本・書籍
2022/12/7 21:30

100年の時を超えて映画化された芥川龍之介の隠れた傑作『報恩記』

ハイパーメディアクリエイターの高城剛が映画を作ったと知り、早速、観に行きました。タイトルは『ガヨとカルマンティスの日々』、アメリカが財政破綻した後の世界を描く近未来ものです。日本では一週間限定で上映され、その後は世界各国を巡演するとのこと。普段は神戸の自宅にひきこもって暮らしている私ですが、たまたま東京にいて、これも何かのお告げかと、汐留にある「ユナイテッド・シネマ アクアシティお台場」まで出かけました。

 

出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」

 

原作は芥川龍之介の『報恩記』

『ガヨとカルマンティスの日々』は、たくさんの驚きが詰まった作品でした。まず、シネマカメラを使わず、ソニーのα1という一眼レフのカメラを使って撮影したというのです。それも8Kで。さらには、プロのカメラマンが撮影したのではなく、露出の意味さえ知らないスタッフによって作られたというではありませんか。カメラに搭載されたオートフォーカス機能が優れているため、すべてをカメラ任せにしても大丈夫だというのです。

 

さらには、キューバで撮影したことも驚きでした。ハリウッドの人たちが撮影できない場所はどこだろうと考えた末、舞台をキューバにしたというのです。つまりハリウッドに真っ向から挑んだということになります。使用言語を英語ではなく、スペイン語としたことも驚きました。

 

しかし、何よりも驚いたのは芥川龍之介の『報恩記』(青空文庫POD・刊)が映画の原作となっていることでした。『報恩記』は、1927年に出版された作品ですから、映画との時間差は100年以上となります。

 

高城剛は2028年にアメリカ経済が変革し、世界のOSが変わると述べています。映画にもその考えがしっかり織り込まれています。それなのに、『報恩記』をもとにしたとは驚愕しないではいられません。

 

初めて読んだ『報恩記』

芥川龍之介作品は学校の課題などで何度か読んだことがありました。けれども、『報恩記』はタイトルさえ知りませんでした。早速、ダウンロードしていそいそと読み始めるや、安土桃山時代を舞台とする歴史小説でした。作品は3部構成になっています。簡単にその内容を記すと、

 

最初は、盗賊である阿媽港甚内(あまかわじんない)の告白で始まります。甚内は盗みをはたらくため、廻船問屋である北条屋弥三右衛門の屋敷に忍び込みます。ところが、かつては栄華を極めたその家も今や破産寸前で、数日のうちに大金を用意しなければならない状態だと知ります。覚悟を決めた弥三右衛門はキリストに向かって祈り始めます。「おん主、『えす・きりすと』様」と。その顔を見て、阿媽港甚内は気づくのです。弥三右衛門は、20年前、自分の命を助けてくれた恩人だということを。そこで、かつてのご恩を返すため、金を都合しようと決心します。

 

次に、北条屋弥三衛門が神父に向かって告白する形で話が始まります。弥三衛門は阿媽港甚内を助けたことを覚えていました。けれども、大金を用意しようという甚内の申し出に対しては半信半疑でした。そんなことはあり得ない話です。ところが、本当に彼は大金を調達してきたのです。さらには、その時、家に忍び込もうとしたもう一人の男の存在に気づくのです。

 

2年後、阿媽港甚内がとうとう捕まり、さらし首になりました。弥三衛門は自分を助けてくれた阿媽港甚内の最後を見届けようと、首を見にいきます。しかし、そこにさらされていたのは、意外な人物の首でした。

 

最後に登場するのは、弥三郎です。彼は弥三衛門の息子です。大きな家に生まれながら、博打に凝り、勘当状態でした。ところが、偶然、阿媽港甚内に巡り会います。不肖の息子とはいえ、父を助けてくれた甚内に感謝の思いでいっぱいになります。そこで弟子入りを志願するのですが、甚内はその言葉を遮り、「貴様なぞの恩は受けぬ」と拒否します。本気で甚内のために身をささげようと考えていた弥三郎は、怒りにふるえ、やがて恨みの気持ちを抱きます。さらに、月日が流れ、余命いくばくもないと知った弥三郎は思い切った行動に出ます。それは……。

 

3人の話は、時にからまり、重なり合いながら進んでいきます。それぞれに別の話でありながら、見事に一つの結末へ束ねられ、驚愕の結末に向かうのです。

 

高城剛がたくさんの作品の中から『報恩記』を選んだのは、考えた末のことでしょう。舞台を日本からキューバに変えても、時代や台詞や主人公を高城流に書き換えても、原作として耐える物語が必要です。芥川龍之介作品は、これまでも何度か映画化されてきました。『羅生門』『藪の中』『蜘蛛の糸』など、ご覧になった方も多いでしょう。しかし、この『報恩記』は今までにない表現方法を用いて映画化されています。それでも、根底には芥川の物語が脈々と流れています。海外で上映された際の反応が楽しみでなりません。優れた作品は時間を越えて私たちにせまってくるものだからです。

 

『報恩記』を読んでから、私は芥川龍之介の作品をもっと読みたくなりました。その意味で、『ガヨとカルマンティスの日々』は、芥川作品に再会させてくれた映画となりました。

 

【書籍紹介】

報恩記

著者:芥川龍之介
発行:青空文庫POD

Amazonで詳しく見る