新型コロナウイルスの影響によってエンタメ業界は大きな打撃を受けました。いまだ先の見えないなか、今後のエンターテインメントの興行はどうあるべきかを、演劇、プロレス、アイドルとジャンルの異なる3人のプロデューサーからお話を伺いました。
(構成・撮影:丸山剛史/執筆:小野田衛)
【出席者】
●水木英昭(演劇:水木英昭プロデュース主宰)
●高木三四郎(プロレス:DDTプロレスリング、プロレスリング・ノア社長)
●福嶋麻衣子(アイドル:でんぱ組.inc、ライブ&バー「秋葉原ディアステージ」プロデューサー)
コロナ騒動による変化
──今回は同じエンタメ業界ながら「舞台」「音楽」「スポーツ」と異なるジャンルで活躍するお3方にお集まりいただきました。まずは自己紹介がてら、コロナ騒動が起こってから現在に至るまでの簡単な動きを教えていただけますか。
(以下、水木) 演劇制作をしております、水木英昭プロデュース主宰の水木英昭です。これまで私たちは毎年2回ペースで紀伊國屋ホールや紀伊國屋サザンシアターなどを中心に公演を行うことが多かったんです。そして今年は山田邦子の還暦記念講演を主催することになっていたのですが、まさかのコロナが直撃。政府の要請もあったので、稽古直前の段階で中止せざるをえなくなった。現在はその舞台の振替延期公演を11月にやることが決まったので、そこに向けて始動し始めたところです。
──被害も相当大きかったですか?
水木 そもそも舞台というのは、事前に何か月もかけて準備するものなんですね。劇場を取るのも1年以上前からですし。そうした事前の準備がすべて損害に直結するわけですから、それこそ影響は甚大です。
福嶋麻衣子(以下、もふく) うちの場合、まず4月からの緊急事態宣言を受け、運営している秋葉原ディアステージが休業を強いられました。お店は1階がライブも見られるバー、2階と3階がレストランという作りになっているんです。現状、2階と3階はキャパの半分というルールを設けながら営業するようになりましたが、1階はいまだに客入れはせず、配信スタジオとして使用する程度です。
水木 所属アイドルグループのライブはどうしているんですか?
もふく うちに限らず、メジャーレーベル所属アイドルの大半は観客が入った状態でライブができていませんね。3月から現在の10月までの約半年間、すべてキャンセルしました。ただ一方で、インディーズ系の子たちが出るイベント……具体的には500人以下の規模くらいは徐々に再開し始めています。
高木三四郎(以下、高木) プロレスの場合、興行自粛の動きが出始めたのが2月後半から。そのあと3月中旬に一瞬だけ開催できた時期があったんですよね。DDTは幸運にもそこで後楽園大会をお客さんを入れた状態で開くことができたので、なんとか最低限の売り上げは確保できたといったところです。
──緊急事態宣言以降は?
高木 4月は何ひとつ動けなかったです。でも、とにかくわかっていたのは動画配信サイトに力を入れるしかないということ。ですから5月以降は無観客の配信を積極的に行ってきました。スポーツ界全体を見渡してみても、かなりこの動きは早かったほうだと思います。そして6月半ば以降は有観客での大会が一応は開けるようになったのですが、これも簡単にはいかなかった。国側の出したガイドラインでは「会場収容人数の50%」となっていたのですが、会場側がそれ以上の自主規制を敷くようになったんですよ。というのも新宿シアターモリエールさんの件(※1)から、「うちはクラスター化したくない」ということでどんどん過敏になっていったので。結局、貸す側の責任問題にもなってきますからね。
※1:2020年6月30日~7月5日まで新宿シアターモリエールで行われた「THE☆JINRO イケメン人狼アイドルは誰だ!!」で劇場クラスターが発生。出演者17人、スタッフ8人、観客34人と計59人の感染が判明した。
もふく 自主規制ということは、基準もバラバラなんですか?
高木 完全にバラバラ。区の施設などは収容人数の3割程度のところが多かったかな。行政側には「プロレスはコンタクト・スポーツ。そもそもコロナ禍でやってはいけない」という意見も根強くて。
もふく 先ほどディアステージも1階は解禁していないと言いましたけど、実はこれも完全に自主規制なんですよ。コロナが発生したら、何を言われるかわからない怖さもありますし。そもそも100人も入らない小さな箱なので、半分に絞ったところで、どうしてもディスタンスは維持できない。だったら最初から1人も入れないで配信に振り切ったほうが、いろんな面でリスクは少ないと考えたんです。
──興行を中止にする場合、会場に対するキャンセル料というのはどれくらい負担するものなんですか?
