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2020/4/17 17:30

「セックスしたい」と伝え合える関係を作るには――「性的同意」を巡る課題についてパックンことパトリック・ハーラン氏の思い

伊藤詩織さんが元TBSワシントン支局長に対し性的被害を訴え、損害賠償を求めた民事裁判で原告勝利となり、世界的なニュースとなった。しかし判決のあと、SNSでは賛否両論が巻き起こった。

 

伊藤さんに賛同する人、被告に同情する人に、真っ二つに分かれたように思う。その中で気になったのは、性的同意に関する意見だ。「セックスするのに、いちいち契約書を書くのか」「セックスに同意が必要なら、結婚すればいい」といった書き込みが散見されたことだ。

 

これまで日本では、「性的同意」についてほとんど語られることがなかったように思う。性的同意とは何か、どんなふうに同意を取ればいいのか。少し考えてみると、私たちの身の回りには実はヒントがほとんどないことに気付いた。AVはもちろん参考にならない。ティーンズラブコミックも、男性(イケメン)が強引に奪うというものもあり、同意にはほど遠い。

 

そこで、日本滞在歴が長く、世界の情勢や文化に詳しく、各メディアで日本文化に鋭いコメントを残しているパトリック・ハーラン氏に、性的同意とは何か、どうすればいいかを聞いてみた。

 

↑パトリック・ハーラン。ハーバード大学卒業後、来日。俳優活動を続けながら、お笑いコンビ「パックンマックン」を結成する。現在は、日本文化や政策、社会情勢にも積極的な情報発信を行う

 

なお、本記事では便宜上性的同意について「男性と女性」としているが、男性と男性、女性と女性、女性と男性の場合もあることをお断りしておく。

 

性的同意を巡るアメリカの変遷

ーー以前、男性から「部屋飲みしよう」と言われて「部屋で飲むのね、ハイハイ」って行ったらパンツ一丁で待たれていて驚いたことがあります。「セックスするって言ったっけ?」と思いそのまま帰りましたが、その話をすると多くの場合、私は「空気を読め」と非難され、当時はとても納得がいきませんでした。性的同意とは、海外ではどのように行われているものなのでしょうか?

 

パックン:その質問を回答するには、まずアメリカの性的同意を巡る経緯からお話します。性的同意が話題になり始めたのは70年代80年代、フェミニズム運動の影響で「女性の体は自分のものだ」と、半世紀くらい前からやっと認識され始めました。有名なレイプ事件などもあって「デートレイプ」という言葉も80年代から定着。そして90年代になると大学のキャンパスなどで、「NO means NO(ダメと言ったらダメ)運動」が広がりました。

 

ーー「いやよいやよも好きのうち、ではない」ってことですね?

 

パックン:そう。それまでは女性は「断って断って、押し倒されて同意する」っていう文化があったんですね。有名な例だと「Oh baby, it’s cold outside」って曲があります。トム・ジョーンズのバージョンが一番有名ですが、映画のワンシーンでもあるのです。

 

 

パックン:「もう帰らなきゃ」「だって外は寒いよ」「でもお母さんが待っているわ」「でも外は寒いよ」「いやいや、もうこんな時間になったわ」「あと1杯くらいいけるんじゃん?」みたいな、そういう男女の典型的な交渉が始まるんです。で、彼は彼女を引っ張ったりして帰らせない。途中で女性は「あら? 私の飲み物に何か入れた?」なんて言ってる。

 

ーーえっ。

 

パックン:冗談っぽく言っていますけどね。それが、80~90年代に問題視されるようになって。(動画を見ながら)……ほら上着を脱がしちゃった。被った帽子をまた取る。これはかわいらしいコメディ映画のワンシーンで、後半が逆パターンになり男性が帰ろうとして、女性がしつこく引きとめる。でも、女性が断っても男性が聞いてくれない設定のものが楽曲として有名になり、クリスマスシーズンなどによく流れていた。

 

そこで、ジョン・レジェンドとケリー・クラークソンが、MeToo時代に合わせて歌詞を書き直して新しいバージョンを出しました。それは性的同意に基づいた歌詞になっています。「あなたの体だ、あなたのチョイスだ」みたいな歌詞が入っていますよね(参考記事)。

 

