こんにちは、書評家の卯月鮎です。クレーンゲームって、プライズ(景品)がそんなに欲しくなくてもなぜか夢中になってしまいますよね。しかも、簡単に取れたときより、「取れそうで取れない!」を何度も繰り返してゲットしたときのほうが、アドレナリンが爆増するという業の深いゲームです(笑)。
私なんかは、「このフィギュア、もうちょっとで落ちそう」とか、「この置き方は意地悪だな」とか、そんなことを思いながらゲームセンターを歩いてますが、物理学者の目にはクレーンゲームはどのように映っているのでしょうか? ちょっと気になりますよね。
クレーンゲームは物理学の宝庫
今回紹介する新書は『クレーンゲームで学ぶ物理学』(小山佳一・著/インターナショナル新書)。著者の小山佳一さんは物理学者で鹿児島大学理学部教授。専門は強磁場物質科学ですが、近年では専門の研究活動のほかに、高校生向けにクレーンゲームを題材にした模擬授業も行っているそうです。
クレーンゲームは座標で考えよ!
学生のころに小さなぬいぐるみを取って以来、もう30年以上クレーンゲームにハマっているという小山さん。2006年ごろからクレーンゲームの「研究ノート」をつけ始め、今年で5冊目に突入。クレーンゲームの機器を実際に入手して分解するなど、その本気度が伺えます。景品が取れるかどうかという楽しみはもちろん、クレーンの動きなどを物理的な思考で読み解いていく過程にも面白さを感じているとか。
第1章「クレーンゲームの物理的環境」では、クレーンゲームを座標の概念で捉えるところから説明が始まります。小山さんはクレーンゲーム機の前に立つと、右手系の直交座標系(※本書にはイラストが載っています)のイメージが脳内に浮かぶ一方で、箱のなかのプライズが輝き「お願い、ぜひ、とって!」という声が聞こえるそうです。
そしておもむろに、プライズの位置をまず(x、y、0)と仮定し、横方向の移動ボタンを押してメカをx軸上の座標まで移動させ、次に奥方向の移動ボタンを押し、メカをy軸にある座標に移動させます。あとはz軸に沿って降りていくのを見守る……。
なるほど、小山さんにはクレーンゲームの筐体の中が、xyz軸で示された格子状の座標空間に見えているのですね! 物理では誰が行っても同じになるように物事を客観的に示す必要があります。座標はそれを叶えてくれる力学の基本であると同時に、クレーンゲームと向き合う際にも使える便利な考え方なのだと小山さんは言います。
第2章「クレーンゲームとアームの物理」では、アームがx軸一方向にしか開かない「アームの自由度1問題」に対し、物理学的にいかに対抗するか思考実験を行い、第3章「クレーンゲームの摩擦力」ではフィギュア入りの箱型プライズを押し出して取る手法から、静止摩擦力について考察していきます。
研究ノートに基づいた手書きの解析イラストも随所に入り、クレーンゲームの魅力も物理学の魅力も、どちらも伝わってくる熱量の高い一冊。
フィールドにラバーシートを敷いてプライズを滑りにくくしたり、透明な釣り糸でクレーンの動きを制限したりと、さまざまな防御作戦を駆使するゲームセンターと小山さんとのバトルにも引き込まれます。考え方はロジカルですが、結局、取るか取られないかの攻防に熱くなっている小山さんの姿は微笑ましいものがあります。
「はじめに」には「本書は決して『プライズゲットを有利に進める情報がある本』や『クレーンゲームに勝つ本』ではありません」とありますが、明日にでもゲームセンターに行って物理学の考え方を活かして挑戦してみたい! と思いました。
【書籍紹介】
クレーンゲームで学ぶ物理学
著者:小山 佳一
発行:集英社インターナショナル
本書はクレーンゲームを題材に、物理学の基本を解説していく本です。著者はクレーンゲーム歴30年の物理学者で、ライフワークとしてクレーンゲームを物理学的な視点から研究しています。ゲームセンターでクレーンゲーム機に硬貨を投入し、ボタンを操作し、クレーンを動かし景品をゲットする――。この一連の動作に「座標・ばね・重心・てこの原理・振動・力の合成と分解・摩擦力・電磁誘導・位置エネルギー・確率」といった、様々な物理の基本が詰まっています。ゲームの仕組みや景品ゲットまでの悪戦苦闘を描きながら、物理の基本に触れていく。物理が好きな方も苦手な方も、楽しく読めて物理がもっと身近になる、オモシロ物理学入門!
【プロフィール】
卯月 鮎
書評家、ゲームコラムニスト。「S-Fマガジン」でファンタジー時評を連載中。文庫本の巻末解説なども手がける。ファンタジーを中心にSF、ミステリー、ノンフィクションなどジャンルを問わない本好き。