もふく そこはライブハウスによって対応がまちまちで、キャンセル料を100%取るところもあれば、公演を後ろに延期することで対応していただくというケースもあります。全体の印象としては大手のライブハウスのほうがキャンセル料をそのまま徴収するところが多く、昔から繋がりがあるところは比較的融通がきく感じでしょうか。
水木 演劇界もケース・バイ・ケースではあるのですが、基本的には折半……つまり主催側と劇場側が50%ずつ持つことが多いです。結局、国がキャンセル料を負担してくれるわけじゃないですよね。そうなると、誰かがその額を被らなくてはいけない。主催側が1円も払わないとなれば、100%劇場側がダメージを受けるというだけの話。被害額に対するリスク分担を、それぞれ話し合いの中で決めていく状態が続いていますね。
──3月には格闘技団体・K-1が、さいたまスーパーアリーナでの大会を強硬開催しました。このときは行政や世論の反発も相当大きかったですが。
水木 K-1の件も新宿シアターモリエール『JINRO』の件も同じで、どこかで問題が起こると業界全体の話になってしまうんですよ。当然ですが、ほとんどの劇団は念には念を入れた状態でコロナ対策をしているわけです。クラスターなんて非常に稀なケースですから。それでもどこかで事故が起こると、そこばかり報じられるんですよね。さらに一斉締め付けといった流れになると、業界内から自粛警察みたいな動きも出始める(苦笑)。まぁ心情的には理解もできますけどね。「俺たちはしっかりやっているのに、あいつらのせいで……」という気持ちなのでしょう。
もふく そのへんはアイドルも似たようなところがありますね。ひとくちにアイドルと言っても、地下アイドルと呼ばれるようなところからメジャーアイドルまでコロナ対策はピンキリなんです。運営の人数も少なく自分たちだけでやっているアイドルもいるくらいなので、怖いもの知らずでやれちゃうところもある。「危ないな」と感じるところは正直あります。「本当にこれ50%?」とか。逆に世間体を気にする中堅以上のクラスがなかなか動き出しにくいところだと思います。
月々のPCR検査費は100〜200万円
──ライブができない地下アイドルは、収益がなくても持ち出しもかからないですよね。だけど大手の場合は社員も大勢抱えているし、維持運営費も毎月飛んでいくわけじゃないですか。そう考えると、小さいところのほうがダメージは少ない?
もふく そこは微妙なところで、固定のファンがある程度いる中規模以上のところはすでにいるお客さんが支えてくれるぶん、オンラインに移行しやすい面もあるんですよ。逆にこれからファンを増やしていこうとする新人グループとか、ライブでしか収益を得ることができないグループは手の打ちようがない。現状、地下アイドルこそライブを積極的に行っているのはそういう事情からであって、数人のスタッフを食べさせるためにライブをやめるわけにいかない。
水木 アイドルの場合は握手会目的のファンも多いと思うのですが、そのあたりはどうなっているんですか? 配信だと握手できないですよね?
もふく だから現実に解散ラッシュは起こっていますよ。接触ありきでのマネタイズというのは、ここ何年かでできあがっていたアイドルのビジネススタイルでもありましたから。接触の価格もコロナ以前はかなり安いところも出てきていましたが、コロナ後はツーショット・チェキの価格が急上昇しているという現象があるんですね。どこもなかなかチェキ会を開けなかったものだから希少価値が出ているし、そもそも入れられる人数が少ないから単価を上げざるを得ない事情もある。これまで1000円で売っていたチェキを2000円で販売することがありますし。
──新日本プロレス、スターダム、パンクラスといったプロレス・格闘技の大会では、直前に選手の発熱が判明して中止に踏み切ったケースもありました。
高木 DDTグループの東京女子プロレスでも、同じような興行中止があったんです。そのときは保健所と改めて話し合う機会を設けたので、こちらもガイドラインを詳しく把握することができた。そこはプラスになったのかなと考えているんですけど。
水木 詳しいガイドライン? それは気になりますね。
高木 まず言われたのが、「場外乱闘は完全NG。やったら一発アウト」ということでした。
──客席のファンに強引にキスしつつ入場する男色ディーノ選手は?
