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2021/1/18 18:15

ブルゴーニュ、ボルドーからラングドックまで「フランスワイン」の5産地にまつわる話

自宅でワインを楽しみたい、できれば産地や銘柄にもこだわりたい、ワインを開けて注ぎ、グラスを傾ける仕草もスマートにしたい……。そう思っても、基本はなかなか他人には聞きにくいもの。この連載では、そういったノウハウや知識を、ソムリエを招いて教えていただきます。

 

第3回からは、ワインの種類や製法、産地などを取り上げ解説していただいていますが、ここからは「ワインの世界を旅する」と題し、世界各国の産地について、キーワード盛りだくさんで詳しく掘り下げていきます。寄稿していただくのは引き続き、渋谷にワインレストランを構えるソムリエ、宮地英典さんです。

 

フランスワインを旅する

ワインのないフランスを考えるのは、フランスのないワインを考えるのと同じくらい難しい────

 

ワイン評論家、ヒュー・ジョンソンの言葉ですが、これほど現代のワインの世界において、フランスワインの占める立ち位置を端的に表現している言葉はないように思えます。

 

そんな世界の“ワイン地図”をいまだ象徴するワイン大国・フランスの、代表的な5つの産地とそこで繰り広げられるストーリーをご紹介しましょう。

 

1. ブルゴーニュ
2. ボルドー
3. ロワール
4. ローヌ
5. ラングドック

 

ブルゴーニュ 〜グランクリュ街道を北から南へ〜

フランス東部の街、ディジョン市を出発点としてグランクリュ街道を南へ下ると、右手に広がるのは小さな村々と丘一面のブドウ畑。“コート・ドール(黄金の丘)”と呼ばれる、世界中のワイン醸造家や愛好家が憧れる、奇跡の銘醸地です。“Route des Grands Cru”と白抜きされたブドウがデザインされた標識に沿って、ジュブレ・シャンベルタンやヴォーヌ・ロマネといった村々を通り抜け、ニュイ・サンジョルジュの街に至るまでに、ブルゴーニュの特級畑の大半、ピノ・ノワールの特急畑のほぼすべてを眺めることができます。

 

それは、ブルゴーニュワインを愛する人にとっては、小さな村のそれぞれ、南東向きの斜面にびっしりと区画分けされた畑の数々は、住所表示そのままのようにワインのエチケットに印字された原産地呼称と合わせて、各々の味覚体験と重なる特別な風景として映ることでしょう。

 

コート・ド・ニュイを抜けて、ブルゴーニュにおける中心市街、ボーヌ市に至るまでの見どころはコルトンの丘。孤立した大きな丘には、頂上付近までブドウが植えられ、コート・ド・ボーヌ唯一の赤の特級畑コルトンと、シャルドネから造られる白の特級コルトン・シャルルマーニュが産み出されます。

 

シャルドネの特級畑はこのコルトン・シャルルマーニュのほか、ピュリニー・モンラッシェとシャサーニュ・モンラッシェにまたがる丘の中腹、ル・モンラッシェ(標高の少し下がったバタール・モンラッシェ、標高の少し高いシュバリエ・モンラッシェを含む)の2か所しか認められていないことと、実際のところシャルドネが主流なのはムルソー、ピュリニー、シャサーニュ(さらに加えるならばシャブリとリュリー、モンタニィ、マコネ)だと考えると、ブルゴーニュの格付けは元来、ピノ・ノワールを中心に考えられてきたように思えます。事実、ル・シャルルマーニュにシャルドネが植えられたのは、19世紀と、比較的近代のことなのです。

 

一般的にブルゴーニュというと、北はシャブリ、南はボジョレとリヨン近郊までを指します。個人的にはクリュ・ボジョレをはじめ、興味深いワインがボジョレにはあるのですが、ブルゴーニュというくくりで見た時に同一視する必要があるかというと、疑問です。コート・ドールのワインが軒並み高価なものになってきているなか、これからワインに親しまれる方に、ボジョレをブルゴーニュとして勧める気にはどうしてもなれないのです。では、「ブルゴーニュの入り口になるのはどこか?」と聞かれたら、私は「コート・シャロネーズではないか」と答えます。

 

