エンタメ
タレント
2022/4/12 6:30

野村萬斎インタビュー「型を通してでもいいから、まずは笑うということが大事なんだと思います」

昨年10月に開催された野村萬斎主宰による狂言会『狂言 ござる乃座』の第65回公演が衛星劇場にて初放送。萬斎と師父・万作、そして息子・裕基の親子三代による共演も話題を呼んだこの公演。今回放送されるのは、数多ある狂言舞台のなかでも稀曲と呼ばれる『唐人相撲』と、太郎冠者が活躍する『素袍落』。それぞれの魅力について、萬斎さんにたっぷりとお話をうかがいました。

 

野村萬斎●のむら・まんさい…1966年4月5日生まれ。東京都出身。狂言師。1969年、『靱猿』で初舞台を踏む。1994年、萬斎を襲名。2002年より世田谷パブリックシアターの芸術監督を20年間務めた。近年の出演作にドラマ『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』第7シリーズ(テレビ朝日系)、『死との約束』(フジテレビ系)など。

 

【野村萬斎さんの撮りおろし写真】

 

『唐人相撲』は本来禁じ手のアドリブが許され、楽しませていただきました

──昨年上演された『唐人相撲』は、唐の国に滞在していた相撲取りが皇帝に帰国を願い、最後にもう一度だけ相撲を取るというにぎやかで動きのある舞台でした。公演を終えたいま、どのような手ごたえを感じていらっしゃいますか?

 

萬斎 この作品はもともと20年前に、父・万作の古希を祝う舞台として復曲したものでした。今回は父の卒寿祝いで再び上演したのですが、40数名と登場人物が多く、いろんな方の協力がないとできない珍しい作品でもあるんです。そのため、今回も父にゆかりのある狂言愛好家の皆さんや、私を支えてくださっている多くの俳優陣の力をお借りすることで、無事に実現へと漕ぎ着けました。前回と大きく異なるのは、これまで私が演じてきた相撲取りの役を息子の裕基に任せ、私は念願だった通辞を演じたことです。その結果、親子3代の共演となったわけですが、90歳の父と、55歳の私、そして20代の息子というそれぞれの世代による芸をお見せできたことは、大きな意味があったなと感じております。

 

──では、作品全体を通して演出面で意識されたのはどんなところでしょう?

 

萬斎 やはり人数が多いということでごちゃごちゃした感じにならないよう、装束(衣装)を含め、役職や役割にメリハリをつけてキャラクターを立たせたところですね。例えば、自分は動かないくせに、他人に相撲を取らせて責任をなすりつける武官がいたり(笑)、でも仲間が負けると「あ〜〜」と残念がる場面は大勢の反応を統一したり。この作品は私が長らく芸術監督を務めていた世田谷パブリックシアターでも何度か上演しましたので、演劇的な要素も多く取り入れています。

 

──唐の人々が見せる“御意”のポーズは、上演当時(昨年10月)に萬斎さんが出演されていたドラマ『ドクターX ~外科医・大門未知子~』でも同じような仕草があり、思わずクスッとしました。

 

萬斎 あれはまさに『唐人相撲』から引用したものです(笑)。番組のスタッフから「みんなで同じポーズを取れるようなものはありませんか?」と聞かれ、ちょうどこの公演に向けた稽古をしていた時期でしたので、それをやってみたら面白いかなと。ですので、ドラマをご覧になられていたお客さんはすごく喜んでいましたね(笑)。

 

──また、萬斎さんが演じられた通辞は相撲取りと唐の国の人々の間に立ち、通訳をする人物です。この役の魅力とはどういったところでしょう?

