本・書籍
2022/10/23 21:00

すべて生きた虫を撮影する! 最高の昆虫図鑑が完成するまでのマル秘舞台裏……~注目の新書紹介~

こんにちは、書評家の卯月 鮎です。私は子どもの頃に図書室で図鑑を読むのが好きでした。昆虫図鑑、鳥類図鑑、海の生き物図鑑……きっと大人になったらここに載っているいろいろな生き物と出会えるんだろうなとワクワクしていたのですが、結局大人になってもそれほど自然と戯れるようなことはなく……(笑)。でも、図鑑は子どもにとって最初の大冒険。「自分の想像以上に世界は広い!」と感じさせてくれる貴重な存在です。

 

昆虫博士が理想の図鑑を作ったら?

さて、今回紹介する新書は、今年6月に刊行された『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』の制作秘話をつづった昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』(丸山 宗利・著/幻冬舎新書)

 

著者の丸山 宗利さんは、昆虫学者で九州大学総合研究博物館准教授。専門分野はアリと共生する昆虫の多様性解明で、アジアにおける第一人者です。ベストセラー『昆虫はすごい』(光文社新書)など、昆虫に関する著書も多数あります。

生きた虫の美しさを子どもたちに見せたい!

幼いころから昆虫が好きだったという丸山さん。都会に住んでいたため図鑑を読んでは憧れの昆虫に思いを巡らせていたそうで、「昆虫少年」よりは「図鑑少年」だったとか。

 

第1章「一切妥協なしの図鑑を作ろう」では、『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』の監修を依頼された丸山さんの想いが語られます。一般的な昆虫図鑑は虫の絵や標本を掲載しています。でも、絵は特徴をつかんではいても実物と同じ印象にはならず、標本だと色が変わってしまうことも……。

 

確かに本書にも「ウンモンテントウ」という虫の標本と実物の比較写真が載っていますが、色味がまったく異なり、生きた個体は赤と白い輪に囲まれた黒の斑点が宝石のように鮮やか!

 

子どもたちにその美しさを伝えたいと生きたままの虫の写真を使うことを決意した丸山さん。しかし、制作期間は1年で、2000種類以上の昆虫を生きたまま撮影するには人手が必要。ツテとTwitterを駆使して、昆虫の写真が上手い人に声をかけたそうです。

 

このときの心境を、映画『七人の侍』で島田勘兵衛が困難を承知しつつ浪人たちを仲間に引き入れようとする時のそれに似ていた、と丸山さん。幸い、学研の図鑑に思い入れがある昆虫好きが多く、最終的には30人を超える撮影隊が組織されたそうです。

 

虫を捕まえ、撮影する。そこには数々の苦労と工夫がありました。このあたりのエピソードはまるで『プロジェクトX』のように引き込まれます。榊(さかき)の葉によくつく3ミリほどの微小な蛾「サカキツヤコガ」は、正月に10か所ほど神社巡りをして幼虫を見つけ羽化させて撮影。スズメバチなど他の昆虫に寄生し、羽化して数時間で死んでしまうオスの「ネジレバネ」を撮影しようと寄生されている虫を必死に探す……。昆虫の生態を活かした撮影エピソードも多く、苦労話とともに昆虫の知識も学べます。

 

図鑑のページ数は決まっているため、新たな写真を次々と送ってくる撮影隊に対して、丸山さんがキレ気味になるといった図鑑制作の裏話も披露されています。

 

熱量があって、昆虫好きが集まって“最高の図鑑”を作ろうと奮闘する様子がありありと伝わってくるノンフィクションルポのような読み味。実際に図鑑で使用された写真がカラーで掲載されていて見応えもたっぷりです。図鑑が大好きだった子どものころを思い出して、久々に学研の図鑑を開いてみようと思いました。

 

【書籍紹介】

昆虫学者、奇跡の図鑑を作る

著:丸山 宗利
発行:幻冬舎

「図鑑御三家」の一角をなす有名昆虫図鑑の監修を任され、著者は理想に燃えた。「子供たちのために死んだ虫(標本)ではなく生きたままの虫を撮って載せたい!」そんな学習図鑑は前代未聞だ。目標2千種、期限は1年、撮影はプロではなく全国の昆虫愛好家ー最高難度のプロジェクトが始まった。相次ぐ問題、積み重なる疲労、ピリつく人間関係…、だがついに日本全国7千種の生体を撮影、学習図鑑史上最多となる2800種掲載の奇跡の図鑑ができてしまった。これは無謀な挑戦に命を燃やした虫好きたちの、全記録だ。

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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。