本・書籍
2022/7/26 21:30

現代のディストピア世界を生き抜くために身につけておくべきツールとは何か?『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』

ハッキングあるいはハッカーという言葉から想像するのは、コンピュータがらみの、どちらかというとネガティブなワードというイメージではないだろうか。

 

クールでリスペクトされるべきハッカー

裏道を行け ディストピア世界をHACKする』(橘玲・著/講談社・刊)は、そもそもコンピュータ分野の専門用語だったハッキング、そしてハックという言葉のニュアンスを俯瞰することから始まる。

 

「HACK(ハック)」という言葉はもともと、MIT(マサチューセッツ工科大学)の学生たちが畏敬の念を込めて、「凝ったいたずら(キャンパスを見下ろすドームをアルミ箔で包んでしまうなど)」を評する言葉だった。それがコンピュータの時代になって、「革新的で、かっこよく、高度なテクニックを駆使した妙技」を操り、システムの改善にもっとも貢献した者を「ハッカー」と呼ぶようになった。

『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』より引用

 

ハッカーとはそもそも、いたずらであれコンピュータの高度なテクニックを駆使した妙技を操ることであれ、静かにリスペクトされるべき存在なのだ。ちょっとクールな響きも感じられる。そして、コンピュータ分野で生まれたハックという言葉がカバーするものは増え続けている。

 

本書では、コンピュータの世界で使われてきた「HACK」が“大衆化”している状況について考えてみたい。初期のハッカーたちはコンピュータやネットワークの「システム」をハックしようとしたが、今では脳から金融市場、社会まで、あらゆるものがハックの対象になっている。

『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』より引用

 

 

恋愛感情を科学する

例えば恋愛もハックの対象になる。音楽ライターのニール・ストラウスと“ミステリー”と名乗る謎のナンパ師を主人公に繰り広げられるパート1では、「モテ格差」「恋愛工学」「ダーウィン進化論」といったキーワードをちりばめながら恋愛ハッキング論が詳しく紹介される。いかに見た目がさえなくても、理論に基づくテクニックを実践すればそれなりの勝率を得ることができる事実がつまびらかにされていく。勝率という言葉が意味するところには個人差があるだろうが、とにかく自分で満足が行くレベルまで達することはできる。著者が意図するハッキングという言葉の意味合いを知る上で、わかりやすい形の実践論といった趣だ。

 

本書の最大の魅力として、展開の意外性を挙げたい。パート1で恋愛論を軸に実践的なハッキングについてかなり深いところまでつまびらかにした後に、そのままのノリでまったく違和感なく金融市場の話につながっていくのだ。

 

理想の性愛を実現するには、富を手にしなければならない。こうしてハックの標的は、「女の脳」から「金融市場」へと変わっていった。

『裏道を行け ディストピア世界をHACKする』より引用

 

 

金融のメカニズムを解き明かすリバースエンジニアリング

パート2のステージは金融市場だ。「ヘッジファンド」「ブラックジャック必勝法」「ノーベル経済学賞」というキーワードを追いながら、パート1に見られたリバースエンジニアリング——設計図や仕様書がないまま機械を分解したり、ソフトウェアの動作を調べたりして、仕組みを解析するプロセス―—が実践される。女性の思考も金融市場のメカニズムも、まったく同じ方法論で解析できることを知って驚く人は少なくないだろう。

 

パート2の主人公のひとりとして登場するレジェンド級トレーダーの一人、エドワード・ソープはまだ学生のころにラスベガスを訪れ、ルーレットやブラックジャックなどの必勝法を数学的に証明することに夢中になった。彼は、ギャンブルがはらむリスクをスリルに置き換えて楽しもうとはしなかった。ゲームとしての仕組みを数学的・物理的に解明し、リスクを負わないまま利益を得る―—つまりハックする—―方法を見つけようと試みたのだ。

 

映像的な文章で展開する動的な構成

パート3以降は、「脳をHACKせよ」「自分をHACKせよ」「世界をHACKせよ」という章タイトルが並ぶ。視点を脳内から自分自身、そして世界というふうに絞り込んだり大きく広げたりしながら、ハッキングという行いのスペクトルをひとつひとつ明確にしていく構成にダイナミックな動きが感じられる。こう言おう。視点と主役が次々に変わっていくさまは、まるでオムニバスの映画を見ているみたいだ。

 

もはや否定のしようがない、誰も避けて通ることができないディストピア世界を生き抜くために身につけておくべきツール。それがハッキングである。どんな知識をどのように蓄積し、どのように活かしていくか。ディストピア的要素に満たされた世界が訪れつつあることは、すべての人が漠然と感じているだろう。そういう雰囲気は、日常生活でも実感できる。ネガティブなものばかりがやたらと目立つ時代に必須のサバイバルテクニックを、映像的な文章で展開していく一冊だ。

 

【書籍紹介】

 

裏道を行け ディストピア世界をHACKする

著者:橘玲
刊行:講談社

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