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2020/12/24 18:15

なぜ“第九”は年末の風物詩?“歓喜の歌”には裏がある?「ベートーヴェン」を三枝成彰氏が語る

おそらく日本でもっとも有名なクラシックの作曲家といえば、ベートーヴェンでしょう。1770年12月16日前後に生まれたとされ、2020年は生誕250 年。世界中で記念するイベントやコンサートが企画されました。

ベートーヴェンの肖像。※Wikimedia Commonsより

 

こちらは誰もが知る、ベートーヴェンの姿。しかし、エピソードを辿ると意外な一面も見えてきます。なぜ年末になると“第九”が演奏されるのか?「歓喜の歌」には実は、裏に隠された意味があった!? ────

 

あらためてベートーヴェンとはどんな人物だったのか、かの有名な第九に隠された意外な物語とは、そして初心者も楽しめるクラシックの“入り方”とは……などを、日本を代表する作曲家で指揮者の三枝成彰さんに、解説いただきました。

 

ベートーヴェンははじめての“フリーランス作曲家”

宮廷に仕える歌手だった父親と、料理人の娘だった母親の子として生まれたルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)。ベートーヴェンの母語であるドイツ語では、「ビート(砂糖大根)」「ホーヘン(農家)」という意味からきており、祖父の代以前は大根農家だったそう。ベートーヴェンは酒好きの父親に代わって家計を助けるため、7歳のころからピアニストして活動させられていました。その後も長く演奏家として活躍していましたが、病により難聴が進行してしまったことから、作曲家への転向をはかります。

※Wikimedia Commonsより

 

「耳がまったく聴こえなくなってしまってからは、かなり苦悩したといわれています。死も考え、どう生きたらいいかもがく中で、ベートーヴェンは作曲家としての道を切り開きますが、これまでの作曲家がパトロンや教会に仕えていたのに対し、はじめて人に雇われて曲を書くのではなく、今でいう“フリーランス”として作曲しはじめたんですね。しかも30歳をすぎてからのデビューでした」(三枝成彰さん、以下同)

 

誰かに傾倒することもなく、独自の世界を認めたベートーヴェンの曲。

「斬新で独創的で、ワーグナーをはじめ、その影響を受けなかった音楽家たちはいないと言えるのはないでしょうか。たとえばモーツァルトのように、いつも枠を出ずに一定のクオリティーを保って曲を発表する職人音楽家とは対照的です。毎回新しいことにチャレンジしていくベートーヴェンのような音楽家を、芸術家と呼ぶのだと思います」

 

当時、“歌”が入る交響曲はタブーだった

さて、そのベートーヴェンが遺した9つの交響曲(※)の最後に当たる、交響曲第9番は、彼が50代半ばになってからようやく書き上げた作品。ベートーヴェンが作曲家に転向してから、実に20年もの時を経ていました。

ベートーヴェン「交響曲 第9番」の自筆譜 ※Getty Images

 

「第九は他の交響曲とはまったく異なり、その後の交響曲のあり方を変えた作品でもあります。それまでにあった交響曲のルールを無視しているんですね。

もっとも大きな違いは、第4楽章に“歌”が存在すること。それまで交響曲とは言葉で伝えるものではなく、楽器のみの演奏で構成されるのが当たり前だったんですね。一方、歌唱を伴い、言葉で感情表現する音楽には“オペラ”がありますから、そのふたつが融合することはなかったわけです。当時、交響曲に歌が入るというのは、サッカーでいうなら手を使うくらいタブーとされていたことで、さまざまな議論を巻き起こしました」

(※交響曲とは……1~3または4楽章で成り立っている大規模な楽曲で、オーケストラによって演奏されます。一方、もうひとつよく耳にする“協奏曲”は、ピアノやヴァイオリンなどのソロ演奏者とオーケストラが合奏することを示します。)

写真は三枝成彰さんが作曲したオペラ『狂おしき真夏の一日』の楽譜

 

