ライフスタイル
2020/6/17 17:30

妻の小言で寿命が6年縮むも、PCが壊れて妻に泣きつかざるを得ない——ある映画監督の日常

「足立 紳 後ろ向きで進む」第3回

 

結婚18年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!

 

『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』(9/11から新宿ピカデリー他全国公開予定)で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。

 

【過去の日記はコチラ

 

 

5月10日

使用しているパソコンの調子が悪くなる。(なぜかWiFiに繋がらなくなり、Wordでの作業ができなくなる)。私はパソコンを打つのが異様に遅い。というか機械がほぼいじれない。これに関しては不器用などという生半可なものでなく、完全に扱えず、挙句息子と似たような癇癪を起こしてパソコンを叩きつけてしまったことも数度あるので、妻からは医者に診てもらってこいと言われている。パソコンだけでなくビデオデッキからゲームの接続まで何から何までいじれない。だからアルバイトなども限られた仕事しかできない。

 

以前は妻や仕事先の人から「お前は覚える気がないだけだ」と叱責されたが、覚えようにも見たこともないようなものにしか見えないのだ。目が見えない人に「お前は見る気がない」と言っているようなものだ。なので、この日記もそうだが、まずはその辺の紙に思いつくがままにババーッっと書いてそれを妻が文句を言いながらパソコンに打ってくれる。その後の修正作業は「これ以上は手伝わねえ」と言われるので自分でパソコンを使う。私の右肩甲骨の異様なまでのこりと右腕全体の痺れというのか冷えたような感覚はこの慣れないパソコン作業のせいではないかと思う。

 

という身体の不調はまあいいとして、今、パソコンが壊れるといろいろと間に合わないものが出てくるので、何とかしてくれと妻に泣きつく。妻は数時間パソコンと格闘したが復旧しなかった。パニックに陥った私は「なんでもいいから今すぐパソコンを買って来て! 早く! 大至急! 今!」と大騒ぎした。まだ2年も使っていないパソコンだが、パソコンが壊れたら全く仕事にならないため、珍しく妻が新しいものを買ってくれた。パソコンが壊れた原因は妻が言うには私のキーボードの叩き方が乱暴だからだというが、そんなことで壊れるのだろうか。

 

5月12日

朝6時半から妻と散歩。朝食後、9時から息子と格闘勉強。計算ドリルと漢字ドリル1ページずつに13時までかかり、クタクタに疲れる。

 

コロナデブ一直線のため(このひと月で4キロ太った)今日から週に一度は断食しようと妻を誘って昼食から抜いた。私は誰かを道連れにしなければ断食のような苦行的なことはできない。年がら年中ダイエットしているのになぜか太るという不思議な傾向にある妻は「しょうがねえなあ」と言いながらも(自分だって一人断食は嫌なのだろう)付き合ってくれることに。

 

こういう状況になってからは家で食べるしか楽しみがないので(すでに自分や妻の料理に飽き飽きしていきているが)断食などすると夫婦共にイライラしてしまう。妻は何か八つ当たりできるものはないかと私に絡んでくるので別の部屋に逃げた。

 

毎朝妻と散歩しているし、夕方にも一人で走ったりするから万歩計の歩数は緊急事態宣言前よりも稼いでいるのに体重は増えていくいっぽうだ。万歩計の歩数は二倍になっても食べる量が三倍になっているから当たり前だが。

 

夜、空腹に耐えながら息子と『ターミネーター』を見る。途中から見に来た娘が「またこれ見てんの」と呆れたように言った。この休校期間中、日中の息子との勉強で激しく疲れるので、これまでに何度も観ている映画をリピートすることが圧倒的に多い。

 

5月13日

朝、妻と散歩。朝食後、9時から息子と格闘勉強。たかがプリント1枚に今日は14時までかかる。ストレスで頭髪がどんどん抜けていく。妻が笑う。

 

昼食を娘が作る。TikTokで見つけたという、チーズスティック(さけるチーズに食パンを巻き、卵、パン粉をつけてあげる)を作った。揚げたてはチーズが伸びてとても美味しかった。

↑娘の創作ランチ。初めて食べたが美味しかった

 

午後、息子が保育園のときのマブダチ3人とライン通話をする。いつも姉がライン通話しているのを見て「僕もやりたい!」と言うのでセッティングしたのだが、会話は全く噛み合わない。息子は友達からの問いかけにも答えずひたすら変身アプリで遊んでいる。挙句、30分で「飽きた」と言って一方的に電話を切った。コミュニケーションの下手さ加減に頭を抱え夫婦で憂鬱になる。

 

息子は家でも夕飯時、息子以外誰も知らないマイクラ(ゲーム)の話を一人で延々としている。そしてなかなか自分の話ができない娘が不機嫌になる。きっと学校でもこういう感じで、空気を読むということがまったくできないのだろう。私のように空気を読むことだけには長けている(と思っているのだが)人間になっても困るが、まったく読めずにいつの間に孤立して集団でいるのが苦痛という生き方も辛いだろうなと思う。

