こんにちは、書評家の卯月 鮎です。猫を飼い始めてまだ1年の新参者ですが、最近の悩みは仕事がなかなか進まないこと。なぜならうちの猫ちゃんがノートパソコンの画面の前にどっかりと寝そべって動かないから(笑)。まるで「ここが指定席ですけど」と言わんばかりの顔で、どけてもどけても座ってきます……。結局、諦めて画面上半分と首のスキマからのぞいているので、仕事効率は下がっていますが、常にかわいい姿が目に入り、幸せ度は高まっております。
フォトジャーナリストが語る動物と人間のかかわり
さて、今回紹介する新書は『動物がくれる力 教育、福祉、そして人生』(大塚敦子・著/岩波新書)。著者の大塚 敦子さんはフォトジャーナリスト、ノンフィクション写真絵本作家。1986年からフォトジャーナリズムの世界に入り、写真絵本『さよなら エルマおばあさん』(小学館)で2001年講談社出版文化賞絵本賞、小学館児童出版文化賞受賞。『平和の種をまく ボスニアの少女エミナ』(岩崎書店)、『犬が来る病院 命に向き合う子どもたちが教えてくれたこと』(角川書店)など著書も多数です。
図書館でも導入された犬への読み聞かせ
1990年代前半、エイズ患者の女性と動物たちの絆に感銘を受けた大塚さんは、人と動物のポジティブなかかわりを30年にわたって取材してきました。
「アニマルセラピー」という言葉が思い浮かびますが、こちらは和製英語で、正式には「動物介在介入(Animal Assisted Interventions)」といい、「人の健康や教育や福祉などの分野で、治療や生活の質の向上などの目標達成のために動物の力を借りること」の意味だと本書を読んで知りました。
第1章「子どもの教育と動物」では、教育現場での「動物介在教育」について紹介されています。たとえば立教女学院小学校では、不登校の児童が犬と一緒なら放課後の学校に来られたことがきっかけに、2003年から「学校犬」制度を導入。子どもたちが日常的に犬とふれあえる環境を提供してているそうです。アレルギーのリスクが少ない犬種エアデール・テリアで穏やかな性格の子犬を迎え、子どもたちが世話してきました。「学校犬」制度は今も続いているそうです。
私がこの章で一番驚いたのは、犬に絵本を読み聞かせるプログラム。アメリカで1999年に始まった「R.E.A.D.プログラム」は、犬への読み聞かせを行うことで読書の動機づけにし、子どもたちの読解力を高めるというもの。日本の公共図書館では、著者の大塚さんの提案により2016年に東京の三鷹市立図書館で初めて行われました。自分で選んだ本を読書サポート犬に読み聞かせる「わん!だふる読書体験」は、今では図書館の人気プログラムとなっているそうです。本を通じて、ワンちゃんと心がつながった感覚になるのでしょうか。私も体験してみたくなりました。
子どもたちによる傷ついた野生の鳥のリハビリ、刑務所での盲導犬候補(パピー)の育成、小児病棟を訪問して長期入院する子どもとふれあうセラピー犬……。さまざまな事例やエピソードがやわらかい文章で紹介され、動物と人間の深いつながりが見えてきます。著者の大塚さんが関わっているものや、実際に取材を行ったプログラムが取り上げられているので、現場のあたたかい雰囲気がいきいきと伝わってきます。
本書の序章には、犬と人の結びつきが強いペアは「幸せホルモン」とも呼ばれるオキシトシンの尿中濃度がともに上昇する、という麻布大学の研究結果が紹介されています。幸せが増幅していく関係性。人間は他の動物とどう関わっていくのがベターか、考えさせられました。
【書籍紹介】
動物がくれる力 教育、福祉、そして人生
著:大塚 敦子
発行:岩波新書
犬への読み聞かせは子どもを読書へ誘い、生きづらさを抱える子どもは傷ついた動物をケアする中で学ぶ。保護犬を育て直して若者は生き直し、補助犬は障害のある人の人生を切り拓く。高齢者は犬や猫と共に充実した最期の日々を過ごす。人間にとっての動物の存在を国内外で30年近く取材した著者が、未来に向けて綴る。
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。