高木 だから男色ディーノは2月後半から一切お客さんにチューしていない! 彼のフラストレーションは溜まる一方で、現場は大変な混乱に陥っています!
もふく DDTで一番の被害者は男色ディーノ選手でしたか(笑)。
──選手の1人に陽性反応が出たとして、大会全体を中止にする必要があるんですか? 当該選手と対戦相手の試合を減らすだけではダメ?
高木 ガイドライン的なことを言うと、選手に陽性反応が出ても客席のお客さんは濃厚接触者に該当しないんですよ。ただ直接の感染はないとしても、お客さんにとって陽性が出た選手がいる団体の試合を観るのって心理的に怖いと感じる人も多いはずなんです。大会の中止はそうしたことも踏まえて総合的に判断した結果です。新日本プロレスさんなどは第1試合開始直前5分前とかに中止に踏み切ったから、それはそれで大変な決断だったと思いますけど。
もふく 私もいろんな方の話を聞いていて驚いたんですけど、濃厚接触者の定義ってかなり狭いんですよ。「えっ? そこまで近い距離なのに濃厚接触にならないの!?」というのが正直な感想で。たとえばコロナ陽性者と同じ部屋で食事をしていても、マスク1枚つけているだけで濃厚接触者の基準からは外れちゃうんですね。そんな基準がベースにあると、「濃厚接触に当たらないから安心だな」とは到底思えないですよ。やはり検査したほうがいいという話になる。保健所がどう言うかは別として、主催者側が任意で動かなくちゃいけない部分が多すぎるんです。かかるお金にしたって保険がきく場合は無料で済むけど、任意になった瞬間、高額になりますしね(苦笑)。
水木 本当に理不尽な話ですよね。
もふく 結局、アイドルの場合もプロレスと同じなんです。10人くらいのアイドルグループで1人陽性者が出たとして、たとえ他のメンバーが濃厚接触者じゃなかったとしても、運営としては検査します。検査しないとお客さんだって安心できないですし。陽性の当人だけ隔離すればOKという話じゃなくなってくるんですよ。
高木 そうそう。僕が東京女子プロレスの興行中止で痛感したのは、1人でも陽性反応が出ると興行全体の組み立てがガラリと変わるということ。まずその選手は少なくても2週間、自宅待機で試合に出ることができないわけです。このへんは格闘技とプロレスでも違うんです。格闘技の場合は大会と大会の間が空いていて、普通は3か月に1回とかのスパンで開催しますけど、プロレスは毎週やるわけで。僕らも月に10興行くらいやっていたのを、コロナ後は月5~6ペースまで減らしてはいるんです。それでも2週間出場できないと、その選手だけじゃなく団体全体のストーリーラインにも大きな影響が出る。こうなると、もはや選手の健康管理は最重要課題。検査にかかる費用だけでもバカにならないです。
もふく ちなみに、おいくらくらいかかっていますか?
高木 月に100万~200万円くらいですね。
もふく うちも同じで、PCRの費用だけでめちゃくちゃ飛んでいくんです。超大変ですよ。
高木 だったら、そこは情報を共有していきましょうよ。「この病院なら安いぞ!」とか(笑)。
水木 アハハ! それは、ぜひうちも乗りたいところですね。しかし、検査だけで毎月200万もかかるのか……。
高木 僕らが受けているPCR検査はかなり安くしてもらっていて、1人につき1万数千円くらいなんです。
もふく あっ、それは安いですよ! うちはいろいろ探したけど、一番安いところで2万円くらいでしたから。リアルにうらやましいな。
高木 ただ、その金額で済むとしても、それを70人が受けると100万円くらいになりますから。ほかにも感染予防対策として、お金はいろんなところで必要になってくる。中でも大変なのが物販のところで使うアクリルの透明シート。うちはあれを使い捨てにしていて、毎回、買い直しているんですけどね。
もふく すごい! その取り組みの姿勢は素晴らしいですよ。
本当に恐れているのは「世間から叩かれる」こと
高木 先ほどアイドルの接触ビジネスに関する話が出ましたけど、実はそのへんはプロレスも共通している。新宿シアターモリエールさんの件以降、大会を行っても選手が売店に立った状態での物販できないことが大ダメージになったんです。ゲート収入が減るのは覚悟できていたけれど、物販まで全滅となるとねぇ……。こうなると、いよいよオンラインしか活路を見いだせない。おかげさまで今はオンラインの売上をコロナ前の10倍くらいまで伸ばすことができましたが。
水木 10倍!? すごいな、それは。
高木 物販の方法もオンラインに対応するように変えました。これはアイドル業界を参考にしたんですけど。たとえばポートレート写真を買ってもらうときも、選手がファンの名前を書く様子を配信動画で流すんですよ。そうして特別感・お得感を打ち出していく。すべてがオンラインありきで動くようになりましたね。
──少しずつではありますが、観客を絞っての興行も復活しつつあります。実際の話、運営側はどこまで感染対策をすれば安全だとお考えですか?
