こんにちは、書評家の卯月鮎です。私はファンタジー小説をメインに書評をしているので、ほかの人よりもちょっと変わった地図を目にする機会が多いかもしれません。
たとえば、J.R.R.トールキンの『指輪物語』。トールキンは自ら地図を描いて、それをもとに執筆をしていました。「トールキン財団」のウェブサイトにも公開されている「中つ国」の地図は、執念を感じさせるほどの緻密さ。これだけで空想が広がります。地図は命が注がれる器なのかもしれません。
地図マニアのお宝コレクション
さて、今回紹介する新書は、小説のなかの地図ではなく、リアルな、それでいて衝撃的な地図を集めた『地図バカ 地図好きの地図好きによる地図好きのための本』(今尾恵介・著/中公新書ラクレ)。
著者の今尾恵介さんは地図研究家。日本地図センター客員研究員、日本地図学会「地図と地名」専門部会主査を務めています。主な著書は、『地図マニア 空想の旅』(集英社インターナショナル)、『今尾恵介責任編集 地図と鉄道』(洋泉社)など。今年1月に刊行された『地図記号のひみつ』(中公新書ラクレ)は、当コラムで紹介させていただきました。
これは地図と言えるのか!? 衝撃の珍品
本書は「中央公論」に連載されたコラムをまとめたもの。中学1年のときに授業で国土地理院の2万5000分の1の地形図と出会い、学校のプールや細い通学路まで再現されているのを見て、「その精緻さにすっかり参ってしまった」という今尾さん。
第1章「余は如何にして『地図バカ』となりしか」では、今尾さんが中学生のころに描いたという架空都市・敏道市の地形図が披露されています。起伏ある山地、大きなカーブを描く線路、田んぼに団地、製本工場……。記号や等高線が細かく描き込まれた地形図は壮観。今尾さんのピュアな情熱が伝わってきます。
そんな今尾さんが集めた地図のなかでも屈指の珍品が、3章「お宝地図コレクション」の、とある「切図」。切図とは全体の一部分を区切った地図のこと。
海が大部分を占めている「室蘭」の切図を買った今尾さんは、地球岬の先に広がる海を紙上で実感できて爽やかな気分になったそう。
これをきっかけに、海ばかり広がる切図に魅せられた今尾さんは、伊豆諸島・神津島の沖合に浮かぶ岩礁だけを点々と載せた切図「銭洲」を発見して購入。すべてまとめても数平方ミリの陸地しかない地図を見てはニヤついていたとか。そして、さらにその上をいく切図が!? カラー写真で掲載されている、ほぼ水色の切図には地図の概念を覆されること間違いなし!
旧制中学生の書き込みがある戦前の地図帳、未完に終わった幻の高速鉄道「東京山手急行電鉄」の路線図、謎の数字が多数印刷された東ドイツの秘密地形図……。新書ということもあり、モノクロでややサイズも小さいのが残念ですが、これらレアものは地図マニアでなくても興味をそそられます。
今尾さんの言葉の端々から地図に対する敬意とこだわりが溢れ出し、まさにコレクターの家に伺い、愛蔵品を見せてもらっている気分。「読めば読むほど味が出るのが地図の世界」。今尾さんの言葉に納得です。
【書籍紹介】
地図バカ 地図好きの地図好きによる地図好きのための本
著:今尾 恵介
発行:中央公論新社
「東が上」の京都市街地図/鳥瞰図絵師・吉田初三郎/アイヌ語地名の宝庫/職人技のトーマス・クック時刻表/非常事態の地図……著者は小学校の先生が授業に持参してきてくれた国土地理院の一枚の地形図に魅せられて以降、半世紀をかけて古今東西の地図や時刻表、旅行ガイドブックなどを集めてきた。
その“お宝”から約100図版を厳選。ある時は超絶技巧に感嘆し、またある時はコレクターの熱意に共感する。身近な学校「地図帳」やグーグルマップを深読みするなど、「等高線が読めない」入門者も知って楽しい、めくるめく世界。
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【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。