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2022/2/17 6:00

開幕直前!演出家・ウォーリー木下インタビュー「お客さんが登場人物の一人に。VR演劇にはいろんな可能性がある」

ジャンルレスで数々の舞台演出を手掛けるウォーリー木下さんが昨年上演したVR演劇『僕はまだ死んでない』が舞台版となって待望の上演。病に倒れ、体が動かなくなった主人公が病室で見る家族や友人たちの姿と本音──。VR演劇では、主人公の視点で物語を捉えた映像演劇として大きな話題を集めた本作。そこで今回は、昨年のVR演劇を通して感じた新たな演劇の可能性、そして舞台版として生まれ変わる今作について、たっぷりとお話をうかがった。

 

ウォーリー木下●うぉーりー・きのした…1971年12月20日、東京出身。演出家。役者の身体性に音楽と映像とを融合させた演出を特徴としている。最近の作品に『MANGA Performance W3』、『スケリグ』、『スタンデイングオペーション』、『バクマン。 THE STAGE』、ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』、東京2020パラリンピック開会式など。公式HPTwitter

 

主人公の気持ちを視覚から疑似体験ができる。これもVRならではだと思います

 

──ウォーリーさんは昨年、VR演劇という新たな演劇の形に挑戦しました。最初に、このVR演劇が生まれた経緯からお話しいただけますか?

 

ウォーリー 一昨年に世の中がコロナ禍となり、多くの舞台が公演中止となりました。6月末あたりから少しずつ再開の兆しが見えてきたものの、それでも従来のような公演ができるのは、まだ数年はかかるかもしれないなと思ってました。そんな時、今作のプロデューサーから、「VRを使って芝居を作ってみないか」とお話をもらいました。その後、実際に今のVR技術を体験してみたところ、これがすごく楽しくて(笑)。演劇畑の人間が作る映像としては、おもしろいものが作れるのではないかと思ったんです。

 

──当時はいろんな劇団や演劇人がオンライン演劇に取り組んでいましたが、形としてはそれまでの劇場中継とさほど違いはなく、そうしたなかで登場したこのVR演劇は新たな演劇のフォーマットを開拓した印象がありました。

 

ウォーリー そうですね。いざ台本を作ったり、演出を考えている時は、僕も新しくて画期的なものが作れそうだなという期待感がありました。もちろん、まだデバイスがそこまで普及していなかったりと受け手側のハードルの高さがあることは重々承知していましたけどね。

 

──そうして作られた『僕はまだ死んでない』は、病院に入院している主人公の視点で360°の視界を自由に楽しめるというものでした。また、VRはカメラを動かしづらいというデメリットを逆手にとったような演出で、主人公(自分)は基本的にベッドの上におり、その視点からお見舞いに来た友人や家族、医者たちの会話を見聞きするという内容でした。しかも、主人公は体が動かすことや会話ができず、ただただまわりの人間が自分の死について語るのを聞いているだけ。その様子が本当にリアルで驚きました。

 

ウォーリー ありがとうございます。当時、僕は終末医療について勉強していて、“命の選択”についてもよく考えていた時期でもあり、また、東京2020パラリンピック開会式の演出に参加していたこともあって、障害者の方々にお話を聞く機会が多くあったんですね。

 

──では、そこから着想を得たわけですか?

 

ウォーリー いえ、実際にこの作品の構想を思いついたのは、『どんなかんじかなあ』という1冊の絵本がきっかけでした。それは主人公の男の子が、目の見えない友人がどんな世界を体験しているのかを知るためにわざと目をつむってみたり、耳の聞こえない子のまねをしたりと、いろんな立場の人たちの環境を、想像をめぐらせながら体験していくというお話なんです。また、最後にはその男の子も友達から、「でも、私たちもあなたを見て、“体が動かないってどんな感じかな?”って思ってるよ」と言われるという仕掛けもあって。よく、“その人の身になって考えてみろ”という言葉を耳にしますが、まさしくそれを子どもの視点で描いた作品で、初めて読んだ時にドキッとさせられたんです。と同時に、これを体験型映像のVRでやってみたら面白いんじゃないかと思ったんですよね。

 

──実際にこのVR演劇をご覧になられた方からの反響はいかがでしたか?

