「Cinema Pro(シネマプロ)」は、スマホのカメラでフィルムライクな動画が撮れる、ソニー「Xperia」の上位モデルだけが搭載するプレミアム機能です。近頃のスマホのカメラはその高いスペックやてんこ盛りの機能ばかりが注目されがちですが、筆者はCinema Proがスマホ動画に「アートの要素」を注入する新機軸になると期待しています。
先日発表されたXperia 1 IIへの対応も発表され、カメラ性能の刷新と共にブラッシュアップされていくCinema Proについてはあらためてレポートしています。
今回はCinema Pro搭載のXperia 1を使って映像作品を撮る、2名の若いシネマトグラファーを訪ねてCinema Proについて語り尽くしてもらいました。
インタビューに応えていただいたのは、武蔵野美術大学 造形学部 映像学科に通う水口紋蔵さん、千葉大学 工学部 デザイン学科に通う上野勇人さんです。
何気ない日常のひとコマを映画のフレームに置き換える作風が身上という水口さん。最近は木村拓哉さんの楽曲「ローリングストーン」のミュージックビデオの撮影を手がけた話題の人です。上野さんは、大学では生活家電などユーザーインターフェースのデザインを専攻する傍らで、映像制作も手がけているマルチなタレントの持ち主。
新世代のクリエイターである二人は、Cinema Proにどんな印象を抱いたのか。筆者の印象と合わせて紹介していきます。
Cinema Proに惹かれてスマホで動画を撮りはじめた
二人とも普段はソニーのデジタル一眼カメラ「α」シリーズを映像撮影のメイン機として使っていますが、Cinema Proに惹かれて、初めてスマホによる動画制作に興味を持ったそうです。
共通して注目したポイントとして、幅広く柔軟性の高いマニュアル設定や、合焦位置を記録して自然なズーミングが行えるオートフォーカス機能の利便性を挙げている点は、さすがに意識が高い感じがしました。
加えて「一眼カメラのレンズを交換する感覚で、標準(26mm)/広角(16mm)/望遠(52mm)のレンズを選びながら撮影シーンや被写体を思いのまま切り取れるところ」にも同じくメリットを感じていました。
スマホのマルチレンズカメラは機種によって役割がそれぞれに異なっていることが多いです。例えば「Xperia XZ2 Premium」のデュアルカメラは、カラーとモノクロのイメージセンサーを個別のレンズユニットに搭載して、高感度・高精細な画像を合成する仕様でした。Xperia 1とXperia 5の画角別に用意したトリプルレンズは、コンセプトが明快でシンプルな使いやすさを実現していると言えそうです。
スマホの高い機動力が動画撮影の幅を広げる
Cinema Proの評価点については「映画的な動画が何気なくシンプルに撮れる」という点で二人ともに一致していました。
動画の精細感もさることながら、色合い/明るさのプリセットとして用意されている「Look(ルックアップテーブル)」は、デジタルシネマカメラ「VENICE」の標準仕様である「VENICE CS」を選択すると、見た目に忠実で中立的な色バランスの動画が撮れるので、撮影後にパソコンを使ったモニターによる色彩調整が、とてもスムーズにできるそうです。
動画の仕上がりに満足しているだけでなく、水口さんは「三脚に固定して撮らなければならないカメラと違って、スマホは無造作に置いて動画が撮れる。役者がカメラの上をまたいで移動したり、今までにない映像表現の幅が広げられる」ことも指摘しています。
ポケットに入れて軽快に持ち運べるスマホだからこそ、動画撮影時の機動力が高まるという点については、上野さんもXperiaを使いながら強く実感したようです。撮影に出かける時の荷物が、他に三脚とジンバルぐらいで済むため小回りが効くところが良いと話していました。
Cinema Proのアプリから3つのレンズを素速く切り替えて、プレビュー画面でチェックできるので、構図を決めて撮影を開始するまでの諸動作がよりスムーズにできることも、デジタル一眼カメラやプロフェッショナル用も含むビデオカメラにはない魅力なのかもしれません。
Cinema Proの看板機能「Look」で“映画っぽい動画”は撮れるのか
「21対9のシネマスコープサイズの動画は撮るだけで映画っぽくなる」と上野さんはコメントしていましたが、実際にCinema Proを使ってみると誰もが納得できるはずです。
一方で、Cinema Proの看板機能であるはずの「Look」については、二人とも「VENICE CS」のほかは映像制作にはなかなか使いにくいと本音を漏らしていました。その理由は、色彩のクセが強いため、ポストプロダクションの段階でエリアを細かく選択しながら被写体の色を分割調整する作業が難しくなるからだと。
