生活は回し続けていかなければならない。喪失感や閉塞感に押しつぶされない自分を作っていくためにはどうしたらいいのか。
精神論にも一定の効き目はあるだろう。ただ、現実と完全にリンクさせるのは難しい。筆者が置かれているシチュエーションの中、現実的な線の指標として役立ってくれそうなのが『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』(橘玲・著/株式会社幻冬舎・刊)という本だ。まえがきにこんな一文がある。
いまや誰もがいい知れぬ不安を抱え、グローバル資本主義や市場原理主義を非難し、迷走を続ける政治に不満を募らせている。国家は市場に対してあまりにも無力で、希望は永遠に失われたままだ。
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』より引用
この本が出版されたのは平成27年4月だ。今思えば、日本社会はすでに重苦しい空気に覆われていたのだろう。
自己啓発はオールマイティーではない
重苦しさがもたらすモヤモヤ感の一面は、自己啓発をキーワードにした以下のような文章にも示されている。
グローバルな能力主義の時代を生き延びる方法として、自己啓発がブームになっている。ぼくはずっと、自己啓発に惹かれながらもうさんくさいと感じていて、そのことをうまく説明できなかった。能力開発によって、ほんとうにすべてのひとが救われるのだろうか。
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』より引用
自己啓発という言葉の響きは心地よい。でも、オールマイティーではない。自己啓発という言葉でカバーできる範囲がしっくりこない人、あるいは自己啓発という言葉自体に違和感を覚える人にはどういう手段があるのか。どう折り合いをつけていけばよいのか。
「二行」で表現できる成功哲学とは
橘氏は言う。
残酷な世界で生き延びるための成功哲学は、たった二行に要約できる。伽藍を捨ててバザールに向かえ。恐竜の尻尾の中に頭を探せ。
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』より引用
ダン・ブラウンの小説の冒頭のような文章だ。この「二行」が意味することに達するため、読者は橘氏と共に旅に出る。旅の指標となる章立てを見てみよう。
序章 「やってもできない」ひとのための成功哲学
第1章 能力は向上するか?
第2章 自分は変えられるか?
第3章 他人を支配できるか?
第4章 幸福になれるか?
終章 恐竜の尻尾のなかに頭を探せ!
どんな道中になるか、なんとなく想像できはしないだろうか。
恐竜の尻尾
「自己実現という神の宣託」(序章)、「ダメでも生きていける比較優位の理論」(第1章)、「“遺伝的に正しい”生き方」(第2章)、「自分は特別という妄想」(第3章)、「日本的雇用が生み出す自殺社会」(第4章)など、魅力的で刺激的な響きの項目が70以上並ぶ。本書の目的地となる「二行」の意味は、終章に図という具体的な形で示されている。ここで図をそのままの形で見ていただくわけにはいかないので、説明の文章だけ引用しておく。
クリス・アンダーソンは、『フリー』の前作である『ロングテール』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)で、インターネット時代のニッチ市場に巨大な変化が起きていると述べた。
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』より引用
この図は、恐竜を横から見たところに似ている。尻尾というのは、ニッチな市場のことなのだ。
自分にふさわしいニッチを見つける
七〇億のひとびとが織りなすグローバル市場も、地球環境に匹敵する複雑な生態系だ。伽藍を捨ててバザールへと向かえば、そこにはきっと、君にふさわしいニッチがあるにちがいない。
『残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法』より引用
このタイミングでこの文章を示しても、「は?」と思われるだけだろう。恐竜の尻尾は、どんな状況の世の中でも通用する概念なのか。それは、我々自身が強いられながらも未知の違和感に慣れつつある中で、自分という存在を媒体にして行う試行錯誤を通して確認していくしかない。
この本を読み、筆者が得た何かと同じものを感じ取る人がいることを確信している。その“何か”は、いくばくかの希望につながっている。今の、そしてこれからの世の中に対して、少しでも希望を感じさせてくれる本。筆者はすでに、自分なりのニッチを見つけようという気持ちになっている。
【書籍紹介】
残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法
著者:橘玲
刊行:幻冬舎
ワーキングプア、無縁社会、孤独死、引きこもり、自殺者年間3万人超など、気がつけば世界はとてつもなく残酷。だが、「やればできる」という自己啓発では、この残酷な世界を生き延びることはできない。必要なのは、「やってもできない」という事実を受け入れ、それでも幸福を手に入れる、新しい成功哲学である。