ーーフェミニズムの言葉でも『My Body My Choice(私の身体については私が決める)』ってありますよね。

 

パックン:そうですね。まあその「女性は同意したくても、最初は断って当然」の文化が50年代。80年代に「女性は断る権利もある」が生まれた。90年代にはアンティオークという小さな大学から『Yes Means Yes運動』も始まったんですよ。「No means No」は「ダメと言ったらダメ」だけど、「ダメって言わなきゃいい」ってことになってしまう。だから、ダメって言うまで続けるんじゃなくて、「Yesから始まろう」という運動が生まれた。スタートしてからは、さまざまな大学が校則で「性的同意とはなんぞや」をはっきりとルールとして決めるようにしたんですね。今だと、大学では例えば「酔っぱらいすぎて性的同意をはっきり言えない人に、性的行為をするのもダメ」とか。当然、アメリカにも限らずそもそもダメなんですが。

 

ーーそうですね。伊藤詩織さんの一件も、もちろん酔って潰れていたのだから、完全に被告は有罪ですね。

 

「したい」とダイレクトに伝えられない文化の問題

パックン:女性は断って断って、説得されてセックスにいたるってメディアが流し続けていたのが、やっと僕らの時代から変わりつつある。コントや冗談もそうだけれど、笑いながら差別を助長するものってあるじゃないですか。「笑いながら強く交渉していい」という精神が、こうした作品を生んでしまった。でも今は違う。『Fifty Shades of Grey』ってご存知ですか?

 

ーーイケメン金持ちのIT社長が、ウブな女子大生をSMの世界に引きこむ話ですね。原作も映画も観ました。

 

パックン:そうです。作品内で二人は契約を結ぶんですよね。

 

ーーそういえば、ものすごく詳しい契約を結んでました!

 

パックン:そう、同意契約。「ここまでやらせてもらうよ、いいね?」って、ハンコ、ハンコという流れを踏まえていく。現実で契約はちょっといき過ぎかもしれないけれど、少なくとも今は「口に出して確認しよう」という動きが高まっている。僕は、今は少数かもしれないけど、大人なら「したい?」「うん、したい」という意思確認は交わしていいと思う。「あなたのことが大好きで、もっと親しくなりたい。チューでもいい。そのあと色々したいけれど、させてもらっていい?」って聞きます。そのほうが逆にセクシーじゃないかと思うんだよ。

 

ーー私も、誰もがやっていることなのに口に出せないのはおかしいなと思っています。性に関しては口に出すべきではないという日本の風潮が凄く嫌だなと思っていて。でも言葉は文化なので、英語だと言いやすいけれど、日本語だと言いにくいみたいなこともありませんか。

 

パックン:よく日本語で告白は難しいと聞くね。「好き」しかないっていう。「愛している」って言ったら「いきなりなんだ」となるしね。英語にはほかに選択肢がいっぱいある。「I’m attracted to you(あなたに魅了されている)」とか「I want to be closer to you(あなたともっと親しくなりたい)」とか。「like=好き」だけでは、友達なのか恋人なのか、それとも「バナナが好き」みたいに好みを指しているのか曖昧。気持ちを表すちょうどいい表現を用いるのが大事。でも本当は日本語でも十分だと思うんですけれどね。耳元で「したい」って言われたら「僕も(私も)」でいいと思う。

 

ーーなるほど。

 

パックン:泊まれるのか、どうやって避妊するのか、歯を磨くか先にお風呂に入るか、色々な伝え方があって、それぞれどれもがセクシーだと思うから。

 

ーー確かに「シャワーを浴びる?」は聞いたりしますよね。じゃあダイレクトに聞くことだけがおかしいっていうのは、納得がいきません。

 

パックン:自信がないからかなとは思うんだけれど。モテる人は聞けるということかな。逆に聞ける人がモテるかもしれない。

 

ーー知り合いの男性は全部聞いていましたよ。「しよう」って。で、断られたら「じゃあそれで」って言って終わり。モテる人は、断られても傷つかない人が多い気がします。

 

パックン:そんなこともない。

 

ーーなんでパックンが答えるんですか!