コート・シャロネーズはコート・ド・ボーヌと地続きの産地ですが、それまでの均一な稜線の風景から、不連続な丘陵にブドウ畑が広がります。主要な5つの村は、北からアリゴテの銘醸地として知られるブーズロン、シャルドネの多いリュリー、メルキュレ、ジヴリ、白専門のモンタニィ、という個性豊かな小産地で構成されています。メルキュレやジヴリは生産の大半が赤ワインであり、コート・ドールに比べ1級格付けが多いのも特徴です。また以前はコート・ドールに比較すると大味なピノ・ノワールが多い印象でしたが、近年では意欲的な生産者も増え、よりブルゴーニュに期待する魅惑的な優美さを備えたワインが増えてきています。

 


Camille Giroud(カミーユ・ジルー)
「Mercurey 1erCru Clos Voyens 2017(メルキュレ・1級・クロ・ヴォワイアン2017)」
5500
輸入元=ベリー・ブラザーズ&ラッド

 

次のページでは、「ボルドー」について解説します。

 

 

ボルドー 〜石造りの美しい街並み、サンテミリオン〜

ブルゴーニュが、神秘的で宗教的な側面を持ったワインだとすると、ボルドーワインはとても人知的、人が造り上げたワインのように感じます。日本に輸入されるフランスワインの多くはボルドー産のもので、高級ワインのイメージとともに、量の面でも日本人にとって長く親しまれてきたワインであり、その広大な産地それぞれの地域ごとの格付けやセパージュ(ラベルにブドウの品種名を記載したワインのこと)の比率などは、ワイン愛好家の知的好奇心を満たすことに向き、ワインガイドによる100点満点の採点も、ブルゴーニュの官能性を測るよりも適性があるように思えるのです。

 

メドックの格付けを覚えるのは、長くワインを学ぶ行為としての入り口だったように思うのですが、現在では残念ながら、メドック1級シャトーは10万円を超えるような価格でワインショップに並んでいるので、おいそれとは巡り会うことができなくなってしまいました。これはブルゴーニュに関しても同じことが言えるかもしれません。

 

ただ、最近のボルドーは、低価格帯から品質の向上が見られることが特徴だと感じています。2000円前後のワインを(仮に)ブルゴーニュと比較したとすると、好みを別にすれば、おおむねボルドーに軍配があがるのではないでしょうか。そしてトピックとしては、中堅どころの生産者のビオディナミ(自然派ワインを造る際の農法のひとつ)導入が着々と増えてきていることです。これは、メドック5級格付けシャトーであるポンテ・カネの成功の影響が大きいと考えられますが、長くなるのでここでは割愛させていただきます。

 

写真のクロ・フルテも、2011年よりビオディナミを導入、それ以前からサンテミリオンの有名シャトーのひとつであり、格付けも上から2つ目のプルミエ・グランクリュ・クラッセBながら、ヴィンテージによっては値ごろ感のあるワインのひとつです。

 

サンテミリオンのワインは、メドックほどタンニンが強くなく、素直で芳醇な果実味を楽しめるワインが多く、〇〇サンテミリオンといった周囲に広がる衛星産地のワインなら、2000円前後から探すことができます。もしもサンテミリオンのワインが気に入ったなら、ボルドー観光の際には街を訪れてみてください。石を切り出した教会、美しい街並みを一望できる“Tour du Roy”、小さな街ですがちょっと中世にタイムスリップしたような感覚になれる、素敵なところです。

 


Clos Fourtet(クロ・フルテ)
「Clos Fourtet 2011(クロ・フルテ2011)」
1万5800円
輸入元=ベリー・ブラザーズ&ラッド

 

次のページでは、「ロワール」について解説します。

 

ロワール 〜東から西へ、河沿いに広がるブドウ畑〜

ワイン産地としてのロワールを、ひとくくりにすることは難しいかもしれません。東から西へ500kmを超えて流れるロワール河流域にはいくつかのワイン産地があり、総じて白ワインが親しみやすく、赤ワインはやや玄人好みといってもいいように思えます。

 

白ワイン品種の主要な品種はソーヴィニヨン・ブランとシュナン・ブラン。前者は、地域によって硬質で洗練されたものから、柔らかで親しみやすいタイプの幅広い辛口白ワインを、後者は、芳醇な辛口から魅惑的な甘口まで、こちらも幅広い味わいのものが造られています。そのほか、ロワール河下流の街、ナント周辺では、ムロン・ド・ブルゴーニュから造られるミュスカデがあります。ミュスカデは価格もリーズナブル、微かな塩味を感じる辛口は、海老やムール貝など魚介を使った料理には定番の組み合わせです。

