ミライはすぐそこーー。スペインで開催された「MWC19 Barcelona」を取材してみて、なんとなくそれがわかった。特に劇的な変化が起きるのは、ARやVR、MRの市場。いわゆる「xR」と呼ばれる分野だ。
HoloLens 2は革新的だった
HoloLensとは、マイクロソフトが開発した完全独立型の拡張現実デバイス。外部センサーによって空間と位置情報を把握して、「現実+仮想グラフィックス」の世界を体感できるというもの。そもそも、筆者は展示会などで何度か初代のHoloLensを使ったことがあったが、そこで抱いた印象は、「MR(mixed reality)の実用性はもう一歩」だった。しかし、マイクロソフトが発表した「HoloLens 2」は、——発表を中継でご覧になった人ならわかるだろうが——まさに近未来の到来を実感させる代物だった。「MRは世界を変える」、お世辞抜きにそう思わせた。
同イベントの最終日、ほかの企業のブースがまだ開いていない朝早くにマイクロソフトを訪れると、そこにはHoloLens 2の体験を待つ行列があった。既に1時間半待ち。iPhoneのメモで原稿を書きつつ、列に加わる。いくつかデモの種類が分かれていたが、筆者は「Microsoft Dynamics 365」の体験を選択した。
ブースに入るとデモの大まかな説明がされた。どうやら機械の不具合を点検する作業を再現するようだった。HoloLens 2を装着する。前髪を中に収めるべきか、外に出すべきか悩んだ。今回は外に出してみる。つけ心地は悪くない。
しばらくすると、目の前に鳥が現れた。「すげー」、と声が出た。何より解像度が高くなり、縦横ともに視野角が広がったことに、従来のHoloLensとの違いを実感した。
そんな感動にこっそり浸っていると、ビデオ通話がかかってきた。どうしたら良いか戸惑っていると、「指で触れ」と指示される。スマホのUIにも似たそのウィンドウを指先で突く。画面が反応する。そう、UIに素手で触れるのだーー。もう一度言おう、素手で触れるのだ。「マイノリティリポート」や「攻殻機動隊」といったSF作品を思い出すのは筆者だけではなかろう。
電話の画面には女性が映っていた。「何これ、デモ用の動画?」と一瞬混乱したが、それにしてはリアルタイムな反応が不自然だ。どうやら実物の女性がどこかから電話を実際にかけているようだった。なるほど、「自分が現場の作業員であり、彼女が監督として指示を出す役らしい」ということを理解した。
そこからいろいろと指示を受ける。「機械の電源を止めろ」「機械の中のバンドを確認して、破損しているかどうか確認しろ」「用意してある新しいバンドと交換しろ」、エトセトラ。
これらをネイティブの英語のスピードで話されるのだから難しい。ときどき、詳細な指示を聞き取れず、あるいは聞き取っても理解ができず「はて?ーー」と思考が止まる。そんな時に、画面上に指示が浮かんでくる。「蓋を開けろ」と言われて、取手を探しているときには「ココだよ」みたいな矢印が、「バンドを外して確認しろ」と言われてあたふたしてるときには「このバンドだ」と囲みが宙に浮かぶ。
そう、遠隔で通話中の彼女は、HoloLens 2を通じて筆者と視界を共有している。そして、彼女がこれだよと指示を書き込むと、HoloLens 2で見えている世界にその描写が反映されるのだ。しかも矢印はズレない。この体験がすごかった。
また、HoloLens 2について、発表会では「快適さ3倍」と紹介されていたことも思い出した。何をもって3倍なのかは不明だが、確かに付け心地や安定感は抜群に良くなっている。グラスをパカッとリフトアップできるのも、小窓を覗き込むような場面で役に立った。
いまのところ、HoloLens関連のソリューションは企業向けであって、消費者が家庭で使う代物ではない。しかし、あと数年経てば消費者向けのMRコンテンツももしかしたら登場してくるかもしれないーー。そう思わせる勢いがあった。それに…これは「妄想が過ぎる」と言われてしまうかもしれないが、素手でファイルを操作できるなら、いつかWindowが3次元で操作する日も来るかもしれないと期待をしてしまった。
VRゲームはそのうちPCレスに