 

夜、娘と息子と午後ロー録画の『トータルリコール』(90年)を見る。何度見ても面白い。

 

5月15日

午前中、息子を学童に預け妻と一緒に息子を通わせる療育の先生のところへお話に行く。以前は1時間くらいの留守番ならできていたが、ここ1年で留守番を極度に怖がり10分もできなくなった。

 

療育の先生からは癇癪を起している息子本人もかなり疲れているという話と、アンガーコントロールや友達との距離の取り方(ソーシャルスキルトレーニング)などを学んでいこうという話を聞く。

 

午後、妻とキャッチボールする。運動能力の高い妻はなかなか力のあるボールを放る。基礎代謝量が1500kcalでそれはアスリートなみらしい。ちなみに、娘も肩が強いからソフトボールか女子野球をしてほしいと思っていたが、小学生のころはサッカーにあけくれた。中学ではバスケットボール部に入ると言っている。

 

夜、家にある小さな青いダルマに突然息子が執着し「欲しい欲しい」と言い出す。だがそれは娘のダルマだ。娘もそんなものいらないくせになぜかすんなりと弟にあげない。息子は泣き叫び暴れる。私の願掛け用の大きな赤いダルマをあげると言っても聞かず、結果暴れている息子に娘がキレ、もれなく妻がキレ、私がキレてダルマ一つからカオスな夜。疲れた。

↑家族全員ブッちぎれた原因となったダルマ。可愛い

 

5月17日

6時半。日曜日のためいつもより長く2時間妻と歩く。こう毎朝歩いていると行くところもなくなる。東西南北四方八方歩いているので、北北西とか細かく刻んで歩いている。今日は張り切りすぎてかつて私が住んでいた高円寺まで歩き、中野を経由して練馬に戻ってきた。懐かしい場所を歩きながら、当時の思い出話をああだこうだと妻にペラペラと話していると「つまんねえ話やめろ」と言われ傷ついた。

 

戻ってシャワーを浴びていると妻が風呂の扉を突然開く。シャワーの時間が長かったから溜めているのではないかと疑ったとのこと。私は風呂の水を15センチくらいしか溜めさせてもらえない。ザッパーン! とふんだんに水を無駄に溢れさせての入浴は固く禁じられている。ちなみに冷蔵庫も3秒以上開けていると妻の叱責が飛んでくる。何を取りに冷蔵庫を開けたか忘れるときもあるし、取るべきものがなかなか見つからないこともあるのに。風呂と冷蔵庫で寿命が6年は縮んでいる。

 

夜、娘と息子と『猿の惑星 創世記』を見る。

 

5月20日

娘の13歳の誕生日。娘にカードを書くも、まったくうれしくなさそう。プレゼントはまだ決めかねているため、取り合えず誕生日の食事を買いに行く。

 

娘が偏愛してやまないマルゲリータと私の好きなクアトロフォルマッジをちょっと遠いピザ専門店に予約。また娘はナンが大好きなため、これまた少し遠いちょっと本格的なインドカリー屋でチーズナンとバターチキンカレーのセットとスパイシーなサモサを予約し、妻とふたり、自転車でピザとカレーを抱えて帰宅。夜だと太るので昼を誕生日会にした。娘はこちらの苦労に感謝もせず、「なんか今日のカレー、イマイチ」と発言。妻がブチ切れて誕生会は台なしとなる。

 

夜、娘と息子と『メガ・シャーク vs ジャイアントオクトパス』を見る。私はほとんど寝落ち。

 

5月23日

朝、妻と散歩。その後息子と格闘勉強。娘は陸上教室。

 

休校が始まった当初、漢字のドリルで息子が間違えた漢字を紙に10回書かせていたのだが、10回だと途中で発狂して鉛筆で紙を刺しまくりだしたので、それが5回になり、今は3回だ。「考える」という漢字を息子が間違えたので3回書けと命じると息子は「考」と3回書いた。私は「違うだろ! よく見ろ!」と思わず怒鳴っていた。

 

私「考えるは土書いてカタカナのノを書いて子どもの子! 何回言えばわかるんだよ!」

息子「違うよ! 僕ので合ってるよ!」

私「合ってない!」

息子「合ってる!(半泣き)」

そこに妻が来て、「なに? うるさいよお前ら」

私「太郎(仮名)が間違えてるのに3回書かないから」

息子「パパが間違ってるんだよ! 『考える』だよ!」と妻に紙を見せる。

妻「(私をこれ以上ない冷たい目で見て)お前、終わってんな」

 

妻に言われて私も正解を見て、息子に土下座せんばかりに謝った。とても恥ずかしかった。謙遜でなく本当に勉強のできないリアルに偏差値42くらいの聞き分けのない父親を持つと子どももかわいそうだ。

 

