本・書籍
2022/11/24 21:15

遠藤周作が若き日に執筆した知られざる貴重な作品集−−『遠藤周作初期童話 稔と仔犬 青いお城』

2021年の9月、作家の遠藤周作が没後25年を迎えたと知ったとき、亡くなってからもうそんなに経つのかと感無量になりました。そして、2023年の3月には生誕100年という記念の年を迎えるといいます。それがひとつの区切りとなったのでしょう。長い間、長崎の遠藤文学館に保管されていた新聞掲載小説や、単行本には収録されいなかった雑誌の掲載作品が、次々と刊行されました。この『遠藤周作初期童話 稔と仔犬 青いお城』(河出書房新社・刊)もその中の1冊です。

 

幅広い活躍を見せた遠藤周作

遠藤周作といえば、カトリック作家として名高く、『沈黙』や『海と毒薬』など数多くの名作を残しています。キリスト教の信仰に裏打ちされたそれらの作品は、海外でも高い評価を受けています。とりわけ『沈黙』は、世界中で翻訳され、日本人にとってキリスト教とは何なのかについて問いかけてきます。1971年には、篠田正浩監督によって『沈黙ーSILENCE』として映画化され、大きな反響を呼びました。さらに、2016年には、マーティン・スコセッシ監督によって、『沈黙ーサイレンス』として再び映画化され、私たちに深い感動を与えてくれました。

 

私は『沈黙』を何度も読み返しましたが、扱っている内容が深いため、時に疲れることもありました。そんなときは、遠藤周作の著したユーモア小説や「狐狸庵」シリーズを読みました。考えてみると、遠藤周作は軽妙なエッセイから、殉教を扱った小説まで、実に幅広い分野で活躍した作家だったと、今さらながら驚かないではいられません。心衰えたとき、遠藤周作のエッセイに助けられた読者は多いことでしょう。私も「大丈夫だよ、笑って生きてりゃ、何とかなるよ」と、励まされたような気持ちになりました。

 

遠藤周作は亡くなった後もなお、読者を魅了する作家です。それどころか、時を経るごとに、その神秘性を強めているようさえ感じます。

 

不思議さに満ちた物語

『遠藤周作初期童話 稔と仔犬 青いお城』は、発見された経緯からいっても、不思議さに満ちています。遠藤文学館で資料整理が行われた際、長い間保管されていた資料の中に新聞小説の切り抜きが見つかりました。それが『稔と仔犬』だったのです。この小説は、少年と仔犬の交流を描いた心温まる物語です。しかし、その一方で少年の家庭環境や神父との出会いなど、複雑な様相を見せるものでもありました。

 

『稔と仔犬』の発見は、遠藤文学の研究者にとってはもちろん、多くの愛読者にとって飛び上がりたくなるほど嬉しかったことでしょう。ところが、ここでひとつ問題が生じます。いくら調べても、掲載紙がはっきりしないのです。それどころか、発表された年月日さえよくわかりません。切り抜かれた資料が、小説の部分だけを丁寧に切り取ってあったため、どんな媒体に載っていたのかわからなくなってしまったのです。

 

しかし、調査チームはあきらめませんでした。多くの協力者を得て、努力に努力を重ねた末、「新世界」という新聞に掲載されていたことをつきとめました。驚くべき情熱だと言えましょう。しかし、驚くのはそれだけではありません。『稔と仔犬』は13回までの連載小説と思われていたのですが、それがそうではなかったとことが、発覚したのです。

 

新聞のお知らせに

 

「お断り/都合により「稔と仔犬」今回休みましたのであしからずご了承下さいますようおねがいいたします」

(『遠藤周作初期童話 稔と仔犬 青いお城』より抜粋)

 

と、あるからです。つまり、最終回を前に物語は一旦、休止し、それ以降、発表された痕跡がないといいます。その理由が作者の都合によるものなのか、掲載誌の事情なのか、いまだはっきりしません。それでも、とにかく「稔と仔犬」が中断したのは確かです。

 

「そんな、馬鹿な」と言いたくなります。けれども、作品を読んでみると「そう言われればそうかもしれない」と思います。余韻が残ると言うにはあまりにも結末があいまいだからです。では、作品が尻切れトンボかというと、それがそうでもないのです。むしろ「人生は複雑で、そう簡単に答えは出ないんだよ」と教えられているように感じます。

 

結局、未完なのか、どこかに結末があるのか、わからないままに物語は存在しています。そんな不思議なことがあるのかと驚かないではいられません。

 

今日一日を乗り切るための力

物語の結末を書いてしまうのは興ざめですし、許されないことだと思うので、ここには記さないでおきましょう。できることなら、手にとって読んでいただきたいと思います。新しい遠藤周作に会えるかもしれません。いえ、もしかしたら、童話でも、純文学でも、面白いエッセイでも、遠藤周作はいつも遠藤周作だと思うかもしれません。

 

ここでは、『遠藤周作初期童話 稔と仔犬 青いお城』のうち、私の一番好きな部分を紹介したいと思います。

 

稔はしぶしぶ立ち上がった。生きていくことには諦めねばならぬことがあまりに多いのを稔は既に知っていた。空が青く、花々がみだれ咲き、夏休みがはじまった翌朝のあまい、やさしい人生の匂いはただ夢の中でしかみることができない。それでなければ、父さんは兵隊で死に、母さんが病院で働くということはないのである。

(『遠藤周作初期童話 稔と仔犬 青いお城』より抜粋)

 

「はあっ」とため息をつきたくなるような描写です。けれども、そこは遠藤周作。どこかに救いを残しておいてくれます。それを頼りに、今日一日をなんとか乗り切ろう、そんな気持ちにしてくれるのです。

 

最後になりましたが、1955年から1956年に連載された当時に描かれた、江副隆愛による挿し絵も掲載されており、それが物語にさらに力を与えていることを申し添えたいと思います。

 

【書籍紹介】

遠藤周作初期童話 稔と仔犬 青いお城

著者:遠藤周作
発行:河出書房新社

暗く貧しき日々に、光を与えてくれた一匹の仔犬。少年に迫りくる残酷な運命の足音ー『沈黙』の原点とも言える衝撃作、初の単行本化!人生の「同伴者」を描く知られざる名篇。

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