MRが夢を感じさせる一方で、実際に消費者が楽しめるゲームコンテンツとしては、VRの方が一歩先を進んでいる。中でもHTCが展開する「VIVE」シリーズのプラットフォームには注目しておきたい。
筆者は、こちらについてもMWC19の会場で、現場作業員を訓練するためのコンテンツを体験した。結果は電極に感電して死亡するという散々なものだったのだが(苦笑)、仮想空間でクレーン車を動かし、高所にある破損箇所を修理するという流れは、VRでなければ体験できなかったものだろう。
先述のMRが素晴らしいのは言うまでもない。しかし、世界観の演出が必要になってくるコンテンツでは、VRの方が相性はよい。
さてHTCが出した製品の話に戻ろう。同社は、エンタープライズ向け(大企業向け)として、「VIVE FOCUS PLUS」というソリューションを発表した。その特徴は、無線通信で遊べること、そして壁に装着する基地局が要らないことだ(内蔵のカメラから取得した映像の変化でユーザーの動きを反映する仕組みになっている)。これにより、従来のケーブルという制限に縛られることがなくなり、物理的な条件が緩和される。
また、超音波を利用したコントローラが2点付属することも特徴だ。超音波を利用することで、ヘッドセットがコンテンツそのものを通信する電波との干渉が防げるという。
そして、将来的にはPC無しでVRゲームが遊べるようになっていくというから驚きだ。ケーブルレスだけでなく、PCレスになる。従来高性能なコンピューターに接続して行なっていたグラフィック処理などをクラウド側で実行することで、これを可能にしていくという。
これは「クラウドゲーミング」という概念だが、VR市場での実現化は興味深い。既にグーグルやマイクロソフト、アマゾンなども同様の概念を提唱していることもあり、VRゲーム市場でのクラウド化は、確実に今後数年でホットなトレンドになっていくと思う。
もちろん、そのためには大容量かつ高速な通信が必要となる。5Gによる通信や、Wi-Fi6による接続が前提条件となってくるのは間違いない。MWC19の会期に合わせて、「HTC 5G HUB」という商品が発表されているが、これはこうしたユースケースを実現するための必要な要素であるわけだ。
また、HTC NIPPONの児島社長は、こうした構想の実現に関して「VR酔いの原因である映像の遅延を解消するために、エッジコンピューティングが重要になる」とも述べている。要はクラウドの末端にサーバーを設置することで、素早い処理を可能にする必要があるのだ。5Gの恩恵を受ける分かりやすいユースケースとしても注目しておきたい。
いまはまだ本格的なVRゲームはアーケード施設で楽しむもの。家庭で楽しむ場合も、処理性能の高いPCとの有線接続が基本だ。その場合も高価なハードウェアを一式導入しなくてはならないため、消費者としてはまだまだハードルが高いと言える。しかし、5G時代に入り、PCレスでの環境が整えば、HMDが一式あれば気軽に家庭でVRゲームを楽しめる時代がやってくるだろう。
ちなみに、HTCが提供する「Viveport」というコンテンツストアでは、「Viveport Infinity」というサブスクリプションモデルが19年4月から導入される。Amazonプライムのように一部有料コンテンツこそ残っているそうだが、大部分のコンテンツが月額制で遊び放題になる。これも、将来的なVRコンテンツ市場を見据えた準備と言える。
新しい体験にはワクワクするもの
まだまだ過渡期には違いないが、だからこそMR、AR、VRに関する技術の進化は、とても興味深い。もちろん、BtoB向けの話が中心に違いないのだが、今季はHoloLens 2やVIVE FOCUS PLUSなど、優れたハードウェアが続々と登場してきており、ビジネスソリューションに関わりのない消費者の立場としても利用価値がイメージしやすくなったのではないかと思う。
筆者の主観としても、2年前に体験したVRといまのそれとでは全くの別物になったと言い切れる。HoloLensとHoloLens 2の違いも同様だ。5Gの登場が間際になり、対応スマートフォンの登場が話題になっているが、こうしたxR市場での発展にもぜひ注目してほしい。