「ダメになっても大丈夫」、そんな環境が必要だった
元木:工藤さんが、一番好きなページってありますか?
工藤:う~ん、その時によって引っかかるものが違うんですよね。
元木:私も周りにオススメしている本ですけど、人によって好きなページがみんな違うっていうのがいいですよね。私がお贈りした人たちも、この本を好きになってくれる人が多いです。男性でも「俺はこれ」「ここが好き」とか言ってくれたりするのは、ユニセックスなキャラクターだからこそ男女問わず、子供から年配まで楽しめる作品だと思うんだよね。
工藤:つい最近、イタリアでこの本のプレゼンをしてきたので、その思いをひきずっているのかもしれないですけど、今一番気になるのは「ふとんのぬくもりを測る」ですね。イタリア人はこれみて笑うんです(笑)。
描いた時のコンセプトとしては、自分の場所を自分で温める力が人間にはある、っていうのを描きたかったんです。布団一枚かぶると、心地よい暖かさになるじゃないですか? 自分で自分を温められるし、その隣に誰かが入ってくれば、その人を幸せにもできるので。例えば心が冷えている時にも、誰かが優しい言葉とか音楽とか絵とかなにかを「かけて」あげることによって、生きている限り熱量を人間は持っているから、冷えた心を温める力をみんながもっているんだよ〜ってことを伝えたくて描いたんですよね。イタリア人がどう読み取ってるかはわからないけれど、なぜかみんな爆笑してしまうし(笑)、日本人は誰1人としてこの絵に反応した人はいないんです(笑)
元木:工藤さんの思いを全ページ、じっくりゆっくり解説をお伺いしたいですね。全体的に本当は伝えたいメッセージなどはありますか?
工藤:自分で自分の過去を振り返った時、自分の過去を優しい目で見れたり、クスって笑えたり、それで自分の心が楽になれたので、読んでくれた方がこれからを生きていくヒントとして役立ってくれたらうれしいですね。具体的な伝えたいことはないんですけど、うーん、こんな視点もあるよ、ってことですかね。
元木:私はめちゃくちゃ役に立っていますよ! 読むとホッとするというか、この絵本には日常の「あるある」が詰まっているんですよね。私も日によって色々と共感をしているので49枚のすべて好きなんだけど、少しだけ気になる1枚があるんです。
ここなんです、最後「憧れと現実の差を計れない」。なんでここページで終わっているのかな? いろんな想像を膨らませながらこの最後のページを合わせてこの本1冊と向き合っています。もしも聞いてもよければ、なぜ、ここには制服が飾ってあるのですか?
工藤:これは私が高校の時の制服です。ソフトボールがしたくて、すごく憧れて入った高校だったんです。頑張って入学できたんですが、高2の夏から不登校になってしまって。自分の憧れと、現実との差がはかれない。今でもはかれない、あの時のあれはなんだったんだろう~って。今でもその時のことを考えると「うーん」って考えちゃうので、「計れない」としたんです。
中学くらいから自分の思っていることが外に出せないジレンマを抱えていて、高校に入ってからそれがより具体化されて、食べない、寝ないの摂食障害になったんです。いろんなことを「いやだ」とか「そうじゃない」って拒否することができなくなっていっちゃって。誰かに遠慮することなく自分ができることは「食べるを否定する」「寝るを否定する」っていう選択だけで、そこにすがっちゃったんですよね。そのうちドクターストップかかっちゃって。だからイタリアに行って現状を変えたかったし、私を見て悲しそうにしている両親からも逃げたかったんです。思いっきり、誰の目も気にせずに苦しみたかった。「ダメになっても大丈夫」って環境が必要だったと思います。
元木:そうだったのですね。最後読んだ時に、ここのページにはすごく考えさせられたんです。私は登校拒否していたわけでも、いじめられていたわけでもないんだけど、「我慢」することが正しいと思う人や、「つらい」という言葉さえ出せない人ってまだまだたくさんいると思うのです。
工藤:病気の期間が10年あって、病気が治ってからも5年くらいは思い出すのも辛かったんですけど、そこから年月が経ったから語れます。でもあの時のことって、はかれないんですよね。直視できないというか。でも作品を作り続けている理由は、この時に見守ってくださった先生、学校行かずにお洋服屋さんの一角で座り込んでいたり、通っていたスポーツジムの方、関わっていた大人たちに「ありがとう」を伝えたくて、描いているっていうのもあります。
同じ悩みを抱えていた人にも届けたいと思うけど、こういう時って本なんて読めないんですよね。なので、それを支えてあげている先生とか親御さんに届くといいなーって思いながら発表しているんです。私も病気がひどい時は、2年くらい外から何も情報を入れたくなくて、読めませんでしたから。
元木:もちろん工藤さんの苦しかった時の気持ちを知ることなんてできないけど、こうやって触れさせてもらって、フラッシュバックのように昔の記憶が蘇ってきたんですよね。今お話を聞いていて、私こそ「現実を計らないようにしていた」のではないかと感じられる過去があるのかもしれないと思ったら、涙が出ちゃいました。素直にお話ししてくれてすごくうれしい、本当にありがとうございました。
これからの工藤さんは「こんな本を作りたい」とか、「こういうことをやりたい」とか、具体的な計画はありますか?
工藤:家族ができて、心から「生きていてよかった!」って感じるんです。この人たちを抱きしめられる体を残しておいて良かったって。今は育児で自分の時間がないなーとか思っちゃいますけど(笑)日常にかわいい喜びがあふれてて溺れそうです。作品や本を作りたいもあるけど、んー、今まで出会った人、これから出会うであろう人たちに、工藤あゆみという人間や作品を使ってもらえたらうれしいかな。あとは作品を通じて、自分の両親の喜ぶ顔が見たいなっていうのもあるのかもしれません。
【プロフィール】
アーティスト / 工藤あゆみ
1980年岡山県生まれ、イタリア在住。一児の母。2011年に世界各国をイメージして描かれた”Giromondo di Ayumi(あゆみの世界一周)”で、プレミオサンフェデーレ大賞2011/2012(ミラノ)2位を受賞。2013年にアーティストブックとして『はかれないものをはかる』を発表したが、初版はすぐになくなり、2017年までに4版を自費出版で販売。そんな中、日本の出版社である青幻舎から声がかかり、2018年5月に同タイトルで書籍化。2019年6月29日から8月12日まで板橋区立美術館でボローニャ国際絵本原画展が開催されており、会場では2011年に発売された本物の葉っぱが使われている絵本『A Little Thing』の復刻版も発売される。
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