高木 どんなに感染予防対策を万全にしたところで、100%防げるかと聞かれたら残念ながらそれは無理でしょうね。ただ、僕が本当に恐れているのは実はそこではないんですよ。これは本質を見失ってはいけないと自戒の念を込めて言うのですが……僕らはお客さんや演者や関係者がコロナに感染するリスクよりも、むしろ世間から叩かれることを恐れている部分があるんです。
もふく あぁ、それは非常によくわかりますね。耳が痛い。
高木 もしクラスターが発生したら、大きく報道されて社会から袋叩きに遭うのは間違いないですから。
水木 おっしゃる通りです。叩かれたが最後、その船は沈没して少なくても1年ほどは浮かび上がることもないでしょう。極端な話、本当に本気で感染を防ごうと思ったら、すべての演者がフェイスガードをつけなくてはいけないし、すべてのお客さんにもフェイスガードをつけてもらう必要がある。もしそれを実行したとして、お客さんはそれでも劇場に足を運ぼうと考えるのか? これはもはや価値観の問題になってくる。
高木 最終的には、そういう話になっていくでしょうね。
水木 我々は国のガイドラインに従うことしかできないんです。そのガイドラインにしたって、たとえば収容人数50%が絶対に安全かというと、そこには何の科学的・医学的な根拠はない。さらには状況も刻一刻と変わっていて、11月30日までは収容率50%はなく人数制限ということになっている。これだって経済再生のためといえば聞こえはいいけど、無責任な対応ですよ。だって11月30日までは規制緩和しておくとしながら、一方でこの期間にクラスターが発生したら再び締め付けるというお触れが出ているんですから。現場としては、どうすればいいんだっていう話で。一体、誰が責任を取るんだということになる。
──水木英昭プロデュースの山田邦子さん主演舞台も11月27日から始まります。
水木 それも結局、もしクラスターが発生したら公演中止で全額払い戻しですよ。しかも自分たちのところでクラスターが出るならともかく、どこかで発生したら一発でダメということですから。とんでもない大博打だと自分でも思う。何が一番大事かって考えると、お客さんの安心感だと私は考えるんです。以前と同じように安心して会場まで足を運ぶことができる環境づくり。もし収容率50%や現状の人数制限では医学的根拠が希薄で安心できないというのであれば、政府や業界全体が力を合わせて安心できる環境を取り戻すべきなんです。それなのに今は足を引っ張り合っているようなところもある有様ですからね。
──先ほど「観客を入れる以上、100%防ぐことは不可能」という話が出ました。経営者は常に最悪の事態を考えると言われますが、万が一、クラスターが自分の興行で発生したときの対応は?
水木 クラスターが判明するタイミングって、興行をしているその瞬間ではなくて後日じゃないですか。そこが難しいんですよ。その瞬間に判明するのなら現場で対応する方法もあるのかもだけど、あとから「実はクラスターでした」と指摘されても……。「我々もここまで感染対策をやっていたんですけどね」という説明くらいしか現実的にはできないのかなと。もちろん可能な限りの補償はさせていただく覚悟は持っていますけど。
もふく うちは感染者やクラスターが出た際のプレスリリースの文章などをシミュレーションして用意しています。
水木 えっ、本当ですか!
