『月刊漫画ガロ』(以下ガロ)というマンガ雑誌の名前を知っているだろうか。多少マンガに詳しい方なら、名前くらいは聞いたことがあるのではないだろうか。
『ガロ』は、1964年に発行されたマンガ雑誌。版元は青林堂。元々は白土三平の『カムイ伝』を連載するために出版されたという経緯がある。その後、大手出版社では掲載されないような、独特な作品を描くマンガ家を発掘。つげ義春、蛭子能収、山田花子、林静一、根元敬、丸尾末広などなど、個性的なマンガ家が続々とデビューし、大学生などを中心に人気を博す。
一方、出版社としては利益がほとんど上げられず、作家たちはほぼ原稿料ゼロで作品を発表していたが、『ガロ』でしか発表できない作品も多く、新人作家からの持ち込みも多かったという。いわば伝説のマンガ雑誌だ。
『ガロ』のクーデターのもうひとつの事実
その『ガロ』は、1997年に社員のクーデターにより原稿をすべて持ち出され、事実上解散状態となる。このクーデターについては、当時の関係者などからの証言や出版物がいくつかあるが、『『ガロ』に人生を捧げた男』(白取千夏雄・著/興陽館・刊)は、そのクーデターを起こされた側の立場から書かれた書籍だ。
著者は、専門学校生のときに青林堂にアルバイトで入り、そのまま正社員になった人物。もともとマンガ家志望で、北海道から上京してきたものの、マンガ家としての才能がないと気付き、大好きだった『ガロ』にアルバイトに入ったという経緯がある。
クーデター当時は、資金難だった青林堂を助けるために経営権を得たコンピューターソフト開発会社の社員となっており、『ガロ』にも携わりながら『デジタルガロ』の編集長となっていた。
クーデターの内容はここでは詳しくは書かないが、これまで一般的に語られていた内容とは若干異なり、クーデターを起こされた側の当時の見たこと感じたことが綴られていて、興味深い。やはりこの手の話は片方だけではなく、両方からの意見を並べてみないとわからないことがある。
前半と後半ではテイストがちょっと異なる
この本が書かれたときは、すでに著者は癌に冒されており、闘病生活を送っていた。しかし、病気の進行が比較的遅かったことから精力的にさまざまな仕事を行っていたようだ。
また、妻であるマンガ家のやまだ紫(著者がガロ時代に担当していたマンガ家でもある)の死などもあり、後半は『ガロ』の話というよりも、妻との別れがメインとなっている。
正直、前半は当時の『ガロ』の様子や、白取氏の編集者としてのポリシーなどが伝わってきておもしろかったのだが、妻の死のあたりからなんだか違う話になってきたなーと思っていた。
それでも、その後唯一の弟子とも言える(エロ劇画をおもしろく批評するブログ『なめくじ長屋奇考録』を運営する劇画狼)との出会いから、自費出版に情熱を費やすあたりから、また編集者としての著者のボルテージが上がる。やはり白取氏は、根っからの編集者なのだなと感じる。
実際に読んでもらわないとほんとうのおもしろさが伝わらない
いろいろ書いてきたが、実はこの書籍、最後の最後にどんでん返しがある。詳細は伏せるが、なんだかあまり今まで読んだことがないタイプの終わり方をしているのだ。
しかも、その部分で本書の内容を根底から覆すような記述があったりと、なんだか読み終わった後にいろいろとこちらの考えがぐるぐる回るような感じになる。こればかりは、実際に読んでもらわないと感じることはできないと思うので、『ガロ』に興味のある方はぜひとも手に取っていただきたい。
最後まで読んだ僕の感想としては「白取氏は純粋な編集者だったんだな」ということ。とにかくいいものを作る、いい作品を世に出す。そのために自分が何をすべきかを常に考え、決してマンガ家の個性を曲げることなく、純粋にいいものを世の中に出したい、後世まで残したいという気持ちが伝わってくる。それが弟子の劇画狼にもしっかり伝わっていたからこそ、本書が世に出て話題になったのだろうなと思う。
何やら奥歯にものが挟まったような物言いになってしまっているが、やはり本書は実際に読んでもらわないと、クライマックスを純粋に楽しむことができない。こんなタイプの書籍は、僕はあまり読んだことがないので、ぜひみなさんもどうぞ。
【書籍紹介】
『ガロ』に人生を捧げた男
著者:白取千夏雄
発行:興陽館
伝説の雑誌『ガロ』元副編集長、語り下ろし。漫画家を目指し上京した青年と『ガロ』創刊編集長・長井勝一との出会い、漫画編集としての青春、『ガロ』休刊の裏側。青林堂の編集者一斉退職事件、青林堂と青林工藝舎への分裂、自身の慢性白血病、最愛の妻を襲う不幸、悪性皮膚癌発症、繰り返す転移と度重なる手術という苦難の中、それでも生涯一編集者として「残したかったもの」とは…。
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