いまや日常生活に不可欠な存在になったクレジットカードやキャッシュレス決済。実際にどのカードや決済方法を選ぶかについて、悩む人も多いのが現状です。そんなユーザーの悩みにクレカの鉄人・岩田昭男師範が答える連載企画。今回は、最近いろんな意味で話題の多い楽天グループの最新動向を解説します。
【第9回】楽天経済圏の現状について教えてほしい!
【解説する人】岩田昭男
クレジットカード分野の取材・研究に30年以上携わるオピニオンリーダー。『あなたの生活をランクアップさせる プレミアムカード』(900円/マイナビムック)など著書・監修書多数。
【今月の悩める子羊】音久和 究(おとくわ きわむ)
事務機器メーカーで働く実家暮らしの会社員(36歳)。お取り寄せが大好きで楽天市場をよく利用するが、最近楽天市場や楽天カードの“改悪”が続いているのを不満に感じている。そこで改悪の原因、楽天の現状と今後について、岩田師範の意見を訊きに道場を訪ねた。
相談者の要望
○楽天市場のサービス“改悪”について改めて教えてほしい
○楽天グループに見られる動揺の原因は何なのか知りたい
○楽天経済圏は今後どこに向かうべきか、岩田師範の意見を聞きたい
“改悪”には「楽天モバイル」の不振が大きく影響
師範 楽天の最近の動向が気になるというのはおぬしか。
音久和 はい。楽天のセールではよく買い物していて、開催中のキャンペーンにエントリーするなどポイント還元率を上げる努力もしているんですが、このところポイントアップ率が下がってて。ちょっとモチベーションが下がり気味なんです。
師範 ふむ。確かにこの2~3年、楽天関連サービスの“改悪”の話題はよく耳にするな。それで、「楽天から離れたほうがいいのでは?」と考えるユーザーも少なくないようじゃ。
音久和 なぜこの数年で“改悪”が急に進んでいるんですか?
師範 それは言うまでもなく、楽天モバイルの損失を埋めるためじゃろう。2020年に正式サービスを開始し、月額料金の安さで人気を集めた楽天モバイルじゃが、その安さが収益の低さに直結し、2023年度4~6月期は約800億円の赤字を計上。楽天モバイルは2024年以降に単月黒字化を実現すると言っとるが、いまだ先行きは不透明じゃ。
音久和 うーん。グループ企業の損失補填のためには仕方ないんでしょうが、楽天市場ユーザーとしてはサービスの改悪は残念です。
師範 もっとも楽天モバイルに関しては、同情すべき点もある。楽天は2018年当時、官房長官だった菅氏の肝入りでNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社による寡占状態だった携帯電話事業に参入。既存のキャリアのほぼ半額以下で使い放題という割安な料金プランで話題となった。
しかし菅氏は、2020年に内閣総理大臣に就任すると携帯電話料金の引き下げを政権公約に掲げる。大手キャリア3社は政権からの圧力を受け、ドコモは「ahamo」、auは「povo」、ソフトバンクは「LINEMO」という割安で利用できるオンライン専用サブブランドを新たに展開して値下げ競争が激化。2021年4月には楽天モバイルも月間のデータ通信量が1GB以下であれば月額無料となる“0円プラン”を開始したが、翌年廃止となり、ユーザー数の減少が相次いだ。
菅前首相にとっては「携帯電話料金は4割値下げできる余地がある」が持論だったから、楽天に参入させて競争を煽るのも、大手キャリアにプレッシャーをかけるのも当然のことじゃが、楽天にはアンラッキーだった。とはいえ、当時はドコモがdポイント経済圏を作り、PayPayはQRコード決済で攻勢をかけてきた時期。楽天には「スマホ事業に参入して自前のコード決済を普及させねば」という焦りがあったと思うな。
楽天カードをトップに据えた体制作りは時代遅れ?