もふく どんなに気をつけていても、クラスターや感染者が出る可能性はどこにでもある。一番大事なのは事故が起こった直後の対応じゃないですか。ステップ1の初動として、まだ状況が見えないうちはタレントに不安を煽ることや想像させることをSNSで書かせない。そういうところから始まって、対応を弁護士さんとも相談しながら考えたりしています。
水木 素晴らしいですよ、その危機感の持ち方は。
もふく もしクラスターが発生したら、当然、世間から大きく注目されることになるはずです。そのとき炎上騒動になるのではなく、「ここまで対策を練っていたのなら仕方ないね」と納得していただけるようにする。できることといえば、せいぜいそれくらいなんですよね。変な話だけど、今は「うちはちゃんと対策を練っていますよ」というアピール合戦みたいになっている部分もありますから。
高木 うちも発生した場合の対策ガイドラインは作っています。その作業は親会社のサイバーエージェント法務担当者と一緒にやりましたね。
チケットを5万円で売るという逆転の発想も必要
──関係者からは「収容率50%ではチケットが完売しても赤字になってしまう」という嘆きも聞こえます。照明、音響などの外部スタッフや出演者のギャランティを削減することでコストカットは可能なのでしょうか?
水木 無理でしょうね。半分埋まったとしても赤字というのは、ほとんどのところがそうなのではないでしょうか。
高木 コストカットねぇ……。そこに関しては、結果として経費削減に繋がった部分はあります。というのもプロレスの場合、外国人選手やフリーの選手がリングに上がるケースが多いんですよ。ただし、こうしたご時世になると外国人選手は呼べないし、様々な団体に上がっているフリーの選手も感染リスクを考えると怖くて頼めない部分がある。いくら自分のところでしっかり感染対策していても、他の団体で感染しちゃったら同じですから。したがってゲスト選手のファイトマネーがそのまま浮く格好になるんですけどね。
水木 それで動員は変わらないんですか?
高木 当然、影響はあります。たとえばコロナ前は1500人くらい入っていた後楽園ホールを今は500人くらいの観客数でやっているんです。収容人数50%にして、それでも埋まらないレベル。人気の外国人選手やフリー選手が出ないということは、やはりパッケージとしてワンランク落ちることを意味しますから。単純に経費が削減できたと喜べるわけじゃないんですよね。
──素朴な疑問として、プロ野球やJリーグは外国人選手が普通に出場していますよね。なぜプロレス・格闘技はダメなんですか?
高木 それはシンプルな話で、ビザの問題です。長期ビザと短期ビザというものがあって、プロ野球みたいにシーズンを通じて出場が見込まれる場合は長期を取るわけです。だけど使えるか使えないかわからないような外国人選手をテスト的にプロレスのリングに上げる場合、まずは短期ビザで対応することになる。だからプロレスでも1年ビザを持っている外国人選手は普通に出場していますよ。逆に3か月ビザをコロナ前に取った選手は時間切れでもう本国に戻らなくてはいけないし、新たに取り直そうと思っても今はなかなか難しいんです。
もふく なるほど。そういう仕組みになっていたんですね。
高木 同様に日本人選手が海外に行くのも今は非常に厳しい。団体経営者としては、アメリカにある業界最大手の団体・WWEに選手を引き抜かれなくて済むのでホッとしている部分もありますが(笑)。
水木 つまり中邑真輔選手みたいなパターンですか。プロレス団体の経営って本当に選手引き抜きのリスクと隣り合わせなんですね。それは興味深いなぁ。実は山田邦子主演で今度やる舞台というのは、山田がプロレス団体を新たに立ち上げるというストーリーになっているんです。
高木 だったら、その舞台も山田邦子さんが引き抜き合戦で憔悴する場面を入れておいたほうがリアルかもしれませんよ(笑)。
──制作面でのコストカットとは別に、チケット代を高くするという方法も考えられると思います。9月に行われたsora tob sakanaの解散コンサートは、一番いい席が6万8千円という高額で話題になりました。このときは「客席を絞るのだから高くなっても致し方ない」と好意的なファンの声が目立ちましたが。
もふく あれは極めて特殊な事例ですよ。解散ライブという特別なシチュエーションに加え、sora tob sakanaさん自体が独自の音楽性を貫きながら熱心なファンに支えられていたわけで。シチュエーションによっては、めちゃくちゃ叩かれると思います(笑)。そういうこともあって、どこも高額でのチケット販売は慎重に考えていますよね。
高木 高額チケットについては、僕もひとつアイディアがあったんです。今だったら東京ドームで大会が開けるのではないかということをひらめいたんですね。新日本プロレスさんがドームでやるときは、大体3万5千人から4万人くらい入れている。僕らなら、頑張ってもせいぜい1万人くらいしか入らないでしょう。だけどコロナ禍では「ドームに1万人」でもさほどカッコ悪くは映らないじゃないですか。
水木 すさまじい逆転の発想だなぁ(笑)。
高木 なんだったら、1万人と言わず千人でもいいくらいです。東京ドームを借りるのは、どうしたって5千万円くらいはかかる。だったらお客さんは千人限定にして、チケット1枚を5万円で販売すればいい。そう僕は会議で緊急提言したんです。そうしたら全社員から見事に総スカンを喰らいましてね(苦笑)。「そんなの絶対に炎上しますよ!」って厳しく叱責されました。
もふく DDTはsora tob sakanaとは違うわけですね(笑)。
高木 でも、それくらい突き抜けたことを考えないとダメだと思うんですよね。じゃないと、この閉塞した状況は打ち破れないはずだから。
──マネタイズに関しては、今はとにかく配信に全力を注ぐ感じですか?
