まもなく忘年会シーズン。乾杯はビールという人は少なくないはず。そんなビールですが、主な原料は水、麦芽、ホップ、酵母で成り立っています。そのなかのホップが、昨今注目されていることをご存知でしょうか。そこにはクラフトビール人気が関係しているのですが、より詳しく教えてくれるということで、研究者に取材しました。
なぜビールにホップを入れるのか。
話を伺ったのはキリンの方々。R&D本部 酒類技術研究所の杉村 哲さんと、土屋友理さんです。まずはおさらいを含めて、ホップとは何なのか、なぜビールに欠かせないのか、などから聞いてみました。
「ホップはハーブの一種ですが、分類的にはアサ科の植物です。メス株につく、毬花(まりはな。※きゅうかとも呼ぶ)という部分に黄色い粒子『ルプリン』が入っていて、これが苦味や香りのもととなり、ビールの泡もちにも影響を与えていることが知られています。また、味を左右するだけでなく、抗菌性も重要なポイントですね」(杉村さん)
ホップの抗菌性がビールに最適であることが判明する以前、中世ヨーロッパではヤチヤナギやペパーミント、月桂樹など、様々なハーブをビールに混入していたとか。それらのハーブを使ったものは「グルートビール」といわれ、いまでもベルギーなどで飲まれているそうです。
「ホップの力に関しては、ビアスタイルのひとつであるインディアペールエール(IPA)誕生の話が有名ですね。これはその昔、イギリスから植民地のインドにビールを船で運ぶ際、長い航路でも腐らないよう、大量にホップを入れたことが関係していると言われています」(杉村さん)
だから名称に「インディア」が付いているんですね。ちなみに、そのIPAはキリンのクラフトビアブランド「グランドキリン」にもラインナップされています。
ホップの抗菌作用は確かに強力。欧米では薬品として一部が採用されるほかにも活用される幅が広く、グミやハーブティー、入浴剤としても販売されています。また、日本でビール以外に活用されている例としては、今秋カンロが新発売した「健康のど飴ドクタープラス」が存在。
クラフトのブームとホップ開発をけん引する米国
続いての質問は、ホップ人気の理由について。なぜ、クラフトビールのトレンドとホップが関係してくるのでしょうか?
「まずはクラフトビールのブームの中心であるアメリカの話からしましょう。アメリカにはブルワリーが3000以上あるといわれ、その数も、ホップの作付面積も世界一。代表的なものが『Cascade』『Centennial』『Columbus(あるいはChinook)』の3つで、その頭文字から『3C』としても有名です」(杉村さん)
杉村さん曰く、世界中にはおよそ300品種ものホップがあるとか。では、アメリカンホップの特徴とは?
「3Cの特徴は“柑橘系”と表現されるアロマですが、それ以外にもスパイシーなタイプや、鮮烈な苦味をもったタイプなど、アメリカ特有の自由な発想で、競い合うように個性的なホップの新品種が開発されています。貪欲ともいえる、ビール開発のフロンティアスピリッツが、世界中に影響を与えているといえるでしょう」(杉村さん)
なるほど! ではそのほかの国で代表的なホップはどのようなものがありますか? また、日本産のホップ事情はどうなっているのでしょう?
「たとえば世界的に人気のホップに、ニュージーランドの『ネルソンソーヴィン』がありますね。『ソーヴィン』という名称にあるように、白ワインの種で有名な『ソーヴィニヨンブラン』を思わせる上品な香りが特徴。ちなみに、グランドキリンの『ホワイトエール』のキーホップがこれです」(杉村さん)
そして、日本のホップ事情はなかなかシビアで、現在の作付面積は120haほどとのこと。世界10位のフランスが481ha(「THE BARTH-REPORT 2017/2018」調べ)なので、その1/4。ただ、日本でも全盛期はいまの10倍ほどもあったそうで、それだけ縮小してしまったということなのです。この現状を打破しようと、キリンを中心に日本産ホップの生産量を拡大させようという運動もあり、岩手をはじめ各地で圃場(いわゆる畑のこと)が広がっています。
「日本産のホップ銘柄は世界的にみると特殊で、基本的にはビールメーカーが権利を持っています。弊社でいうと『IBUKI』や『MURAKAMI 7』が代表的なホップですね。なお、グランドキリンのJPLという商品には、『IBUKI』とドイツの伝統品種『ヘルスブルッカー』がメインに使われています」(杉村さん)
グランドキリンには発明と呼べる製法が用いられている
ここまで、3つのグランドキリンを商品例に話を聞きましたが、同商品はそれだけホップにこだわっているということがわかります。そしてさらに話を聞くと、素材としてのホップだけではなく、製法でもキリン独自の手法が用いられているのだとか。
「グランドキリンが誕生した2012年、同時に生み出された技法が『ディップホップ』です。これまで、ホップの使用法については基本的に2つが主流でした。ひとつは、醸造工程における煮沸の後にホップを入れることで、穏やかな香りをつける『レイトホップ』。日本でなじみ深いピルスナースタイルなどによく用いられています。そしてもうひとつの使用法は『ドライホップ』。ビールの発酵後、貯蔵させるタイミングでホップを添加させる技法ですね」(杉村さん)
「ドライホップ」は香りが強めにつく特性があるとか。そのためIPAをはじめ、ホップの個性を特徴とするビアスタイルに重宝されています。では、新たに生み出したディップホップとは?
「醸造工程においては、煮沸が終わって冷ました後の初期発酵時にホップを添加する手法です。ドライホップは香りはつきやすいのですが、一方でクセやトゲのある松ヤニ系の『ミルセン』という香り成分もついてしまいます。その『ミルセン』がつきづらく、それでいて爽やかでフローラルな『リナロール』という香味をしっかり付与できるのが『ディップホップ』なのです。つまりはレイトホップとドライホップのいいとこどりというわけですね」(杉村さん)
このロジックはこれまで明確に立証されてなく、“理由ははっきりしていないけどディップホップはスゴい”という状態だったとか。それが最近、ついに解明されたとのことです。土屋さんが教えてくれました。
「今夏、『ディップホップ製法と発酵の関係』という研究成果を『Brewing Summit』という国際的なビール醸造学会で発表することができました。内容は、発酵促進と2-メルカプト-3-メチル-1-ブタノール(2M3MB、(ビールのタマネギ臭)の低減という、ふたつの効果です」(土屋さん)
「タマネギ臭については、発酵中の生成に原因があります。発酵時にイオウのような香りの硫化成分が生成されると、2M3MBも生成されるのですが、『ディップホップ』によって硫化成分の生成が抑制されるという研究結果が出ました。『ディップホップ』によって液中の炭酸ガスが減少すると、その炭酸ガスが抜ける際に硫化水素も一緒に抜けていくと考えています」(土屋さん)
「より違いがわかるように」ということで、「ドライホップ」と「ディップホップ」、それぞれの製法で仕上げたサンプルを比較させてもらえることに。
発酵を促進させ、不快臭を抑える「ディップホップ」をフル活用したビールがグランドキリン。事実としてこの製法は独自のもので、少なくとも国内ではキリンしか採用していないそうです。
「ディップホップ」は限定のグランドキリンやSVB(スプリングバレーブルワリー)ブランドでも採用されています。今回紹介した3商品については冬季限定の「違いを体験!香るパーティーBOX」や、公式オンラインサイト「DRINX」でも「3種のGRAND KIRIN体験BOX」(4本1280円)として発売されているので、ぜひチェックを!