 

ウォーリー 「こんなことができるんだ!?」と感動してくださる方が多かったですね。それこそ医療関係者の方にも興味を持っていただき、実際に自分が障害を持った時にどんな気持ちになるのかを疑似体験できるよさもあるのかなと感じました。

 

──これまでの劇場中継でも、お客さんを入れずに収録をすることで舞台上にカメラを設置したりと、客席からは味わえないアングルを視聴者に届けるという取り組みはよく見かけました。しかし、自分が登場人物の一人として舞台上にいる感覚になれるのは、今までになかった世界観ですよね。

 

ウォーリー 今回、劇場で上演する舞台でもVR配信をするんですが、極力、昨年のVR動画と同じ形にしようと思っています。主人公の頭の上にカメラを置くので、共演者のなかにいる感覚が味わえる。また、カメラを主人公の頭、ステージの最前、客席の後ろの3箇所に設置し、自由に視点を切り替えて楽しめるという試みにも挑戦しています。

 

──今後360°カメラを複数のキャストにつけるようなことができれば、よりいろんな視点で舞台を楽しめそうですね。

 

ウォーリー まさに。ベッドで横たわっている主人公だけじゃなく、家族や医者の視点でも見られるようになれば、感情移入するキャラクターが変わってくるでしょうし、物語の見え方もきっと違ってくる。まだ、そこまで技術が追いついていないのですが、まだまだVR演劇の可能性はたくさんあるなと感じています。

 

──なお、ウォーリーさんがVR演劇を作るうえで特に重要視しているのはどういったところですか?

 

ウォーリー 僕もまだ1本しか作っていないので語るほどの経験もないのですが、前作を終えて感じたのは、もっとリアルな表現ができるのではないかということでした。例えば、音声のLとRをもっと細分化して、より臨場感のある音を提供したり、どうしてもまだ発生してしまうカメラの歪みを軽減させたり。そうやって、現実との齟齬を削っていくことで、よりリアリティを生み出せるのではないかと思っています。また、もともと僕は新しいテクノロジーを使って、まだ見たことのない舞台を作るのが昔から大好きなんです。でも、だからといって、“どう、この技術すごいでしょ”という感じで見せていくのは間違っていると個人的には思っていて。大事なのは中身であり、いかにそれを自然に楽しんでもらえるか。テクノロジーのすごさは気づいた人だけが分かればいいんです。それでいえば、VR演劇やVR自体はまだ特別な装置という印象をお持ちの方が世の中にたくさんいらっしゃるので、VRという存在がもっと早く一般化していけばいいなと思っていますね。

 

──そのためには何が必要だと感じていらっしゃいますか?

 

ウォーリー もっといろんな演出家さんや映像作家さんが面白がってVR演劇に参加してくれたらうれしいですね。それに、演劇畑の人同士だけじゃなく、学者や研究者など他ジャンルの方々と取り組んでいき、社会との接点を持つことも大事だと思っています。そもそも、日本ではまだ演劇を観る人口が少なくて。そうした社会やポピュリズムのなかで、はたしてどういうことができるのかをぶつけあっていきたい。いまやVRのゲームは世の中に普通にあり、ライブ配信なども増えてきているので、同じようにVR演劇の可能性も模索していきたいですね。

 

舞台版は脚本をリライトし、最後に希望を感じられる内容になっています

 

──では、間もなく始まる舞台版についてもおうかがいしたいと思います。今回は劇場で上演するにあたって、改めて脚本をリライトされたそうですね。

 

ウォーリー ええ。VR版よりも登場人物たちのキャラクターをもう少し掘り下げ、バックボーンを足していったりと、それぞれの目的をより明確にし、ドラマを膨らませてもらいました。

 

──VR版では、病室に訪れる家族や友人たちが主人公の身を案じながらも、同時に、主人公が亡くなったあとのことも考えてしまうという状況がとてもリアルでした。

 

ウォーリー 生と死の境界線を目の当たりにすると、当事者だけでなく、そのまわりにいる人間たちにも、普段なら湧き上がってこないような感情が生まれ出てくる。そうしたところも体感してもらえる作品なのかなと思っています。また、今はVR版から1年が経ち、コロナ禍の状況は変わらないまでも、少しずつ世の中が前向きになってきているような気もしていて。主人公は体を動かせないという閉塞的な空間のなかにいて、そこで何を感じるかが今作のテーマの一つになっていますが、今回はそうした閉塞感の先にある光もちゃんと見せていけたらなと思っています。切ない物語ですが、登場人物たちもお客さんも最後にはちょっとだけ救われる。そんな作品にしたいですね。

 

──また、今回は矢田悠祐さんと上口耕平さんが主人公の直人と親友の碧を回替わりで交互に演じます。この意図は?

