日本は“慢性的な睡眠不足の国”として知られています。若いうちは、睡眠時間が足りなかったり夜更かしや徹夜などでリズムを崩したりしても、少し休めば回復するかもしれません。しかしその睡眠不足は、確実に“負債”として体に積み重なっているのです。
日本における睡眠不足の現状と、それを解明・解消するための最新の研究について、米国スタンフォード大学医学部精神科の教授であり、同大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長である西野精治先生に伺いました。
自覚のない睡眠不足に注意!
「今、睡眠不足ですか?」そう聞かれてもわからない人は、下記の項目を見てみましょう。ひとつでも当てはまるものがあったら、睡眠不足の疑いがあります
◯ 朝、起きられない
◯ 日中に眠くなる
◯ 集中力が上がらない
◯ イライラする
◯ 眠りが浅い
◯ ベッドに入っても、なかなか眠れない
◯ 休日になると何時間でも眠れる
「理想的な睡眠時間には、個人差があります。短時間しか眠らなくても平気な“ショートスリーパー”の方もいますが、それは遺伝的な要因を持った一部の人のみ可能なことです。
ある実験で、『ベッドから14時間出られないようにしたら、人は何時間眠るか?』という行動調査をし、その結果が残っています。最初の数日はほとんどの人が13時間ほど寝ていたのですが、一週間たつと10時間しか眠らなくなり、3週間後では平均して8.2時間しか眠らなくなりました。
つまり、睡眠が足りてくると、眠ろうと思っても眠れなくなるのです。いくらでも眠れる、という人は、慢性的な睡眠不足である可能性が高いと言えます」(米国スタンフォード大学医学部精神科教授・西野精治先生、以下同)
世界でいちばん睡眠不足なのは「30代の働く日本人女性」
4年前にミシガン大学が100カ国の平均睡眠時間を調査した結果、日本はシンガポールと同率最下位。2018年に行われたOECDによる調査でも、一日の睡眠時間が500分(8.3時間)を超える国が多いなか、日本は442分(7.3時間)と1時間も少ない結果となりました。
「男女差や年齢別にとったデータなど、さまざまな結果を総合すると、“日本人であり、都市部に住んでいて仕事を持っている30代の女性”が世界一寝ていない、ということになります」
適切な睡眠時間が死亡リスクを減らす
睡眠不足は、単に肌荒れを引き起こしたり、集中力が低下したりするだけでなく、健康に大きく関わってくる重要な問題です。
「アメリカのがん協会が成人男女100万人の睡眠状態を調査し、その後6年間追いかけたデータがあります。それによると、睡眠時間が6.5~7.4時間の人はもっとも死亡率が低く、それより短くなっても長くなっても、死亡率が高くなっています。
日本人の平均睡眠時間は7.5時間と言われているので、一見とてもよく見えますが、平均というのは全体のデータを均したものですから、4時間睡眠の人もいれば9時間寝ている人もいるでしょう。睡眠時間が極端に短かったり長かったりする方は、心不全や癌、糖尿病のリスクが高くなるというデータも出ています」
睡眠状態を改善するだけで痩せやすい体に!?
睡眠不足が続くと、お腹が空いているときでも血糖値が上がってしまい、吸収した糖分が脂肪に変わりやすくなります。また、ホルモンの影響で空腹感が強くなり、夜遅くに食べたり過食になったりする傾向になるので、睡眠時間が短いほど太っている方が多い、というデータもあるほどです。
「昔は“シンデレラタイム”といって、22時~2時までの間に睡眠をとるのが美容に良い、という通説がありました。しかし、これにはほとんど根拠がありません。肌のターンオーバーのサイクルを正常にしたり、老化を防ぎ免疫を高めたりすることは、眠る時間ではなく、入眠直後いかに深くて長い睡眠ができるか、に関係します。この時間帯だけ寝ているから大丈夫、ではなく、健全で質のよい睡眠を理想的な時間とるのがいいでしょう」
睡眠改善のためにはポジティブ・ルーティンを意識する
睡眠不足を改善するためには、「良い習慣を続け、悪い習慣を断ち切ること」。西野先生がおすすめする良い習慣(ポジティブ・ルーティン)・悪い習慣(ネガティブ・ルーティン)について伺いました。
・ネガティブなルーティンは今日からやめる!
1. 休日の寝溜めはNG!週末のみでは負債を完済できない。月曜日に時差ボケのような状態になる
2. 眠る前にスマホをいじるのはNG!頭を使うと脳が活性化するので入眠しづらくなる
3. 入眠前の深酒はNG!入眠はスムーズでも質のよい深い睡眠が続かない
・ポジティブなルーティンを維持しよう!
1. 寝溜めするのではなく、1日15分ずつでよいから毎日の睡眠時間を少しだけ伸ばす
2. 40℃のお風呂に15分ほど浸かる。一度上がった体温が下がる約90分後がもっとも寝つきが早く、深い睡眠ができる
3. 日中、集中力が途切れたときは30分以内の仮眠をとり、頭をスッキリさせる
西野先生が代表を務めるブレインスリープ社では、仮眠室事業も行っており、社内にも仮眠室を設けています。ひとりひとりがゆったり足を伸ばして座ることができ、静かで落ち着ける場所になっていました。
「少し会議が続いて疲れたときに、いったん頭をクリアにするために仮眠室で休憩する、という使い方もしています。眠らなくても、目をつぶって静かな場所に行くだけでリフレッシュできるものです。都心ではカフェやロビーでも寝ている人をよく見かけるので、少し自分が仕事中に休憩できる場が見つけられるといいですね」
最新技術を使った「スリープテック」とは?
近年、“スリープテック”の開発をする企業が目立ってきています。スリープテックとは、睡眠の質を高めるために最新のテクノロジーを駆使して開発された、グッズやアプリのこと。世界最大のテクノロジー見本市「CES」では、2018年からスリープテック専門のゾーンが用意され、注目を集めています。
製品化されているものもさまざまなあり、ヘッドバンドやアイマスクなど、体に身につけて睡眠状態をモニターするウェアラブル製品や、ベッドマットの下に睡眠状態を測れる計測器、日の出の光を再現する光目覚まし時計といったノンウェアラブルな製品などがあります。
「まだスリープテックの分野は開発されはじめたばかりで、データが取れていると言えるものは少ないのですが、使ってみて自分が心地よいと思うものがあれば、それがいちばんです。メリットを感じられれば続ける力にもなりますから、使用前使用後がどのように変わったかを自分でしっかり見極めるといいでしょう」
次のページでは、眠りをテクノロジーの力で改善するグッズを紹介します。
【プロフィール】
米国スタンフォード大学医学部精神科教授 / 西野精治
1987年、当時在籍していた大阪医科大学大学院からスタンフォード大学医学部精神科睡眠研究所に留学。突然眠りに落ちてしまう過眠症「ナルコレプシー」の原因究明に全力を注ぎ、1999年にイヌの家族性ナルコレプシーにおける原因遺伝子を発見。翌2000年には、グループの中心としてヒトのナルコレプシーの主たる発生メカニズムを突き止めた。2005年にスタンフォード大学睡眠生体リズム研究所(SCNL)所長に就任し、株式会社ブレインスリープを設立。著作に、30万部超のベストセラーとなった「スタンフォード式 最高の睡眠」(サンマーク出版)がある。