 

ロワールのワインのエチケット(ラベル)には、“Loire”と記載されているわけではないので、いくつかの主要な産地、シュナン・ブランならアンジューやサヴニエール、ヴーヴレイ、ソーヴィニヨン・ブランなら今回ご紹介するサンセールと対岸のプイィ・フュメなどの産地を覚える必要があるかもしれません。

 

ソーヴィニヨン・ブランは、今や世界中で栽培されていますが、プイィ・シュル・ロワール周辺(サンセールとプイィ・フュメ)ほど繊細で華やか、シャープに感じるのに長命というソーヴィニヨン・ブランを見つけるのは、簡単ではありません。ワインショップの棚でサンセールを見かけて、もしも手に取ったならば、ぜひともチーズのことを思い出していただきたい。そのお店にチーズは売っていますか? であれば、一緒に買い物かごに入れることをおすすめします。サンセールと白カビや山羊のチーズとの抜群の相性は、一度お試しいただきたい組み合わせなのです。

 

そしてロワールといえば、15世紀には首都だった古都トゥール、中世の赴きを残す美しい街並み、歴史的な建造物と見どころ満載の街です。現地で飲まれているのは、同じソーヴィニヨン・ブランでもトゥーレーヌと表記された、サンセールやプイィ・フュメとはまた違う柔らかでフローラルな白ワイン、価格的にもリーズナブルなものが多いので、こちらもぜひ。もちろん、チーズとも抜群の相性です。


Claude Riffaultクロード・リフォー)
「Sancerre, Monoparcelle 469 2018(サンセール モノ・パーセル469 2018)」
5500
輸入元=ベリー・ブラザーズ&ラッド

 

次のページでは、「ローヌ」について解説します。

 

ローヌ 〜地中海へとつながるローヌ河流域のワイン産地〜

ヨーロッパでは、古くからのブドウ畑の多くは、川沿いに位置してきました。ボルドーにおけるジロンド河、ドイツのライン河、そしてヨーロッパを横断するドナウ。これは流通のほか、水面の照り返しや水はけといったさまざまな面で人々の営み、ブドウの生育をサポートする役割を担ってきたことに起因します。

 

ロワール河とローヌ河というフランスの二大河川は、それぞれ銘醸ワインを育んできましたが、前者の多くは白ワイン、後者のほとんどは赤ワインと、性格のまったく違う兄弟のような存在です。一般的には、ローヌ河流域はエルミタージュを中心とした北ローヌと、シャトーヌフ・デュ・パプを中心とした南ローヌに分けられます。

 

ここでは、生産量の大半を占める南ローヌのワインをご紹介しようと思います。おそらく日本においても、ワインショップやスーパーマーケットに並ぶローヌワインの大半が、“Cote du Rhone”と印字されたボトルではないかと思うのです。これは、南ローヌの幅広いエリアで栽培されるブドウから造られるワインに与えられる原産地呼称ですが、ボルドー全域に匹敵する量が生産されており、高いアルコール度数、渋みよりも濃密な果実感のあるグルナッシュに、シラーやムールヴェードルなどがブレンドされます。著名な生産者のもので群を抜いた高品質なものもありますし、好みによってはしまうのですが個人的には広域アペラシオンということで、低価格帯ワインが多い割にハズレの少ないワインのように感じています。

 

南ローヌの街アヴィニヨンには、教皇庁があった歴史があり、14世紀に建てられた宮殿はユネスコの世界遺産に登録され、その美しいゴシック様式の圧倒的なスケール感を現在に至るまで残しています。そしてアヴィニヨンから北に10数km、ローヌ河の東に位置するのが、この地域のワインの中心部であり、教皇の夏の宮殿のあった丘、シャトーヌフ・デュ・パプです。南ローヌではこのシャトー・ヌフ・デュ・パプを中心に、周囲に衛星的に村の名前を原産地呼称として許された、ジゴンダスやヴァケイラス、コート・デュ・ローヌ・ヴィラージュがあり、前述のコート・デュ・ローヌと上位階層の位置づけでワインが表現されています。ほかの産地よりも、コート・デュ・ローヌ、特にコート・デュ・ローヌ・ヴィラージュといった比較的手に取りやすいワインにも魅力的なワインがあるのがこの産地の特徴です。

 


