「怪談」と聞くと、幽霊や心霊スポットといった、純粋に背筋が凍るような怖い話をイメージする人が多いかもしれない。しかし、怪談研究家・吉田悠軌さんの最新刊『教養としての名作怪談』には、歴史や民俗学、文学といった多様な要素が詰まっており、私たちの知的好奇心を刺激する「怪談の奥深い世界」が広がっている。
今回は、怖いだけではない、新たな魅力を知るのにおすすめの怪談3つを、吉田さんの解説をもとにご紹介していこう。
吉田悠軌(よしだ ゆうき) 作家。怪談・都市伝説研究家。1980年東京都八王子市出身。実話怪談の語り手としてイベントやメディアに出演するほか、テレビ番組「クレイジージャーニー」では禁足地や信仰文化を案内している。
【源氏物語】千年前の「生霊」に学ぶ嫉妬と愛憎劇
『源氏物語』は、日本文学の最高傑作のひとつ。この作品、実は怪談としても一級品であることをご存じでしょうか。
その内容には、愛する人への強い嫉妬や憎しみが生霊という形になって現れる、というものがあります。主人公・光源氏の正妻である葵の上、そして光源氏と人知れず逢瀬を重ねていた夕顔が、光源氏の愛人であった六条御息所の怨念に祟られ、それぞれ命を落とすというエピソードは、まさに「生霊」を描いた日本最古の怪談です。

もしかしたら、自分は誰かに恨まれているかもしれない。もしくは、誰かのことをひどく恨んでいるのかもしれない。
源氏物語こそ、愛憎渦巻く人間関係のダークサイドを描き切った大傑作怪談でしょう。人を恨んだり妬んだりする気持ちは、千年前から現代に至るまで、変わることがないのです。
<POINT>
・光源氏の愛人・六条御息所の生霊が彼の周りの女性へと祟る。
・夕顔は突然死し、光の正妻・葵の上は御息所にとり憑かれる。
・人間関係の軋轢としての生霊を、紫式部が見事に描いた。
【三種の神器】「怪談めいたエピソード」に隠された日本の歴史
皇位の証とされる三種の神器、八咫鏡(やたのかがみ)・草薙剣(くさなぎのつるぎ)・八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)。 その存在は謎に包まれており、誰も見てはいけないとされています。
実際に、神器を祀る神官が不吉な目に遭ったり、天皇が神器にまつわる禁忌を破り、災いに見舞われたりする話が残されています。これらの話は、神器が単なる宝物ではなく、日本という国にとって、そして古来の日本人にとって、畏怖の念を抱くほどの神秘的な存在であったことを示唆しているのではないでしょうか。

また、とにかく異説が多い点も見逃せません。真偽を含めた複数の言説があり、それらが語られるほど、三種の神器の力が増していく。これこそ、まさに怪談とよく似たメカニズムです。
誰も見てはいけない日本最大の禁忌は、数多くの人に語り継がれつつ、いまもなおベールに包まれています。
<POINT>
・皇室に伝わる鏡・剣・勾玉がどのようなものか天皇すら知らない。
・神器の由緒や継承についての記録は、各文書によって主張が異なる。
・それら神器を見るのは絶対の禁忌とされ、祟りめいた怪談も多い。
【鍋島の化け猫】武士社会の暗部を映し出す「化け猫」伝説
「鍋島の化け猫」騒動は、江戸時代から語り継がれてきた、誰もが知る有名怪談。鍋島藩主と龍造寺家の家臣との間の確執を「化け猫」という怪異現象を通して描かれた物語です。
実は、この話はさまざまな形で文章化・演芸化されており、現在でも幾多のバージョンが存在しています。『教養としての名作怪談』では、長大な物語の中から、特に怪談的な要素を凝縮してまとめました。
いずれのバージョンにも共通するのは、当時の社会の暗部を「化け猫」を通じてあぶりだしていること。武士社会における権力闘争や主君への不満、藩内の不穏な空気など、人間関係の複雑さや社会の歪みを浮き彫りにする怪談なのです。

鍋島の化け猫は、怖い話であると同時に、当時の世相や人々の心理を読み解くための貴重な歴史資料と言えるでしょう。
<POINT>
・佐賀藩主・鍋島家を化け猫が襲った有名怪談で、多くの異説がある。
・大きくは「老猫の祟り」「龍造寺家の怨霊」の二系統に分かれる。
・様々な怪談が混ざり合い、近代以降もたびたび作品化された。