5月25日

緊急事態宣言も解除され、来月から分散登校でようやく学校が始まりそうだ。ここまで長かった。が、慣れてしまったのも事実だ。しかも悪い意味で慣れた。なんとなく、もうどうでもいいやみたいな投げやりな感じになりつつあったのも正直なところだ。

 

朝、先日買ったばかりのパソコンに盛大に水をこぼしてしまう。するとそれだけで起動しなくなった。いくつか書いていた原稿のバックアップも取っていない。そもそもその習慣はない。自分が悪いのだが、パニくって妻に「直して早く! 今すぐに! 大至急!」とまくしたて逆ギレさせる。どうにかしないと今回は絶対に締め切りに間に合わない。妻が急いで購入した店に電話し必死で交渉していると、データの復旧は約束できないが明日技術者をうちに派遣してくれるらしい。

 

そんなやり取りをはたで見ながら「明日の何時に来るのか、データは絶対復旧するのか!」と言ってもしょうがないことを執拗に繰り返し言ってさらに妻を怒らせる。こういう不意打ちのような事故が起こると私はその場で解決しなければ気が済まないという性質を持っていて妻はそこに辟易している。

 

夕方、息子を療育に連れていく。新しい環境が大の苦手なため、行く間際に大いに暴れて泣き叫び、妻のぶよぶよのお腹(『北斗の拳』のハートみたいな腹だ)にパンチの雨あられ。なだめすかし、どうにか療育教室へ放り込む。心配だったが1時間後迎えに行ったら、ケロッとしており、友達とも楽しく話していた。

↑息子が休み期間中に描いた絵。 「サメにねらわれたこども。このこはサメがいることをきづいていた」とのコメントあり

 

夜、娘と息子とジャッキー・チェンの『ベスト・キッド』を見る。

 

5月28日

右肩甲骨と右腕の痺れというか冷えたような感覚がもう耐えきれず近所の整形外科に行く。尾藤イサオさんそっくりの先生にレントゲンをたくさん撮ってもらう。首の骨のどこかが炎症を起こしているということで薬をもらい、リハビリ風味なことをした。

 

冷えたような感覚の右腕を、溶けたロウの中に数回突っ込んでロウで固めて温めるという「パラフィン浴」をやった。これはイメージ的にものすごく効きそうだ。リハビリは週に何度でも来ていいとのことで、結局息子と勉強していた以外の記憶がない緊急事態宣言中にがっちり通っておけば良かった。

 

夜、娘と息子と『ヤングマスター』を見る。ユン・ピョウが出ていた。

 

6月1日

学校の分散登校が始まる。娘は喜び勇んで中学校へ。息子は昨晩から行きたくない行きたくないと愚図っていたが、朝いつもお迎えにきてくれるМ君が来ると、何とか学校に行ってくれた。

 

月が替わったとたんにいっきに仕事の電話がかかってきてまたパニックに陥った。新規の依頼電話ではない。4月にやるべきだったもの、5月にやるべきだったもの、どれもが止まっていたのだが、「そろそろあれ、どうなったかなと思いまして……」というような電話だ。どれもどうもなっていない。

 

緊急事態宣言のうちに片付けとけと言われた記憶はないような気がする。「とりあえず様子見ましょう」で終わっていたような気がするが、どうも「たっぷり時間あったんだし終わってるよね?」という雰囲気も感じられて、気の弱い自分は「まあ、何となく考えてるというか、まとまりつつあるような……」という曖昧な返答で乗り切れたのかどうかは分からないけれど、お茶を濁した。

 

6月5日

息子を近所にある総合格闘技の道場の体験入門に連れていく。息子が今、唯一興味を示しているのが格闘技なのだ。ジャッキー・チェンの影響と、乱暴者の同級生を倒したいがためだ。

 

その道場はとても有名な格闘家だった方が営んでいる道場だ。私はいっとき尋常でなくプロレスや格闘技を見ることにハマっていたこともあるから、その方が現役だった時のこともかなり知っている。緊張して訪れると終始ニコニコされてとても和やかな雰囲気の方だったので(そう聞いてはいたが)ホッとした。

 

ちびっ子クラスはまだ生徒さんは少なかった。今までいくつか習い事に連れて行っても、その場で「帰る帰る!」を連呼し泣き叫んでいた息子が今日は楽しんでいた。

 

だが、心配したように空気はまったく読めずはしゃぎ倒してしまう。初日だから他の子も優しくしてくれるが、これが続くと「こいつなに?」となるだろう。やはりもう少しだけその場の空気に合わせるということを身に着けてほしいと思いつつ、それでも息子が楽しそうに身体を動かしているのを見ると、親としてはホッとする。続いてくれればいいなと思うがどうなるかはわからない。

 

 

【妻の1枚】

 

【過去の日記はコチラ

 

【プロフィール】

足立 紳(あだち・しん)

1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が2020年9月11日から東京・新宿ピカデリーほか全国で公開予定。著書に『喜劇 愛妻物語』『14の夜』『弱虫日記』などがある。最新刊は『それでも俺は、妻としたい』。