つまり、Lookは動画に一括してプリセットした色彩補正をかけるため、場面ごとまた同じ画の中にある一部に対する調整などはできないのです。VENICE CS以外のLookは、自動で雰囲気あるシーンプリセットになっているので、細かな演出をしたいとなると不向きと言わざるを得ません。
上野さんは「あらかじめ撮りたい映像の色バランスが頭の中で固まっている場合ならばアリだけれど、後から作品の色イメージを調整していく手法を採る場合は不向き」と指摘しています。
動画・静止画問わずですが、撮影に関わる作品制作には大雑把に言うと「撮影」に重きを置く人と、「編集」に重きを置く人がいます。上野さんは編集時点で作品のトーンを作り込みたい人で、そういった制作工程になるとLookではない自由度が欲しくなるようです。
Lookについては筆者にも思うことがあります。Xperia 1がスマートフォンであることからも「一般ユーザーにとっての使い勝手」はどうしても切り離せないのですが、その点での不親切さにどうしても目がいってしまうのです。
映像機器にあまり詳しくないユーザーが、Cinema Proに対して「誰でもシネマライクな動画が撮れるアプリ」として親しみを持てるようになるには、プリセットされているLookの名称が今のままでは“玄人っぽい”ため、ぱっと聞きで親しみが持てる名前に変更すべきだと筆者は考えています。
例えば「ホラー映画風」「ドキュメンタリー風」のように、より一般的なネーミングに落とし込む手段もあると思います。その点ではまだLookがターゲットとするべきユーザーと、実際の機能の仕立てがマッチしていないのかもしれません。
実はこれまで筆者は、Lookに限らずCinema Proのインターフェースに、やや専門的で親しみづらい印象を持っていました。しかし、普段からカメラを使い慣れている水口さんと上野さんの評価は違っていました。二人とも「撮影に必要な機能が適材適所に、絞り込まれた上でわかりやすく配置されていて使いやすい」と語っていたのです。
水口さんはCinema Proで撮った動画を、すぐその場でXperiaの高精細な21対9の有機ELディスプレイで確認できることが便利だと感じているようでした。撮影後の動画ファイルは、「All files」という一覧リストに次々と追加されて、サムネイルをタップするだけでプレビューチェックが素速くできます。
Xperiaのフラッグシップ、もといCinema Proが今後進む方向が「クリエイタ-」シフトなのか「一般ユーザー」シフトなのかによって分かれると思います。しかし、少なくとも現状では今後を担う世代のクリエイターにとってのユーザビリティは担保しているようです。
Cinema Proで撮った動画の自己評価は?
Cinema Proで撮影した自身の動画作品の仕上がりについてはどのように感じているのでしょうか。
二人とも本格的なカメラと使い分けながらXperiaで撮った映像は、自身の創作の幅を広げる可能性があると語っています。何よりCinema Proで撮る日常がシネマライクに仕上がる手応えは十分に実感しているようでした。
Xperiaに限らず、スマホで完成度の高い映像が撮れるようになると、例えば役者にスマホを持たせて、キャラクターの視点映像を場面に挿入したり、演出やシナリオに広がりが生まれる期待があると水口さんは語っていました。
上野さんもスマホの動画が洗練されてくると、例えばインスタグラムのようなSNSにアップされる動画自体のクオリティが高くなり、投稿される動画自体の毛色も変わるかもと話していました。誰かの日常を切り取った投稿が主流の中から、よりアーティスティックな動画が評価されていき、その場で開催されるコンテストを通じて優秀な映像作家や作品が生まれる可能性もありそうです。
もっと期待したいこともある
一方では「せっかく3つのレンズを搭載しているのだから、同時に広角・標準・望遠の動画が撮れたら面白そう」だとか、「撮影前に被写体にカメラを向けてライブプレビューをしながら露出の微調整やフォーカスの確認ができる機能が欲しい」といった声も上がってきました。
Cinema ProはXperiaのハードウェアと深く結びついている所もありますが、基本はソフトウェアによって実現している機能なので、今後のアップデートによって強化・改善が図られたり、操作性やインターフェースにも手が加えられる可能性は大いにあると思います。Cinema Proを使うユーザーが増えるほど、ますます使いやすくなっていくことでしょう。
また水口さん、上野さんがXperiaで撮った動画作品がいつかどこかの機会で見られる日が来ることも楽しみに待ちたいと思います。
撮影/中田 悟、我妻慶一