こんにちは、書評家の卯月 鮎です。日本で私鉄大手は16社、中小も含めると50社以上あるそうです。そのなかでも東急電鉄、特に横浜と渋谷をつなぐ東急東横線はオシャレな駅を通る路線。横浜から先は中華街やみなとみらいにつながっていますし、途中駅にはタワーマンションが林立する「武蔵小杉」、高級住宅街の代名詞である「田園調布」、センスの良い街並みで知られる「自由が丘」もあります。
もちろん、そうしたキラキラした駅ばかりではなく、東急目黒線や東急池上線などは地域の足として日々の暮らしに根付いた雰囲気が漂い、オシャレと普段着感覚が混じる不思議な魅力を持つのが東急線といえるかもしれません。
東急線沿線の魅力を語る一冊
今回紹介する新書は、東急線を愛する永江 朗さんによるエッセイ『なぜ東急沿線に住みたがるのか』(永江 朗・著/交通新聞社新書)。読めば東急線に揺られてみたくなること間違いなしの一冊です。
著者の永江 朗さんは洋書店勤務のあと、「宝島」「別冊宝島」などの編集を経て、1993年よりフリーの編集者、ライターに。コラム、書評、インタビューなど幅広い分野で活躍しています。1980年代から約40年間東急沿線に住み続け、現在は東急目黒線奥沢駅と自由が丘駅を利用しているとか。『小さな出版社のつづけ方』(猿江商會)、『四苦八苦の哲学』(晶文社)、『インタビュー術!』(講談社現代新書)など著書多数。
田園調布の住民の特徴とは?
最初は通勤に便利だからと大岡山駅(東急目黒線・東急大井町線)徒歩7分の部屋に住み始めた永江さん。当時は「東急沿線に住みたい」という気持ちはなかったといいます。しかし20年ほど暮らすうちに「この街に住み続けたい」と思うようになったそうです。そんな永江さんと東急線の関わりが語られているのが第1章「ぼくの東急沿線小史」。
大岡山駅を皮切りに、長原駅(東急池上線)、等々力駅(東急大井町線)、奥沢駅(東急目黒線)……と移り住んできた永江さん。実際に暮らしてみて実感した各街の風景が、時代の移り変わりとともに描写され、普遍的な懐かしさあり、初めての街を散歩するような目新しさあり、味のある文章が染みてきます。
新卒時は洋書系書店に勤め、その後書評などを数多く手掛けてきた永江さん。「東急沿線に住み続けている理由のひとつは書店と図書館」ということで、本関連の話題もちょくちょく挟まります。人気パン屋や自家焙煎コーヒーの店、お気に入りの散歩コースなども記されているので、東急沿線の方は駅をふらっと降りてみるのもいいかも。
後半は「東急線と東急線の駅のこと」と題して、「都内部分については、ほとんどの駅を利用したか、あるいはその街を歩いたことがある」という永江さんの視点から東急線各駅が紹介されます。田園調布は豪邸が多いものの、クルマは意外と地味な国産のセダンが目立ち、お召し物もごく普通。「ほんとうのお金持ちというのは、見せびらかしのための消費はしないのだなあ、と感じる」。永江さんの肌感覚が文章化され、ひとつひとつの駅の色が見えてきます。
東急線の全駅が厚くフォローされているわけではないですが、さらりと読みやすく、「お寺の名前のついた駅のある街というのは、なんとなくいいもの」「自由が丘駅の周辺にはラーメン屋が多いのだ。『スイーツ』と『生活雑貨』の街を期待してやってきた人たちが最初に受ける洗礼はラーメンのにおい」など、「確かに」と納得したり、「そうなの!?」と驚いたり、エッセイの面白みが詰まっています。今秋、穏やかな日に東急線散歩に行ってみたいと思いました。
【書籍紹介】
なぜ東急沿線に住みたがるのか
著:永江 朗
発行:交通新聞社
東急電鉄が「目黒蒲田電鉄」として産声を上げたのは1922年9月のこと。100周年を迎える今、「住み たい」、そして「住み続けたい」「出かけたい」「商売したい」サステナブルな街として成長を続けてきた沿線の さまざまを、永江 朗氏が正直ベースで書き下ろしました。愛すべき街々の描写を中心に、東急沿線に「住みたが る」理由がわかる1冊です。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。