Domaine Marie & François Giraudドメーヌ・マリー&フランソワ・ジロー
「Chateauneuf du Pape Tradition 2014(シャトーヌフ・デュ・パプ・トラディション 2014)」
7500
輸入元=ヴァンクロス

 

最後に、「ラングドック」について解説します。

 

ラングドック 〜21世紀が楽しみなワイン産地〜

南フランス、ラングドック(ルーションまでを含む)は、世界最大といえる広大なワインの一大産地であり、長らく安価なテーブルワインの産地でもありました。イギリスとパリとの物理的な距離が、この南の産地の可能性を埋没させていた要因のひとつとして考えられますが、世界中でフランスワインの人気が高まるにつれ、生産者の意欲向上、醸造技術の高まり、資本の流入による近代化を迎えるのは、20世紀の後半のことでした。近年では、グランクリュ的な原産地呼称がナルボンヌの周辺で産まれ、モンペリエ周辺ではさまざまな個性的なラングドックワインが産まれています。

 

もっとも多く栽培されている品種はカリニャンですが、グルナッシュやシラー、ムールヴェードルといった、ローヌと似た品種構成の赤ワインも、またボルドー品種とのブレンド、在来種によって、スパークリング、白、ロゼ、甘口まで幅広く変化に富んだワインが楽しめる産地として注目を集めています。

 

おすすめしたいのは、その幅広いラングドックワインのなかでも、エチケットにAC(原産地呼称)表記のあるワイン。原産地呼称が、品質保証であると同時にワインを難しくしている一因ではありますが、この遅れてきた銘醸地ラングドックでは、今現在もっともACが活きています(その他はIGP=地理的な表記です)。

 

上級ワインとして、グランクリュ的位置づけは、「コルビエール・ブートナック」「ミネルヴォワ・ラ・ヴィニエール」「フォジェール」「サンシニアン・ベルロー」「サンシニアン・ロックブリュンヌ」の6つ。そして、いくつかの地域名ワインとACラングドックと原産地呼称ワインだけで、全生産量の2割に満たないと考えると、裏を返せばハズレの少ない原産地呼称でもあるのです。

 

大半は赤ワインですが、モンペリエ南の沿岸部のACピクプール・ド・ピネは、柑橘の爽やかなすっきり系、魚介料理に合わせやすい地中海白ワインです。そして、もう少し内陸で造られる写真の「クレレット・デュ・ラングドック」も数少ない白ワインのACワイン、フレッシュで優しい甘みをわずかに残す白ワインです。生産者のジェラール・ベルトランによる他のラングドックワインは、日本でも見つけやすいと思いますが(“居酒屋”で見つけたこともあります)、どのワインも価格以上の味わいを提供してくれる優良生産者です。

 

今後、ラングドックのワインは、年を追うごとに良さを増してくると確信していますので、これからワインを楽しもうという方にはうってつけです。いつか、コルビエール・ブートナックやミネルヴォワ・ラ・ヴィニエールも手に取って、味わってみてください。


Gerard Bertrand(ジェラール・ベルトラン)
「Clairette du Languedoc Adissan 2018(クレレット・デュ・ラングドック2018)」
3900
輸入元=ピーロート・ジャパン

 

議論を呼ぶことも、フランスワインの魅力のひとつ

世界中に広まったこれまでのワイン地図の規範、オリジナルを、フランスのワインは現代においても体現しています。もちろん、これからのワイン世界は、それぞれのオリジナルを獲得していく時代に突入していく、過渡期にいると考えられます。それでは、一体何が、フランスワインを特別なものにしているのでしょうか? イギリスという一大消費国との地理的関係、宗教的価値観、地層年代の複雑さ、それらを考えても、これという答えに行きつくことはなかなか困難ですが、そういった難解な思索や議論を呼び起こすことにこそフランスワインの魅力があり、そういった人との、ワインとのコミュニケーションそのものが、ワインの最大の魅力のひとつなのだと思います。

 

※ワインの価格はすべて希望小売価格です

 

【プロフィール】

ソムリエ / 宮地英典(みやじえいすけ)

カウンターイタリアンの名店shibuya-bedの立ち上げからシェフソムリエを務め、退職後にワイン専門の販売会社、ワインコミュニケイトを設立。2019年にイタリアンレストランenoteca miyajiを開店。
https://enoteca.wine-communicate.com/
https://www.facebook.com/enotecamiyaji/