筆者が、ひときわ個性的だと感じていたブランドがあります。その名は「SAKE100」(サケハンドレッド)。ラインナップには、500mlで15万円の日本酒をはじめ、高価格帯の日本酒を取り揃えています。なぜ、そんなに高いのか? 果たして、どんな味なのか……? そんな疑問を抱いた筆者および編集者は、ブランドオーナーの元を訪問。背景のストーリーを語ってもらうとともに、「15万円の日本酒」を含む「SAKE100」のラインナップを試飲させてもらいました。
日常酒を持たず、ブランド全体で高級路線に振り切った
「SAKE100」が個性的だと思う一番の理由は、“ラグジュアリー”であることに重きを置いているから。商品の価格設定をみれば、高級であることは一目瞭然です。最も安価な「深豊 -shinho-」でも720mlで6800円(税抜/以下同)。最も高額な「現外 -gengai-」は500mlでなんと15万円。日本酒720mlの一般的なボリュームゾーンは1500円弱~2000円程度ですから、数倍~100倍以上に設定されているのです。
また、販売チャネル(購入できるショップ)を自社サイトのみとしていることや、飲める飲食店をファインダイニング(いわゆる高級レストラン)に限定していることも「SAKE100」の特徴。確かに、1本数万円する“最上位モデル”は他社の銘柄にもあります。ただ、あえてデイリーで楽しむ日常酒を持たず、ブランド全体でここまで高級に振り切っている日本酒はないでしょう。
「SAKE100」のユニークさは、販売元のClearにもあります。というのも、同社は「SAKETIMES」(サケタイムズ)という、国内有数の日本酒ウェブメディアの運営主。メディアから「SAKE100」を立ち上げることとなったきっかけは何でしょうか? 同社代表の生駒龍史さんを訪ね、 同社の「最初の事業」である「SAKETIMES」の成り立ちから聞いてみました。
「私自身、あまりお酒は強くはないんですが、日本酒が大好きなんです。昔、熊本の『香露』という蔵元のお酒を飲んだときに衝撃を受けて。こんなふくよかな味わいのお酒があるんだ……と。これを機に日本酒に携わりたいと思うようになり、日本酒のサブスクリプションサービスや飲食店運営を経て、2014年に『SAKETIMES』をローンチしました」(生駒さん)
同社のビジョンは“日本酒の未来をつくる”。「SAKETIMES」は、その一環として始まった事業だといいます。
「日本酒って情報が複雑で、わかりづらいですよね。当時はそれを体系的にまとめたサイトがないなと、いち消費者目線で思っていまして。それに複雑だけどわかると面白いし、作り手一人ひとりにストーリーがあって、知れば知るほどおいしく飲める。情報の側面ですそ野を広げ、日本酒の未来を作っていきたい…という思いで始めたのが『SAKETIMES』なんです」(生駒さん)
「日本酒安すぎる問題」が2つのネガティブな事象を生む
これまで全国300以上の蔵元に取材をするなかで、生駒さんのなかに芽生えた感情が「自分もやってみたい!」という欲求。メディアでは○○酒造のお酒はおいしい、素晴らしいという紹介や応援はできるものの、自分発信のプロダクトではない――。また、日本酒の市場が抱える課題も、生駒さんをモノづくりの世界に飛び込ませる一因となりました。
「『日本酒安すぎる問題』。これがふたつのネガティブな事象を生んでいます。ひとつは利益率の悪さ。ビールやワイン、チューハイなどほかのお酒がメジャーになる数十年前までは、薄利多売でもよかったんです。コストパフォーマンスのよさは消費者的にはうれしいのですが、いまは飲み手に選択肢が増えたので昔ほど売れません。そのため赤字になりがちで、月に3社が廃業する事態に陥っています」(生駒さん)
現在、日本酒の蔵元の数は約1400。このままいくと、10年後には約1/3に減ってしまうと生駒さんは警鐘を鳴らします。では、もうひとつのネガティブな事象は?