師範 実はワシは楽天ペイとけっこう付き合いが長いんじゃが、楽天グループは人の出入りが激しく、会議も英語で行われるなど、まるで外資系企業のような雰囲気がある。一方、これはあくまでもワシの私見じゃが、広告に関してはテレビを比較的重視するなどセンスにやや古さを感じる。
また、楽天は何かにつけて三木谷会長が仕切っとるが、その仕切りがもう時代に合っていないのでは? と思うことも。例えばこの11月に、楽天グループは楽天カードを決済部門のトップに立てた再編を行う。これまで楽天カード、楽天ペイ、楽天ポイントは横並びの関係だったのが、決済部門に関してはひとつにまとめようとしとるわけじゃ。
振り返ってみると、世の中が「キャッシュレス化」で大騒ぎしていた2000年代後半、楽天はほかの事業者の一歩前を行っとった。2007年に喫茶店の「ルノアール」に楽天Edyの端末を導入したのは画期的じゃったな。そういう「クレカ時代のやり方」で上手くいった成功体験があるというのが1点。
また、競争が激化するコード決済事業に対して、楽天カードは直近12か月における年間カードショッピング取扱高が20兆円を突破するなど好調であることから、今回も楽天カードをトップに立てて財務強化を図ろうとしたんじゃろう。
ただ、ワシはそのやり方はいくぶん時代遅れなんじゃないかと思う。クレカを中心にした展開を考える限り、Visaワールドワイドには勝てない。その世界はVisaワールドワイドが仕切っとるからの。そうでなくトップに据えるべきだったのは楽天ペイなんじゃないか、というのがワシの個人的な考えじゃ。
音久和 楽天ペイですか! それは大胆な意見ですね。
師範 いまや時代はクレカ中心からコードレス決済中心、スマホ決済中心に変わってきとる。それに合わせて楽天も楽天ペイを前面に出さねばならん。表に出して苦労させないと新しいものは出てこない。
一方、PayPayはすごく細かいサービスをどんどん生み出しとる。それがすべて成功したわけではないが、その発想の根底には「クレカ中心」でなく「スマホ決済」中心の考え方がある。そしていまやそちらのほうがユーザーに支持されとるわけじゃ。いずれクレカは必要なくなる時代が来る。
音久和 クレカがですか? それはにわかには信じられません。QRコード決済の引き落としもクレカから行うのがスムーズですし。
師範 実はワシもこの間までそう考えとったが、先日PayPayがPayPayカード以外のクレカを利用した決済の廃止を発表したとき、民衆が大反対して廃止が延期となった。あれは、ユーザーの消費の中心が、キャッシュレス決済がクレカ中心からスマホ中心に変わった象徴的な出来事だと思う。
音久和 なるほど。時代は大きく変わりつつあるわけですね。
師範 楽天はいま、クレカ中心のヒエラルキーのなかに入ろうとしとるが、そうではなく、もっとスマホ決済寄りのサービスを前面に打ち出したほうが良い。楽天には「SPU」という独自のスシテムがあるから、それを利用したサービスをもう一度見直すと、面白いアイデアが出てくるかもしれん。
交通系の取り込みが楽天復活のカギに!?
音久和 そんな楽天経済圏が起死回生を図るとすると、どこに期待すればよいでしょう?
師範 1つの可能性として大きいのは交通系のサービス。この夏の一時期、JR山手線の電車内で「楽天ペイアプリからモバイルSuicaにチャージすると楽天ポイントが貯まる」というCMを頻繁に見た。そこでワシは「これはいよいよ始まったな」と考えた。
音久和 えーっと……何が始まったんですか?
師範 先ほどPayPayが決済/チャージ可能なクレジットカードをPayPayカードのみにしようとして大反発を喰らった話をしたが、2018年にSuicaではまったく異なる動きがあった。当時ビューカードやSuicaの利用などで貯まるポイントがJREポイントに統一され、「Suicaをビュー・カードに紐づけてSuicaのポイント(JRE POINT)を貯めて、またチャージする」という循環ができた。
そのためユーザーはビュー・カードを手放さなかった。ではなぜいまになって楽天が「モバイルSuicaにチャージして楽天ポイントが貯まる」と言い出したか。これは楽天がJR東日本を取りにきたとワシは考える。
音久和 なんと! そんなことがあり得るんですか?