 

パックン:モテるからだよ! 断られて「俺モテるのになんで?」って傷つくこともある。でも、アメリカでは少なくとも「ダメって言ったらダメだ」っていう認識は高まっている。もうほぼ100%。

 

自然な性のコミュニケーションを学ぶために教育のあるべき姿

ーー「Yes Means Yes」のような運動が、大学から生まれるのはなぜですか?

 

パックン:現在の日本では、社会的な運動は浸透していないじゃないですか。

 

ーー大学の社会運動っていうと、大学闘争を思い出します。

 

パックン:60年代の? でもアメリカだと大学は、社会を変えていこうぜっていう志士たち、志を持っている若者が集まっているものです。大学の教授もリベラルな人が多く運動を応援することもあるし、言論の自由な空間でもあって権利が守られている。社会人になって会社に迷惑をかけるよりはやりやすいし、まあ無責任って言ったら無責任かもしれないけれど、アメリカの大学は社会を変える現場になっている。

 

ーー昨今の日本では、大学で社会的運動が規制されるようになったと聞きました。立て看板も撤去される方向にあるそうです。

 

パックン:日本だと大学はどういう位置付けかわからないけれども、アメリカだと「世界をこれから担う人・社会を担う人」に社会のあるべき姿を考える場を与える。パソコンのスキルとかを身に付けるなら専門学校でいいし、経営のスキルも大学院、弁護士のスキルは法律大学院に行けばいい。大学は情報の収集、出力ができるようになって正しいものを見出す、動くべき方向を見出すスキルを身に付ける場所だと思う。あと、アメリカは18歳ぐらいで家を出て、寮生活する子が多い。だから男女関係を本格的にスタートするのも大学からというのがアメリカのスタイル。日本だと、一人暮らしをしても寮暮らしは多くないから、同世代の独身の人と同じ住環境にもなりにくいでしょう。

 

ーー晩婚とか少子化対策っていう前に、大学をどうにかした方がいいような気もしてきましたね。「親の言うことを聞いて、いい子でいなさい」って言われて勉強だけしてても、自分の頭で考える訓練ができてないんじゃないかと。同様に、学生のうちは派手に遊ぶなと言われて、社会に出たら急に「結婚しろ」って言われても、交際経験がなかったら難しいじゃないですか。

 

パックン:話は変わるけど、日本のAVは断ろうとしている女性を押し倒す演技が多い。それに興奮する人が多いという証だと思うけれど、それは直すべきです。アメリカのAVみたいに「YES! YES!!」とか言わなくてもいいけれど、僕は「お互いにしたいことをしている」という流れがないとまずいと思う。「それは性的同意じゃないじゃん」って。「『いや!』って言っているのに止めない映像を流すのはけしからん」って意見があるべきだと思うんですよ。

 

ーーでも、自分としてもやっぱり好きな男性に強く押して欲しい気持ちはすごくあるんですよね。

 

パックン:交渉はしていいと思うんですよ。日本人女性は本当はやりたいときでも「やりたい」って言いにくいでしょう。だから、男性は自分だけじゃなくて、本当はやりたいと思っている相手の希望も叶うように強く押さないといけないことになる。でも逆に、本当にやりたくなくて「ごめん、無理だ」と言っても「言っているだけでしょう?」って、空気を読めない男性も絶対にいる。

 

ーー「またまたー」みたいな人? いそうですね。

 

パックン:そう、だから女性の習慣も変えなければいけないと思うよ。「あなたとしたい」でも「ごめんなさい」でも、暗号なしにはっきりと言う。そして、同じことを男性にも求める。お互いに「やりたい」って伝えない相手には「やらない」という意識を持つ。

 

ーー女性が積極的になったとして、セックスした後に「あれ、付き合うんじゃなかったの?」みたいな空振りが怖いというのもあります。

 

パックン:逆に「明日も会いたいのになんで帰るの?」っていう男性も絶対にいるんですよ。だから男女の典型として話すけれど、おっしゃる通り、女性はすぐ快諾しちゃうとそれこそホテルでバイバイされるかもしれない。

 

ーーそうですね。多分そこから始まると、大概付き合わないですよね。ところが女性向けのティーンズラブコミックはそこから愛が生まれてくるというパターンが多いんですよね。それもいけないなと思うんだけれど。

 