「世界で戦えるポテンシャルがあるにもかかわらず、安すぎることで日本酒は海外進出のチャンスを逃している側面があるんです。意外に思うかもしれませんが、海外の富裕層のなかには、おいしくても安いがために『日本酒をギフトに選べない』という声もあるぐらいで。とはいえ、海外での需要自体は増えているので、チャンスともいえるんです」(生駒さん)
日本酒の価値を上げることが、日本酒の未来につながると考えた
高品質であることはもちろん、高付加価値で高単価な日本酒を開発・販売することで“日本酒の未来をつくる”を実現できるのではないか――。この想いが、ラグジュアリー日本酒ブランド「SAKE100」の礎となったのです。
「作り手さんから仕入れて売る、という選択肢もありました。そちらを選ばず、自分たちで開発したのは、世界中の酒蔵に足を運んで取材して回り、数千種類の日本酒を試飲し、日本酒を熟知した自分たちだからこそつくれる、付加価値の高い日本酒を届けられると思ったからです。もうひとつ、自らラグジュアリーブランドを展開するならば、『自分たちが作り手でなければストーリーを語る資格がない、情熱を伝えきれない』とも思いました」(生駒さん)
ラグジュアリーブランドを展開するにあたっては、商品名や情報量をわかりやすくすることも重要と生駒さんは言います。
「日本酒の複雑さのひとつが、情報の階層の深さです。たとえば、『〇〇県〇〇市』にある酒蔵が『新米』の『山田錦』で醸した、『山廃仕込み』の『無濾過』『生原酒』の『純米』ですと。コアな日本酒ファンにとってはそれが魅力になるのですが、わからない人にとっては呪文と同じ。特に高価格帯の日本酒に興味を示す海外の方々にとっては、『覚えにくい』『わかりづらい』と敬遠する要素につながるんです。その点、『SAKE100』の『百光 -byakko-』であれば2階層ですから。ブランド名を覚えて選んでいただくために、あえてシンプルな打ち出し方をしています」(生駒さん)
コンセプトに応じた「ここしかない!」という蔵元を指名して造る
スペックはシンプルに伝えているとはいえ、商品作りには徹底的にこだわっています。それは「100点を取って当たり前の世界だから」と生駒さん。おいしさやデザインはもちろん、カスタマーサポートやSNSにおける発信、自身の発言を含め、すべてにおいて100点でないと、ラグジュアリーになりえないからだと言います。
「『深豊 -shinho-』は数馬酒造、『百光 -byakko-』は楯の川酒造と、それぞれ蔵元がバラバラであることがひとつの例です。これは商品の企画段階で、目指す味わいの究極をつくりたいから。『百光 -byakko-』であれば、『”上質”を極めた、至高の1本』というコンセプトがあって、上質といえば純米大吟醸の華やかな香りだと。となると、楯の川酒造しかありえないんです。ここは日本で唯一の純米大吟醸酒(精米歩合50%以下が純米大吟醸)だけを造る蔵元ですし、1%まで米を磨いた酒を造った経験もありますから」(生駒さん)
取材などを通じて培った信頼関係をもとに、「あなたでしかこのコンセプトのお酒は造れないんです!」と熱烈にアタック。すると蔵元側も、「うん、それなら造るのは私たちだよね」と納得してくれるとか。
精米歩合18%の純米大吟醸「百光」は「いつまでも飲んでられるヤツ」
こうして造られた「究極の日本酒」とは、いったいどんな味なのか…? 大いに期待が高まったところで、いよいよ試飲! 味についてはGetNavi webの編集者で利き酒師の資格を持つ小林史於がコメント。まずは山形県・楯の川酒造の「百光 -byakko-」からレポートしていきましょう。
「なんだろう、この透明感……。ボディはクリアでふくよか。ヘタな大吟醸だと、最初にイヤミな甘さが来たりするんですが、そんなあざとさは皆無です。そして、梨を思わせる一瞬の香りがまた絶妙で、清涼感を際立たせていますね。最後に上品で淡~い酸味が口の中でたなびいて……日本酒の喜びをじんわりと感じられる味わい。ああ、やばい、これいつまでも飲んでられるヤツだ!」(小林)
「深豊」の鮮烈な味わいに「いますぐ家に持って帰りたい!」
2本目は、石川県・数馬酒造が手掛けた「深豊 -shinho-」を試飲します。こちらは、地域再興の想いのもと、耕作放棄地を開墾して育てられた酒米を使用。精米歩合は70%とあえて米を磨きすぎないことで、米本来の強い甘味と旨味を引き出したとのこと。