師範 いやいや、会社を買収するわけではないぞ。ポイント経済圏内の交通系サービスとしてSuicaを位置付ける未来もありえるかもしれんということじゃ。これはユーザー的には悪くない話で、Suicaで貯まるポイントがメジャーな楽天ポイントに変わるだけで利便性は大幅にアップする。楽天としても、交通系で楽天ポイントが貯まるのは大きなアドバンテージになる。
音久和 もしそれが本当に実現すれば、ポイント経済圏の勢力図がまた大きく動きそうですね。
師範 ま、これはまだあくまでも仮定の話じゃが、なぜこういう推測をしているのかというと、クレジットカードのタッチ決済で電車に乗れる未来がいよいよ現実化してきたからじゃ。これに伴い、交通系サービスのポイント経済圏組み込み、主導権争いが始まっとる。ちなみに、American Expressのタッチ決済もすでに江ノ島電鉄など全国21の交通機関で利用できるようになっとるぞ。
音久和 Suicaの利用や定期券購入で楽天ポイントが貯まったりしたらうれしいなあ。ちなみに、楽天モバイルの今後はどうなるんでしょう?
師範 楽天モバイルはどこかが狙っているという話も聞く。すでに基地局やアンテナ設置などかなりのインフラ整備をしておるから、これから参入を考える事業者にとっては悪い話ではない。楽天としても簡単に飲める話ではないだろうが、「経済圏拡大のためには通信キャリアが必要」という固定観念に捉われず、モバイル分野はどこかに預かってもらう形にしてもよいのかもしれんな。
【もっと詳しくなるためのキーワード解説】
・楽天関連サービスの“改悪”
例えば、楽天ゴールドカードを楽天市場などで利用した際に、以前は楽天カードより+2倍おトクでしたが、2021年4月から楽天カードと同じ倍率にダウン。また、楽天SPU(スーパーポイントアッププログラム)のポイントアップ条件に、楽天銀行口座からの楽天カード利用代金引き落としや「楽天の保険」保険料の楽天カード払い、楽天証券の利用が入っていますが、2022年にはそれらのポイントアップ条件が軒並み厳しくなっています。
ほかにも楽天ビューティ、楽天でんき、Rakuten Pashaなどでポイントアップ条件が“改悪”。さらに2023年に入ると、楽天ブックスと楽天Koboのポイント上限がそれぞれ1000ポイントまでになったほか、楽天銀行で給与受け取りがない場合のポイントアップ倍率も+1倍から+0.5倍に変更されました。
直近では9月1日に楽天市場アプリの+0.5倍が終了。11月からは楽天カードにおいて、1%ポイント還元の対象が「毎月のカード払いの合算額」から「毎回の支払い」に変更され、少額利用が多い人ほど「端数切り捨て」の合計額が増え、獲得ポイントが減ることになります。
・楽天カードを決済部門のトップに立てた再編
楽天グループは2023年8月10日、ポイント事業と決済事業を一体的に運営するため、グループの再編を行うことを発表しました。今年11月1日付で、スマホ決済事業を行う「楽天ペイメント」にポイント事業を移管。そのうえで、「楽天ペイメント」はクレジットカード事業を行う「楽天カード」の傘下に置かれます。事業を一体的に進めることで、「ポイント経済圏」の競争力強化につなげるのが狙いです。
・クレジットカードのタッチ決済で電車に乗れる
三井住友カードは、同社とGMOペイメントケートウェイ、ビザ・ワールドワイド・ジャパンと提携した決済プラットフォーム「stera」を活用した公共交通機関向けタッチ決済システム「stera transit」を開発。首都圏や関西圏を中心に導入が進んでいます。
2023年8月現在の導入事業者は北都交通、京急バス、西武バス、江ノ電、京都丹後鉄道、JR九州など29都道府県69事業者(7月末時点)。2023年度中には事業者が100社以上に増え、2025年度までには東急電鉄、南海電鉄、大阪メトロ、福岡市地下鉄が全線導入する計画です。
また、東京メトロも、2024年中に同システムを用いた乗車サービスの実証実験を開始するとアナウンスしました。「stera transit」は後払い方式のためチャージ不要で利用でき、料金不足の心配がないのが魅力。改札での処理速度はSuicaの「0.2秒以内」に迫る「0.25~0.35秒」を実現、ネットワーク障害に強いのも利点です。「stera transit」には2023年度中にMastercardが対応予定で、主要国際ブランドのほぼすべてのタッチ決済が利用可能となります。
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構成/佐伯尚子 文/平島憲一郎 監修/岩田昭男