 

ウォーリー 初めは直人役が寝てばかりになってしまうのはつらいだろうと思って2役やってもらうことにしたんですが、またコロナ禍の話になってしまいますが、この2年でとても死が身近なものになったと思うんです。いつ自分がコロナに感染して、重症化するかも分からない。それって、平均台の上を歩いているような感じで、右にも左にも落ちる可能性がある。ダブルキャストにすることで、“明日は自分も当事者になるかもしれない”という作品のテーマに意図せず沿う形になりました。

 

──では、ウォーリーさん自身が今回の舞台に向けて楽しみにされていることはありますか?

 

ウォーリー この作品は、会話を中心にしてドラマを紡いでいるので、その意味では、僕が最近つくっている舞台のなかで一番演劇らしい演劇だと感じています。登場人物たちもみんなリアルな存在感を出していますし、それゆえ、劇場でご覧になると舞台ならではの臨場感も感じられる。そうした演劇的な醍醐味に久々に挑めるのがすごく楽しみですね。また、先ほどもお伝えしたようにVR配信では3つの視点で自由に切り替えが出来ますので、皆さんがどういう楽しみ方をされるのか、そこにもすごく興味があります。

 

いつか本格的にホログラムを舞台に取り入れてみたいです

 

──なお、GetNavi webということで、皆さんに最近購入されたお気に入りのアイテムをお聞きしているのですが、「これは買ってよかった!」と思うものがあれば教えていただけますか?

 

ウォーリー いま掛けているメガネですね。初めて曇り防止レンズのメガネを買ったんです。僕は普段からメガネがマストで、いまの時期はマスクをしているので、電車に乗ったり街を歩いているだけで、レンズが真っ白になっていたんです。でもこれ、すごく優秀で。まったく曇らない! あのイライラから開放されたと思うと本当に幸せで(笑)。皆さんのなかに、メガネユーザーでいつも曇りに悩まされているという方がいらっしゃれば絶対におすすめです!

 

──最後に。ウォーリーさんはいつも舞台に新しい技術をたくさん取り入れていらっしゃいますが、いま注目しているテクノロジーはありますか

 

ウォーリー いつかホログラムを演劇に取り入れたいなと思っています。ホログラム技術自体はすでにたくさんありますが、僕が目指す演出に耐えうるかというと、まだちょっと弱くて。もし技術の高いホログラムを導入できれば、いざ役者が病気などで突然公演に出られなくなっても、なんとかなりますからね(笑)。公演が中止にならないというのは本当に大きいです(笑)。

 

舞台「僕はまだ死んでない」

期間:2022年2月17日(木)~28日(月)
会場:銀座・博品館劇場

(STAFF&CAST)
原案・演出:ウォーリー木下
脚本:広田淳一
出演:矢田悠祐、上口耕平、中村静香、松澤一之・彩吹真央

チケット代金:7,500円(全席指定・税込) ※ 未就学児入場不可

 

VR配信

2022年2月17日(木)18:30公演 直人役:矢田悠祐・碧役:上口耕平
2022年2月18日(金)18:30公演 直人役:上口耕平・碧役:矢田悠祐

配信チケット:3,500円(税込)

詳しくは公式HPを確認!(公式HP)https://stagegate-vr.jp/

 

(STORY)
目覚めると、自分は病室のなかにいた。友人と医師が会話をしているが、体は動かない。動揺する友人に医師が告げたのは「元通りになる可能性はない。むしろ生き延びたことを奇跡だと思ってほしい」との言葉。なんとか動く眼を使い、意思疎通をはかるも、そんな努力のさなか、みんなは自分の都合だけを語りはじめる。命が終わろうとする瞬間、当事者ははたして何を思い、そしてまわりの人間はどんな行動を取るのだろうか──。

 

(取材・文/倉田モトキ)