「ウマイっ! 味は濃いのに、何でこんなに鮮烈なんだ! ちなみに、『生酛造りの無濾過生原酒』とは、ラーメンでいうと『アブラ多めニンニクマシマシ』みたいなもので、もっとも味の濃い組み合わせ。ともすると重苦しい味わいになることもあるのですが、これは脳天にカーンと高く響くような……。雑味や重さやベタつきはなく、日本酒の良いところだけを凝縮したイメージです。これは好き! いますぐ家に持って帰りたい!」(小林)
まるで天上界の花の蜜――「天彩」はナイトキャップで楽しみたい
3本目は、奈良の美吉野醸造と開発した「天彩 -amairo-」。奈良県吉野の湿潤な気候がもたらす力強い発酵を生かした、濃密な甘みが特徴のデザートSAKEです。
「日本古来の仕込みでうまいお酒を醸すと、近年評判の蔵元さんですよね。期待通りのデキ。天上界の花の蜜をなめたとしたら、きっとこんな味なのでしょう……。甘みが濃密でリッチです。かといってのどにモタつかないしキレもいい。あとは、梅酒を思わせるイメージもあるし、奈良の酒蔵だけに、少しだけ奈良漬けを思わせる要素もあるかと。スイーツと合わせて食後酒として楽しむのもいいですし、ナイトキャップ(寝酒)として一日を振り返りつつ、ナッツなんかをつまみながら飲めたら幸せですね」(小林)
24年ものの熟成酒「現外」は、選ばれた人が飲むにふさわしい
最後に試飲したのは、なんと500mlで15万円の「現外 -gengai-」。1995年の阪神淡路大震災によって倒壊した兵庫の酒蔵、沢の鶴株式会社で、奇跡的に残った酒母を搾って清酒にしたという稀有なストーリーをもつ逸品です。醸造設備の被災によって一般的な工程を経ることができなかったこのお酒は、当時、不均衡な甘味と酸味を有していましたが、24年の熟成を経てあらゆる要素が調和。だれもが予想し得なかった絶妙な味わいへと変化し、「SAKE100」での商品化が実現したのです。
「うわー独特! 熟成酒ならではの濃縮感のある味、香りは共通しているのですが、やっぱり違う。最初に酸味が来て、次にうまみが来て、同時にブワっと香りがふくらんで、最後には香ばしい余韻が……。でも、これらの要素がバラバラにならずに、なぜかまとまっているのが不思議……。いままで飲んだことがない味なのは確かです。お金持ちは自家用ジェットを買って移動時間を短縮するとか、『時間を買う』ことにお金を惜しまないといいますが、思うに『現外』を飲むことも、また違った形の『時間を買う』行為かと。味そのものというよりは、24年という歳月に価値を見出し、愛でる行為は、まさに『神々の遊び』。情緒を解する、選ばれた人が飲むにふさわしい品ですね」(小林)
世界中に日本酒のおいしさを伝える「成功例」になりたい
最後に、生駒さんに「SAKE100」の今後の取り組みについて聞いてみました。
「ひとつはブランドの権威性。購入における安心感や、所有することに肯定感をもっていただくためにも、全方位的に攻めていこうと思っています。アワードへのノミネートを積極的に狙っていくほか、本当にコンセプトに共感してくれるブランドアンバサダーを起用する、などもありえるかなと」(生駒さん)
提供レストランについても同様。高級ホテルやミシュランガイド掲載店のみという条件は変えず、飲める店を増やしていきたいと言います。
「あとはブランド認知の拡大ですね。ラグジュアリーブランドであればあるほど、認知度と普及度にギャップがあることが重要なんです。つまり、みんながいいモノだと知ってるけど、希少性だったり、金額的なハードルがあったりでなかなか手に入らない存在になること。持っている、飲んでいることで他者から羨ましいと思われる――。『SAKE100』のブランドパーパスは“心を満たし、人生を彩ること”ですから、その価値をいっそう高める活動をしていきます」(生駒さん)
ラインナップの数に関しては、際立った個性と最上級のレベルを両立させるとなると、最大で10~15種ではないかと生駒さん。そのなかで、現在も新たな商品を届けるべく開発に取り組んでいるそうです。2020年からは輸出日本酒のトップマーケットであるアメリカを皮切りに、いっそう本格的に海外展開を加速させるとのこと。
「海外は巨大なマーケットですが、ラグジュアリーブランドで挑戦している日本酒はほとんどありません。それもあって、大きなチャンスだと。いまだ切り拓かれていないラグジュアリーマーケットを『SAKE100』が開拓することで、世界中の人々に日本酒のおいしさを知ってもらえる成功例になれれば、と考えています。次も最上級においしいお酒をお届けしますので、楽しみにしていてください!」(生駒さん)
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