「歓喜の歌」は本来、“自由”を喜び“平等”を歌う歌詞だった

それではなぜそんなタブーを犯してまで、ベートーヴェンは交響曲に歌詞を入れたのでしょうか? それは、「言葉でしか表現できない思想があったから」なのだそうです。

 

「歓喜の歌」は、もともとドイツの詩人、シラーが、フランス革命後にドイツの学生に向けて書いた『自由賛歌(Ode An die Freiheit)』が元になっています。政治的な圧力があり、これを書き直した『歓喜に寄せて(An die Freude)』がベートーヴェンの心に刺さり、歌詞として書き直したものを交響曲に入れたのです。

 

「『歓喜の歌』の“歓喜”には、ドイツ語で“Freude”(喜び)が使われていますが、これはもともと“Freiheit”(自由)という単語だったものを、シラーが政府の圧力を受けて書き直したものです。つまりベートーヴェンは歓喜ではなく、自由を表現したかったんですね。“喜び”を“自由”に変えて解釈すると、王様も庶民もみな同じ立場の人間である、という思想が見えてきます。

実は、『だれもが平等である』ということを伝える歌なんです。当時、このような考え方はとても危険だとみなされていましたが、ベートーヴェンはどうしても言葉にしてそれを伝えたかった。そういう強い思いがあったからこそ、歌詞として用いたのだと思います。しかしそのせいで、第九は初演後22年にわたり再演されませんでした」

第4楽章で歌われる「An die Freude(歓喜の寄せて)」。“喜び”を“自由”に置き換えれば、違った思いが見えてきます

 

「でも時代は変わり、ベルリンの壁崩壊後のクリスマスに、レナード・バーンスタイン指揮によって、6か国の奏者で構成されたオーケストラで第九が演奏されました。その際、バーンスタインは歌詞を“Freude”(喜び)ではなく、本来の“Freiheit”(自由)に置き換えています。ちなみに『歓喜の歌』は、今ではEUの国歌にもなっているんですよ」

 

“第九”にある、一年を締めくくるのにふさわしいメッセージ

日本で第九が初演されたのは大正時代に遡ります。徳島県鳴門市でドイツ兵の捕虜により全曲が演奏され(女性がいなかったため男声用に編曲)、今でもそれを記念して、鳴門市では6月の第一日曜日を“第九の日”と制定し、毎年演奏会が開かれているのだそうです(ただし、1924年に九州大学の学生オーケストラが昭和天皇ご成婚を祝い、第4楽章を、歌詞を変えて演奏したのが初演とする説もあります)。

 

その後昭和に入り、“ドイツでは大晦日の日に第九が演奏される”ということに倣い、年末にラジオ放送が行われたのをきっかけにして、“年末の第九”が広がっていくようになります。

 

「第九に限らずですが、ベートーヴェンの曲は、悪いことをしようという気にならない、心が洗われていく音楽なんですね。襟を正して来年に向けて真面目に生きなくては、と考えさせられる。年末に聴くと“今年はそんなにいい年ではなかったが、来年はもっとがんばっていこう”と希望が持て、気持ちを奮い立たせてくれるのです。それが年末に聴くのにふさわしいと思わせ、広がっていったのでしょう。

とはいえ、第九番だけでも75分ほどあって初心者には難しいかもしれませんね。まずは第3、4楽章だけでも聴いてみるといいでしょう」

せっかくの年末、交響曲をもっと積極的に聴きたいという人には、全曲を一挙に聴くことのできるコンサートがあります。「毎年恒例で、小林研一郎指揮による『全交響曲連続演奏会』を12月31日に行っています。今年も開催する予定ですよ。間に休憩を入れながら、正味6時間で全交響曲を演奏します。なかなか全交響曲を聴ける機会はないので、ぜひ訪れてみてください」

 

ではクラシックコンサートに行くとなったら……次のページでは、まずはどんな演目を選べばいい? いま注目の演奏家は? ドレスコードや拍手はどうすれば? などなどの疑問への答えを、引き続き三枝さんに解説していただきます。

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