水木 そうですね。オンライン配信というのは、これまで演劇の世界では2.5次元以外ほとんど取り組んでいなかったジャンル。だけど、おもいっきりそこに舵を切っていくしかないでしょう。正直、高木さんのプロレスや福嶋さんのアイドルと比べて、演劇というのはそのへんがすごく遅れているんですよ。だけど言い方を変えると、あえてアナログにこだわっていたところもあって。
高木 そこが舞台のよさでもあるんじゃないですか?
水木 そうなんです。「別に劇場に足を運ばなくてもいいじゃないか」ということになれば、DVDでドラマを観たほうが早いという話になっていくでしょうし。そういった映像作品に比べて演劇が勝っているところがあるとすれば、それは生の臨場感ですから。劇場の様子をライブ配信するということは、そのいいところを失ってしまうかもしれないジレンマがあるんです。だけど今はそんな流暢なことも言っていられない。配信を観ていただくことで、演劇を身近に感じてもらうことを優先するべきだと考えています。そしてコロナが一段落してから、実際に劇場へ足を運んでいただけたら幸いですね。
もふく 最近、オンラインの位置づけを「現場に行ったことのない人、ライトファンや地方の方が気軽に見れる場」として考えるようになりました。そもそもチケットが買えないこともあるリアルな会場でのライブは「濃いコアなファン向け」という作り方を考えています。配信を入口にして「ライブを会場で観たい」「実際に会いたい」と興味を持ってもらえたらいいかなと。配信ライブをやるようになってから、地方在住や海外のファンの方が増えたというプラスの面もありましたし。
──配信がリアルなライブの「ついで」ではなくなるということでしょうか。
もふく AKB48さんが大ブレイクしてから、「アイドル=会える対象」という考え方が世の中で浸透しましたよね。だけど同時にこれは「アイドルにどう希少価値をつけるか?」という面で難しくなった部分もあるんです。はからずも今はアイドルが「会いたくても会えない対象」になっている。ポジティブに考えれば、これはチャンスなのかもしれないなと。80人キャパのライブを観るということに一種のありがたみが生じているので、今後は生のライブがよりファンクラブ寄りの内容になるのかなと。配信でファンの裾野を広げ、レアなライブではコアなファンに喜んでいただくという2層。
高木 う~ん、いろいろ考えさせられるな。
もふく 高木社長のところはサブスクみたいに毎月課金して見放題のサービスをやっているじゃないですか(WRESTLE UNIVERSE)。あれなんて、ものすごくうらやましいですよ。試合をやるたびにアーカイブが増えていくわけですし。すぐにでも真似したいくらいです(笑)。
高木 すぐにでも業者を紹介しますよ(笑)。ノアのコンテンツが入ったことで、WRESTLE UNIVERSEの会員数は倍近くに増えまして。そのとき、海外のお客さんが一気に増えたんですよね。とはいっても、うちはまだ海外が2割くらい。新日本プロレスさんのところは会員の半分が海外で、海外だけでも5万人くらいいると言われていますから。そこと比べるとまだまだですけどね。
飢餓感にきちんと応えられるようなイベント作りを
──政府からはコンサートや映画チケットの割引を支援する「Go to イベント」の実施も発表されました。現時点(※取材は10月2日)では詳細もわかっていない部分が多いのですが、どうお考えでしょうか?