 

萬斎 狂言には決まった型があり、私どもの一門はアドリブが禁じ手となっています。ただ、『唐人相撲』の通辞だけはアドリブを許されている。それ故、演出の要になる役だなと改めて感じました。先ほどもお伝えしたように今作は出演者が多く、次々と人が出たり入ったりしますので、その時間を埋める作業もしなければならない。これはキャリアがないとできない大役でもあります。それに、控えめな人よりも、ちょっとでしゃばるようなタイプの人間に合っている役ですので……そこはいろんなアドリブも含め、たくさん楽しませていただきました(笑)。

 

──通訳という点で言えば、唐の人々は不思議な言葉を使っていらっしゃいますね。

 

萬斎 唐は架空の国という設定で、ここがポイントでもあるんです。唐の人間たちが話す言葉も「唐音(とういん)」と呼ばれるインチキ外国語で、そこに面白さがある。しかも、狂言にはセリフに抑揚をつけるという特徴がありますから、たとえデタラメな言葉でも、それがポジティブな言葉なのか、それともネガティブな言葉なのか、もっといえば喜怒哀楽などもすべて抑揚だけで伝えることができるわけです。その意味で、この『唐人相撲』はまさしく狂言の真骨頂が楽しめる演目とも言えますね。

 

健康の秘訣は笑うこと。笑顔になれることを探し、いいイメージを持って前に進むことが大切

── 一方、裕基さんが演じられた相撲取りの役は凛々しい姿が印象的でした。

 

萬斎 相撲取りの動きは型が決まっていますが、それをそのまま演じるのではなく、いかに面白く見せていくかが役者の腕の見せどころでして。動きを効果的に見せていくことで、まわりの人間のリアクションも大きくなり、見ごたえのある場面になっていく。息子にはそうした関係性をしっかりと教えていきました。もちろん、まだまだ経験は少ないのですが、そのぶん、強い吸収力で頑張ってくれたなと思います。また、この作品における相撲取りは強い人間の象徴であり、侍のような様式美がある。出で立ちもまさに侍ですしね。対して、通辞には表現の自由があり、皇帝には人間性や人生の経験値が反映された強さや美しさがある。それで言えば、今回父が皇帝を演じたことにはすごく意味があるなと感じました。まわりで多くの人間がにぎやかに相撲をとっているのに対し、皇帝はひとり超然としている。そうかと思えば、最後に舞う姿には皇帝としての風格がある。90歳ともなると人間はどんどんと無垢になっていき、ある種の神々しさが生まれるので、父にしか出せない存在感があるんです。こうした姿を同じ舞台に立って見ることで、狂言にはさまざまな様式美や美的感覚があるんだということを息子も理解してくれていたら嬉しいですね。

 

──では、今回放送されるもう一作の『素袍落』の魅力についてもお聞かせください。

 

萬斎 どうしても注目度は『唐人相撲』に奪われがちですが(苦笑)、『素袍落』も狂言の名曲であり、大曲です。私も何度も手掛けていますが、酔っ払う演技も含めて、太郎冠者の真骨頂を描くという意味では、この役ができるようになれば狂言師としてひとつ上のレベルにいけると呼べるほどの作品です。物語もシンプルで、使いに出た太郎冠者がお酒に酔ってしまい、気が大きくなってしまうというもの。人間はさまざまなことに抑圧されて生きていますが、“時にはこうして発散するのも大事なんじゃないか”“そのあとで怒られてもいいんだよ”ということが描かれていて、いかにも狂言らしい内容です(笑)。私はいつも太郎冠者という人物が、皆さんにとってのスーパースターのような存在になれたらなと思っているのですが、まさしく庶民の代弁者のような姿をご覧いただけると思います。

 

──何度も演じていらっしゃる役ですが、回数を重ねることで変化を感じるところはありますか?

 

萬斎 抑圧された人間が開放されて自由になっていく様子が肝になるのですが、この“自由になる”というのがなかなか難しく、30代や40代では表現しきれていなかったなということを少しずつ実感できるようになりました。ですからこれからも、自分が60代、70代になった節目に演じていきたい役だなと感じております。そう考えると、“狂言は息が長い”とよく言いますが、本当にそのとおりで。もし90歳になった時に演じても、きっと違った感じ方がして楽しいだろうなと思います。その意味では、ご覧いただく方々にもこの作品を通して、“年齢を重ねるのは素敵なことだな”と感じてもらえれば幸いですね。