パックン:いろんなところで神話がまだ生きているんですよ。恋愛神話、結婚神話もあるし、男女の理想という神話もある。コミュニケーションを取らずに理想通りに動く以心伝心という神話も。夢を見続けると、口で交渉をしたくなくなるんですよ。でも、口頭で交渉をするのも素敵だと考えを変えることができたら嬉しい。そうすると、それこそ性的な付き合い方の幅も広がるかもしれない。女性だって一夜限りの付き合いをしたいときはあるでしょうし、男性だって初デートでSEXはしたくない男性もいっぱいいる。はっきりと交渉をし合えて、条件だけじゃなく希望を見せ合えるぐらいの付き合い方になってほしいな。

 

――それが理想ですね。

 

YesとNoをはっきり伝えられる関係作り

パックン:僕はもう結婚していて、妻との間では何でも話せる。何に対しても「したい」も「したくない」も話せる。「したいけれど、こういうのは嫌だよ」とか「もっとこうしてほしいよ」とかね。このステージにたどり着いて幸せだと感じます。

 

ーーどの関係においてもコミュニケーション不足だなって思いますね。日本だからなのか、世界的にそうなのかは知らないですけれど。

 

パックン:やっぱり日本語は主語を抜くし情報を抜くから、省くコミュニケーションスタイルが身に付いているんですよ。空気を読み合う前提で、日常生活上のコミュニケーションが成り立っている。それが男女だと、もちろん空気を読み合っていれば、はっきり伝えられるかもしれないけれど、空気を読めない相手とか波長が微妙に合わない人だと、伝えているつもりが伝わっていない。それが商談とか友達同士の話だと、ちょっとしたギクシャクが生まれる程度で済むかもしれないけれど、性的な同意においての勘違いだと、生涯引きずる嫌な思い出になり得る。リスクがより高い場面だからこそもう少し丁寧なコミュニケーション、もっとはっきり言い、はっきり聞くコミュニケーションを目指すべきではないかと思うんですよ。

 

ーーいくら空気を読み合うと言っても、「部屋飲み」は決して誘い文句ではないと思うのです……。

 

パックン:そう。レイプの口実としても「部屋飲みしよう」と言って快諾されたから「していい」と判断したという話は、よく聞きます。「二人で飲んだ」イコールセックスしていい、もしくは「男性がご飯を奢ったんだから、女性は身体で払え」は性的強要に近い。セクシーな洋服を着ているから「していい」とか、1回OKを言ったから、ずっと「ダメ」とは言えないのも。

 

ーーイギリスの警察が、性的同意を紅茶に例えて啓発した動画が話題になりました。日本では女性が女性を非難する傾向もあって悲しいです。

 

 

パックン:男の家に行ったとか、クルマに乗ったというのが同意だっていう神話。女性が「キャー!もうやめてー!」と叫び出し、殴り出さない限りはレイプじゃないとかね。「ダメ」って言ってるだけではダメ。自分の娘には「絶対に思っていることははっきり言いなさい」って5~6歳の時から言っているからね。少なくとも性的なことに関しては「誰かが触ってきたらその場で「止めろ」って言ってね。1回小さい声で言って聞かなかったら大声で叫んでいいよ」って。

 

ーーそういう教育はとても大事だと思います。

 

パックン:女性の社会的進出も、性の価値観を進展させるのに大事なファクターだと思うんですよ。例えば、組織のトップが女性というだけでも、部下の男性が同僚の女性に接する態度も変わるんじゃないかと思うんです。あとはAVも含めて、メディアでの伝え方です。常識はなんなのか。日本のドラマとかそれこそ漫画とかアニメの作家は凄く優秀な人がたくさんいて、今の台本の中では、差別的な発言はほとんどないと思うんですよ。

 

ーーいわゆる放送禁止用語になっているような類のことですね。

 

パックン:そういうのが昔はテレビや映画にもあったけど、それが消えたと同じように、性の伝え方も変えるべきだと思うんですよ。ドラマだと、だいたいセックスする前から「セックスをしたんだろう」と思わせるようなシーンに飛んでしまう。セックスシーン自体を流したくないなら、同意シーンでいいじゃん。「あなたとしたい」「私も」でいいと思う。セクシーだし、10秒で終わるよ。でも効果は大きい。「そっか、口に出すのが当然だ」って見ている人が思うようになったら数年で絶対に変わりますよ。