水木 どんどん積極的にやっていただきたいです! たしかにGo to イベントがどんなものなのか、僕も全然わかっていないですよ。それでも何もやらないよりは動いたほうがいい。
もふく お願いがあるとすれば、なるべくシステムをシンプルにしてほしいということ。給付金とかにしても、手続きが異常に煩雑だったりするじゃないですか。どうせなら誰でも使えるようにしてほしいんですよ。
高木 僕も水木さんと同じでガンガンやるべきだという考え方。なぜならネガティブな情報ってすぐに拡散するけど、その逆ってなかなか伝わらないから。「東京の感染者数が400人を超えました」というのが大きく報じられる一方で、「感染者が100人を切りました」は話題にならないじゃないですか。プロレスもアイドルも演劇も「大声を出すな」「集まるな」みたいなことをコロナ騒動以降ずっと言われてきたわけです。国からネガティブ・キャンペーンを張られたようなものですよ。
水木 たしかに足を引っ張られた感はありますよね。
高木 散々ネガティブなことを言われてきたんだから、ここで大々的にポジティブな声を上げてもらわないと割に合わないです。そうしないと、お客さんの心は戻らないですし。
──コロナが収束したら、ファンは速攻で会場へ行こうと考えますかね? 一度下がったテンションは、なかなか戻らない気もするのですが。
水木 たしかに今はお客さんも演劇どころじゃないかもだけど、「劇場で観たい」という気持ちは必ず戻ってきます。これは絶対です。歴史を振り返ってもそれは明白で、プロレスでもアイドルでも演劇でもヒーローやヒロインが輝いているときこそ社会は明るくなるものなんですね。逆に言うと、我々は新しいヒーロー像・ヒロイン像を世の中に提示しなくてはいけない。
高木 お客さんの心が前と同じように戻るのは少し時間がかかるはずです。だから持久戦にはなるでしょうね。だけど世の中が混乱しているときって、ヒーローが生まれやすいんですよ。だからレスラーにとっても今はチャンスじゃないかな。ちょうど昨日、選手たちとメシを食っていたら石原さとみさんが結婚したというニュースがテレビから流れてきたんです。「お前らだって石原さとみと結婚していればヒーローになれたのに……。だからお前らはダメなんだよ!」って説教したら、みんなポカーンとしていましたけどね。
もふく 言ってることが、めちゃくちゃです(笑)。アイドルに会えないということでライブに希少価値が出ているのは間違いないので、コロナが落ち着いたあとはその飢餓感にきちんと応えられるようなイベント作りを心がけたいです。
水木 うん、それは私も同じ考えです。最後に問われるのは作品の質ですから。こういう時代だからこそ、観ている人を勇気づけるようなものを作りたいですね。
【プロフィール】
みずき・ひであき
◎1969年、茨城県出身。87年に劇団スーパー・エキセントリック・シアターに入団すると、2000年に退団に至るまですべての本公演に出演。三宅裕司の演出助手も務めた。退団後も映画やテレビなどでも八面六臂の活躍を見せていたが、05年からは「水木英昭プロデュース」を主宰。音楽、映画、パフォーマンスなど各分野のアーティストを集結させ、独創的な作品を発表し続けている。
たかぎ・さんしろう
◎1970年、大阪府出身。株式会社CyberFight代表取締役社長。DDTプロレスリングの社長を務めながら、2020年1月からはノア・グローバルエンタテインメントの社長も務める。両社は2020年9月に経営統合し「株式会社CyberFight」に(両団体はそのまま存続)。DDTはエンタメ色の強いスタイルで日本武道館や両国国技館での大会を成功に導く一方、アイドル界との交流や飲食店経営など新たな挑戦を続けることにも余念がない。マット界のトップランナーとして業界内外から常に注目を集める。
ふくしま・まいこ
◎1983年、東京都出身。通称「もふくちゃん」。大学卒業後、美術館勤務や雑誌編集を経て、2007年に秋葉原ディアステージをオープンする。同店のキャストをメンバーにして、アイドルグループ・でんぱ組.incをプロデュース。アキバのストリート直系の斬新な手法で新風を巻き起こす。その他にも虹のコンキスタドール、わーすたなど携わったアイドルは枚挙にいとまがない。