 

──今回の放送では異なる2演目でそれぞれ狂言の違った面白さが感じられそうで楽しみです。

 

萬斎 『ドクターX』の女性スタッフがこれまで狂言を観たことがないというので、興味津々でお越しになったのですが、『素袍落』は耳が慣れるまでに少し時間がかかったとおっしゃったものの、『唐人相撲』は言葉が何も理解できなくても楽しめたと話されていましたね(笑)。まさにそうで、『唐人相撲』は初心者でも理屈抜きに楽しんでいただける作品です。また、狂言のお話には“人間は滑稽な生き物だ”という批評性がありますが、だからといって人間を否定しているのではなく、むしろ愛おしく描いているのが狂言の在り方なんです。例えば、『唐人相撲』では相撲取りが勝つ姿よりも、何をやっても敵わない唐人たちの負けっぷりの良さに人間の愛くるしさが詰まっている。“負けてもいいじゃないか”といった人間愛が凝縮されているんです。さらには、この作品では10代から90代までの役者がずらりと同じ舞台に立っている。その姿は人間社会の写し絵のようでもあるんですね。これほど“多様性の中の人間の存在を魅せる”という狂言の本質を捉えた作品はないと言えますので、ぜひこの機会に狂言の面白さに触れていただければと思います。

 

──最後に、先ほど「年齢を重ねるのは素敵なこと」という言葉がありましたが、萬斎さんが普段、健康を維持するためにされていることはありますか?

 

萬斎 最近よく思うのは、笑うのが一番じゃないかということです。笑うと免疫力が上がるという説もあるそうで、一昨年の自粛期間中は、私もSNSを通じて狂言の笑いのエクササイズを配信していました。また、狂言の世界には長生きをされる方が多いのですが、それはきっと舞台上で大笑いする役が多いからではないかと思っています。『素袍落』はまさしくそうですね。お酒を飲んで酔っ払って大笑いするというお話ですから。そうやって、型を通してでもいいから、まずは笑うということが人間にとって大事なんだと思います。

 

──普段から日常でも笑うことを意識されているのでしょうか?

 

萬斎 嫌なことがあれば、そのぶん、笑顔になれる何かを探すということはしています。三谷(幸喜)さんは、「悪い批評を見ると、褒められている批評を見直して心をリカバリーさせる」とおっしゃっていましたが(笑)、その気持もすごくよく分かります。我々は批評を浴びる活動をしていますから、当然悪いこともたくさん言われます。でも、いかにいいイメージを持って次の作品に向かっていくかも大事なんですよね。私たちのような仕事に限らず、人間は生きていくだけでも大変です。でも、きつい出来事に遭遇した時にそればかりを考えるのではなく、ひとまずそれは放っておいて(笑)、自分がイキイキとしていた時のことを思い出し、それを実践していく。そのほうが大切なのではないかと思いますね。

 

 

狂言 ござる乃座 64th~野村万作卒寿記念『唐人相撲』~

CS衛星劇場 2022年4月15日(金)前 8・30よりテレビ初放送!

(CAST)
●狂言「素袍落」
出演:野村萬斎、野村太一郎、石田幸雄

●狂言「唐人相撲」
出演:野村万作、野村萬斎、野村裕基、石田幸雄、深田博治、高野和憲ほか

(STORY)
●狂言「素袍落」
突然伊勢神宮への参詣を思い立った主人が、伯父を誘うため太郎冠者を使いに遣る。伯父は辞退するが太郎冠者に門出の酒を振る舞う。酔った太郎冠者は調子に乗り……。

●狂言「唐人相撲」
唐に滞在していた日本の相撲取りが皇帝に帰国を願い、最後にもう一度相撲をとることになる。通辞(通訳を兼ねる大臣)の行司で、臣下の唐人が次々と相撲取りに挑むもかなわない。熱心に観戦していた皇帝だが……。

 

撮影/宮田浩史 取材・文/倉田モトキ ヘアメイク/奥山信次(Barrel) スタイリスト/中川原寛(CaNN)