挨拶と感謝の言葉を大切に
———岩瀬さんが新入社員のとき、どんなことを意識して過ごしていましたか?
岩瀬「『朝のあいさつは元気よく、ハキハキと言うこと』を意識していましたね。当たり前のことなのに、できていない人は少なくないんです。上司や同僚だけではなく、オフィスビルの掃除をしてくれている人や他部署の人など、利害関係のない人にも気持ちのよい挨拶ができるか。これは信頼される人材になるための重要なポイントになります。私の上司は、丁寧な挨拶を誰にでもする方でした。とくに印象に残っているのが、タクシーの運転手さんに対する紳士な対応。乗車時の挨拶から始まり、行き先の伝え方や口調から伝わる思いやりの心、そして目的地に到着した際には、誠意を込めて感謝を伝えてから降車。その姿勢にはとても感動しました。もちろん、すぐにマネをするようになり、今も心がけています」
———でも、上司を尊敬できない場合は、どうしたらいいのでしょう?
岩瀬「私が恵まれていたなと思うのは、厳しい上司でしたが論理的で、感情に任せて叱るタイプではなかったことです。厳しい口調で注意を受けても、『確かにそうだよな』と、その場で納得できました。それに加え、部下からの意見も素直に聞き入れる企業体質だったので、納得がいかないことには、はっきりと反論していました。新入社員時代から大して落ち込むことはなく、叱られても一晩眠れば、ケロッと立ち直れていました。たとえ感情的な上司に叱られたとしても、ダメージを引きずる必要はありません。仕事で叱られるのは、人格の否定ではなく教育的指導のためだから。減点主義の考えはやめましょう。中には、人格を否定してくる上司や、尊敬できない先輩もいるかもしれません。しかし、上の立場にいる方は、なんらかの仕事のスキルが優れているはずです。参考になるスキルを見習うことに注力して、自分の成長に生かすのが得策だと思います」
会社は学校じゃない!
叱られることがスキルアップに
———叱られたことを引きずってしまう人も、けっこういるのではないかと思うのですが?
岩瀬「ビジネスの評価は、学校のテストで100点満点を取るものとは違います。1ヵ月かけて100点のものを出すよりも、1週間で50点のものを出すほうがいい。そこに、上司から赤ペンを入れてもらい、アップグレードをしていくことで、最終的には最短納期で最高のパフォーマンスを目指すのが仕事です。そう考えると、褒められるよりも厳しいくらいの指摘をされる方が、ありがたいと思えてきませんか? 叱られることが自分のスキルアップになっていると考えれば、落ち込むことが減るような気がします」
———岩瀬さんは上司から叱られることが、むしろ“喜び”だった……?
岩瀬「私も人間ですから、叱られたいわけではありません(笑)。でも、指摘されることに、なんら恐怖心はありませんでした。少しでも仕事のクオリティを上げたかったので、上司に提出したレポートが真っ赤になって戻ってくると、うれしくなりましたね。自分で調べることや、一度ミスした内容と同じことを繰り返さない努力は必要です。新入社員の間は、できないことがあるのは仕方がないので、できるところまでやってあとは上司を頼ってもいいと思います。とはいえ、少しでも自分でできることを増やしたいし、ビジネススキルを上げたいので、お茶出しのチャンスや、資料のコピーは率先して行い、上司の仕事ぶりを観察するチャンスを逃さない意識は持っていました。『百聞は一見にしかず』。見て学ぶことはとても勉強になります」
悩むくらいなら転職するな
———最近は大卒の若者の約30%が3年以内に離職していると聞きます。3年以内に転職するのは早すぎますか? また、転職するまでに身につけておくべきスキルがあれば教えてください。
岩瀬「3年間働いたくらいでは、即戦力になるビジネススキルは身につかないと思います。だから3年以内に転職してはダメ、ということではありません。今できることをコツコツと積み重ねていった先に転職のチャンスが来て、抑えきれない衝動があるのであれば、転職するのが自然な流れかなと思います。『転職したいけれど、やめておくべきか?』と悩んでいる段階では、動くべきではないと思います。起業も同じ。『起業したい気持ちがあるんですけど、岩瀬さん、どう思いますか?』なんて相談されたら、絶対に反対しますね。転職も起業も、結婚と同じような気がします。抑えきれないときめきやご縁を感じたときが、ベストなタイミングだと思います」
———コロナショックで再び需要が冷え込むことが想定されている今、どのような会社を選ぶのがよいのでしょうか?
岩瀬「新型コロナウイルスの影響で倒産する企業が出てきたり、内定取り消しになったりという事例が出ていますが、じゃあ、新型コロナに強い会社に就職するべきかというとそんな発想はナンセンスだと思います。ショック療法じゃないですけど、『リモートワークを増やす』『会議の量や回数を減らす』などの改善を検討するのはいいと思います。株の売買などは、時代の動きを敏感にキャッチする必要があるでしょう。しかし、この先も予期せぬ事態はいくらでも起きる可能性はあり、時代の流れを正確に読むことは誰にもできません。短期的な視野で仕事を選ぶ方法は、この先も時代に振り回され続けることになります。就職活動をした結果、内定された企業の中で自分にできる仕事を必死にやる。経験を重ねることで、ビジネススキルを磨いていくことが大切だと思います」
やるべきことは何年経っても変わらない!
———『入社1年目の教科書』はビジネスのバイブルとして定期的に見返したい内容です。社会人10年目くらいの方からは「おわりに」の内容への反響が高いようですね。
岩瀬「この本を作っていたときは、正直『おもしろくない内容だな』と思いながら原稿チェックをしていました。当時は、一つひとつを見ると、あまりにも当たり前すぎる内容だと感じていたからです。でも、こうして世に出て、多くの反響をいただくようになって感じるのは、ビジネスは当たり前のことをいかにしっかりとこなすかが大切だということ。『頼まれたことは、必ずやりきる』『50点で構わないから早く出せ』『つまらない仕事はない』という3つの原則と、50のルールを並べているのですが、すべてを見渡すと、自分がどんな気持ちで仕事をしているのかがわかります。
本の最後「おわりに」で触れている内容は、会社にとって大きなチャンスになるようなテレビ出演のオファーが舞い込んだときの話です。即、オファーを引き受けたのですが、当時の私には知識が不足している分野だったので、そこからテレビ収録本番までにどうやって、知識を習得していったのかを解説しています。この短期勝負での動きが、中堅社員の方に好評のようです。パフォーマンスの高い仕事を成し遂げるのは、アスリートに通じるものがあるかもしれません。日々の基礎練習を疎かにせず、積み重ね続けるからこそ、本番で最高のパフォーマンスが出せるのだと思います」
『入社1年目の教科書』(ダイヤモンド社)
1572円(税込)
新入社員が仕事を進める上で大切な「仕事の3つの原則」と具体的な50の行動指針が1冊に凝縮されています。50万部突破のロングセラー。
ワークライフバランスが推奨される今日ですが、若いうちに仕事にかける時間を削るべきではないという岩瀬さん。
「長くダラダラと働くのはもちろん反対です。しかし、若いうちにスキルアップのためにがむしゃらに働くことは大切だと思います。サッカー選手がプロになるための練習時間を惜しんだり、料理人が料理の上達に費やす時間を削ったりすることはありません。仕事のスキルは実際の仕事の中で実践しながら身につけるもの。残業時間で計るという意味ではなく、仕事にかける時間や労力は惜しまないで欲しいなと思います」(岩瀬さん)
最後に、岩瀬さんが若手ビジネスパーソンにおすすめする本を3冊、紹介しましょう。