Vol.113-2
本連載では、ジャーナリスト・西田宗千佳氏がデジタル業界の最新動向をレポートする。今回のテーマはソニーの耳をふさがないイヤホン、LinkBuds。この製品で新たな市場開拓を試みる背景を読み解いていく。
過去、オーディオ機器といえば錚々たる「オーディオメーカー」の独壇場だった。そのなかには、日本の家電メーカーも含まれる。だが、現在のオーディオ市場、特に、プロやマニア市場ではない一般的な人々が買う製品の多くは、オーディオメーカーとしての伝統が薄い企業のものになりつつある。
こういう話をするとアップルを思い浮かべる人が多いかもしれない。だが、アップルもiPodの頃から数えれば、すでに20年以上もオーディオに関わってきた歴史があり、十分に“古参”と言える。
そうではなく、これまでは自社製品としてオーディオを扱ってこなかったアマゾンやGoogle、マイクロソフトのような大手ITプラットフォーマーが当てはまる。さらには、PC周辺機器メーカー、そして、GEOや各種100円ショップなど、これまでならヘッドホンを自ら売らなかったようなところからも「自社ブランドのワイヤレスヘッドホン」が出るようになったことが、いまの変化なのだ。
その中核にあるのは、オーディオがデジタルになり、LSIとソフトウェアで構成される要素が増えたという変化だ。
現在、多くの機器は中国で生産されるようになった。そこでは、単に生産するだけでなく、設計の段階から請け負う事業者が増えている。彼らに依頼すれば、それまでヘッドホンを扱ったことのない企業でも「自社ブランドヘッドホン」は販売できる。
特にBluetoothヘッドホンは、有線のモノ以上にLSIとソフトウェアで出来上がるものだ。中国にある少数の生産請負企業が設計し、それを多数の企業が採用していまに至る。結果として、“単なる完全ワイヤレス型Bluetoothヘッドホン”なら、10ドル・20ドルといった安価なコストで生産できてしまう。
良いヘッドホン、良いデジタルオーディオ機器を作るには、音を良くするために、オーディオメーカーとしての知見がもちろん必要になる。だが、デジタルオーディオではそうした知見の関与する部分よりも、生産請負企業が持つノウハウの方が有利に働く部分が出てしまう。
そうなると、ごく少数の自社設計で開発する企業、専用設計にこだわる企業を除くと、どこもあまり差がない製品になってしまう。差別化点はオーディオの知見と同等以上に“IT機器を作るための知見”になるからだ。
結果として、IT機器の知見とオーディオの知見を持つ少数の企業はオーディオメーカーとして生き残り、差別化できなかった企業はコスト競争力の前に敗れていく。だから、ごく一部のハイエンド製品を除き、オーディオメーカーの存在感は失われてしまったのである。
ソニーであっても、安泰なわけではない。音質は重要だが、そこに高いお金を払ってくれる人ばかりに注目していても市場は広がらない。そこで新規市場の開拓として作ったのが「LinkBuds」、と言うわけだ。
では彼らが考えた、開拓すべき市場とはどんな領域なのか? そこは次回のWeb版で解説していく。
週刊GetNavi、バックナンバーはこちら