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2023/3/30 21:30

天才は天才を知る。谷川浩司が考える藤井聡太と将棋の未来『藤井聡太はどこまで強くなるのか』

藤井聡太竜王の快進撃が続いている。まさにとどまるところを知らない勢いだ。将棋を知らない人でも、藤井聡太の名前は知っているだろう。まだ20歳だというのに、既に数々の記録を塗り替え、この原稿を書いている段階で、竜王、王位、叡王、棋王、王将、棋聖と6つのタイトルを勝ち取っている。さらに、4月からの名人戦七番勝負を制したら、史上最年少名人記録を打ち立てることになる。

史上最年少名人記録は塗り替えられるのか?

藤井竜王が藤井名人となる瞬間を見ることができるのだろうか。そう考えると、胸がドキドキしてくる。そして思う。彼はいったいどこまで強くなるのだろうと。

 

この疑問に答えてくれるのが『藤井聡太はどこまで強くなるのか』(谷川浩司・著/講談社・刊)である。著者は谷川浩司十七世名人。21歳2か月で名人となってから40年間、史上最年少名人記録を保持してきた方だ。まさに将棋界のレジェンドというべき人物だが、藤井聡太竜王はその記録に迫りつつある。もし、新名人となったら、20歳10か月から11か月の間に名人が誕生することになり、谷川十七世名人の記録は更新されることになる。

 

たとえレジェンドでも、自分の記録が更新されるのを残念に思うのではないか。私などついそう考えてしまうが、著者はあくまでも冷静に「名人戦」と「藤井聡太」を見つめその関係に迫っている。だが、それだけではない。

 

記念すべき第八十一期順位戦・名人戦は、将棋史において一つの画期をなすかもしれない。

(『藤井聡太はどこまで強くなるのか』より抜粋)

 

として、今この瞬間がどれだけ貴重なものかを示す。私はただ「若いのに強い」とか「高校を中退してまで将棋に打ち込むなんてすごい」などと思うだけだが、それでは足りないことをこの 『藤井聡太はどこまで強くなるのか』が、教えてくれる。

 

私たちは将棋の新しい地平が拓かれる瞬間に立ち会っているのかもしれない。ファンならずとも、われわれ棋士は藤井聡太と同時代に生まれたことを幸運だと思うこと。藤井聡太と対局できることをありがたく思うこと。そこから出発したい。

( 『藤井聡太はどこまで強くなるのか』より抜粋)

 

名人たち

どんなに天賦の才に恵まれていても、藤井竜王の行く手には、いくつかの障害が待ち構えているだろう。彼を倒すため棋士達は日々新しい手を考え、戦略を練り、必死の思いでくらいついてくる。そうしたライバルたちに、まだ20歳の若者が立ち向かわなくてはならないのだ。それも、たった一人で、誰の助けもかりずに、自分だけを信じて……。

 

『藤井聡太はどこまで強くなるのか』には、これまで多くの棋士達がしのぎを削った様子が描かれている。若くして名人となり、そのまま第一線で活躍してきた谷川十七世名人だからこそ描ける世界だ。とりわけ、一時代を築いた巨星たちの歴史には目をみはるものがある。

 

実力制名人戦になって永世名人資格を得たのは、前半四十年は木村義雄十四世名人、大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人の三人。後半四十年は私と森内俊之九段(十八世名人資格)、羽生善治九段(十九世名人資格)の三人である。

(『藤井聡太はどこまで強くなるのか』より抜粋)

 

過去の名人たちがどうやって名人位を勝ち取り、守り、一時代を築いたかについて、淡々と、しかし、ぞくっとする筆致で書かれている。彗星のように現れた藤井聡太だが、彼の前には、それぞれの時代を築き上げた先輩たちが、火花を散らして対戦を繰り返していた。

 

ピークは二十五歳?

『藤井聡太はどこまで強くなるのか』には、著者自身が史上最年少で名人位にまで上り詰めるまでの様子や、順位戦や名人戦がいかに過酷で、棋士達をおいこんでいくものかについても描かれている。どれもが、上質のドキュメンタリーを見ているようだ。将棋とはこんなにも激しく、苦しく、そしておそらくは面白いものなのだろう。私が、一番、興味深く受け止めたのは、「棋士のピークは二十五歳か」についての考察だった。

 

藤井聡太は中学生のころから「棋士のピークは25歳」と、繰り返し話していたという。まずはそのことに驚かずにはいられない。中学生が、自分のピークがいつくるのか考えているなんて、ある意味では残酷だ。強い棋士でいられるのは、あと10年と思っていたことになるのだから。

 

もし、そうだとしたら、25歳を迎えたとき、彼はどこを目指して生きていけばいいのだろう。もし、それからは落ちる一方だとしたら、あまりにも悲しい人生ではないか。100歳まで生きる人が増えている今、25歳でピークを迎えたなら、残りの75年、棋士達はどうやって過ごしていればいいのだろう。

 

藤井聡太だけではない。著者も、棋士の全盛期は20代から30代だと考えているという。ただし、「それ以降はその人次第」という言葉に希望を感じる。もっとも、藤井聡太はこんな風にも言っている。

 

二十五歳が絶対的なピークかどうかは分かりません。現時点でそういうイメージで取り組んでいけたら。日々の対局で見つかる課題を少しずつ改善していって、引き続き強くなることを目指していきたいです

(『藤井聡太はどこまで強くなるのか』より抜粋)

 

たとえ25歳がピークだとしても、ただ上を目指して今を生きる彼にはピーク後の世界を考える必要はないのかもしれない。

 

私は、藤井聡太がいったいどこまで強くなるのかを知りたくて、この『藤井聡太はどこまで強くなるのか』を読んだ。もちろん未来のことは誰にもわからない。ただ、著者は既にある程度まで彼の未来を読み切っているのではないだろうか。そして、藤井聡太が自分の記録を更新するかどうか、わかっているのではないか。私にはそう思えてならない。

 

偉大な先達たちの前を走り続ける藤井聡太、彼から目を離すことはできないし、離してはならないとも思う。彼と同時代に生き、テレビで観戦できることを素直に喜びたい。

 

【書籍紹介】

藤井聡太はどこまで強くなるのか

最年少名人記録は破られるのか?それとも、彼に勝つ棋士が現れるのか?将棋の歴史とは400年を超える名人戦の歴史。その位にいよいよ挑む若き天才と立ちはだかるライバル達。棋界における名人位の意味、過酷さを増す戦い。そのすべてを知るレジェンドが解説。

著者:谷川浩司
発行:講談社

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