いままでの名作のどれとも違う視点から描かれる異色の野球マンガ『ダイヤモンドの功罪』(平井大橋・著/集英社・刊)。「2024このマンガがすごい!」オトコ編1位を獲得した本作。いったい、なにが異色なのかを紹介していきましょう。
いままでとは真逆のピッチャー像
『ダイヤモンドの功罪』の主人公・綾瀬川次郎クンは、自分のせいで誰かを傷つけたくない、自分のせいで誰かが悲しんでほしくない、そんな優しい子。しかし、 神は残酷にも綾瀬川クンに相手の心を折ってしまうほどのフィジカルギフテッドを与えてしまうのです。
体操、テニス、水泳……いろいろなスポーツをやるたびに相手も自分も傷ついてしまう。そんな綾瀬川クンが出会ったったのが野球でした。
誰も傷つけず楽しく野球をやれれば良かったのに、綾瀬川クンはたった3か月でU-12日本代表に選らばれてしまいます。天才が過ぎる。いきなりカテゴリートップの闘う集団に交じってしまった綾瀬川クンは、そんなメンタルだから当然チームメイトと揉めます。
つけたくてつけたんじゃないと、エースナンバーのユニフォームを脱ぎ捨ててケンカになったり、完全試合しちゃうと相手が怒られるかもしれないから1回打たれとく? と聞いて怒られたりします。
それなら、やらなきゃいーじゃん! と思ってしまいますが、綾瀬川クンは野球をやりたいんです。
ピッチャーといえば天上天下唯我独尊。『ダイヤのA』降谷クンや『忘却バッテリー』の清峯クンなどが典型といえるでしょう。綾瀬川クンにもっとも近いと言える『おおきく振りかぶって』の三橋クン(コミュ障で対人恐怖症気味)ですら、対戦相手の心配まではしません。
いままでのピッチャー像(天才像)とは真逆の綾瀬川クン。その異常に周りを気にしすぎる性格、誰にも不幸になって欲しくないという博愛主義者は、ある意味、現代の生きにくい社会を反映していると言えるかもしれません。
オトナって!!
タイトルにあるように、本作では当然「罪」の面もガッツリ描かれます。その罪を背負うのは周りをとりまくオトナたち。もうホントに「オトナって!」という描写がこれでもかというくらい出てきます。そして利権がうずまく「野球」であることによって、より生臭くなっていきます。
自分の夢を託した息子にセンスがないことがわかると、お前はやめていい、俺はこれからの人生を綾瀬川クンに託すと言い放つ父親。楽しくやりたいだけって言ったのに勝手にU-12のセレクションの応募してしまう監督。才能を認めながら自分の野球塾に入れると息子の心が折れると、入塾を拒否する代表監督、綾瀬川クンが入ると高校の推薦枠がなくなると嘆くチームの保護者たち。まぁ、醜いです。ズルいです。
綾瀬川クンと関わる球児たちは、みな真摯に野球と向き合い、わかり合えないまでも綾瀬川クンのことを理解しようとしている分、オトナの腹黒さが際立ちます。球児を取り巻くオトナたちの思惑を綺麗事でなく描いていることも、本作の異色さと言えるでしょう。
スポーツとは、競技とは、勝利とは——これまでの作品では自明の理とされたことを疑問を投げかけ、改めてその「功罪」を問う異色の野球マンガ『ダイヤモンドの功罪』。
チームの皆が幸せでいるためには、そして相手も傷つけないためにはどうすれば良いか——綾瀬川クンの矛盾したこの願いがどう解決していくのか。まだ物語は始まったばかりです。今後、彼の心が暗黒面に飲み込まれないことを切に願っています。だって、綾瀬川クンはまだ小学6年生なんですから!!
【書籍情報】
ダイヤモンドの功罪
著者:平井大橋
発行:集英社
「オレは野球だったんだ!」。運動の才に恵まれた綾瀬川次郎は何をしても孤高の存在。自分のせいで負ける人がいる、自分のせいで夢をあきらめる人がいる。その孤独に悩む中、“楽しい”がモットーの弱小・少年野球チーム「バンビーズ」を見つける。みんなで楽しく、野球を謳歌する綾瀬川だったが……。