「足立 紳 後ろ向きで進む」第5回
結婚18年。妻には殴られ罵られ、ふたりの子どもたちに翻弄され、他人の成功に嫉妬する日々——それでも、夫として父として男として生きていかねばならない!
『百円の恋』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞、『喜劇 愛妻物語』(9/11から新宿ピカデリー他全国公開予定)で東京国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。いま、監督・脚本家として大注目の足立 紳の哀しくもおかしい日常。
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6月21日
昨日、撮影した短編映画のお疲れ様会と称して15時から妻と昼飲みできる焼きトン屋で打ち上げ。
妻に「久々の現場で楽しかったでしょ?」「ちょっと張り切り過ぎちゃったんじゃない?」みたいなことを得意げに言っていたら、「お前、バカにしてんのか。こっちは一生懸命やったんだぞこの野郎!」と突発的にすさまじくキレた。カウンターの中の店員さんも驚いていたが、こうなると人目もはばからずなのでどうしようもない。そういえば今回の短編は東京都の「アートにエールを!」企画で撮ったもので、スタッフに10万円の支給があるのだが、妻の分は申請しなかったから、ただでさえそのことでクランクイン前にひどく怒らせていたのをすっかり失念していた。
ひたすら謝りまくったが、妻の不機嫌さはどんどんヒートアップしてしまい、いろんなところに派生して、数年前の出来事なども含めて死ぬほど怒られた。後味悪くそのまま帰宅。帰宅後、妻は怒りのせいか18時から寝入ってしまう。動物園のカバのようにピクリとも動かない。
「E.T.」を見ていた子どもたちに夕飯として鶏肉を焼いてやったが、できたぞと声をかけても二人ともテレビを消さず返事もしなかったので(夢中になっていたのだろう。何度目の「E.T.」か知らんが)八つ当たり気味に怒鳴り散らしたら息子が泣いて、娘が「なんで怒鳴るの。最低」と非常にムカつく言い方をしたのでさらに怒鳴ってしまい、結局子ども二人とも号泣。その晩、息子はずっとE.T.を飼いたいと言っていた。
6月26日
本来なら、今ごろはやる予定だった演劇の本番中だ。先日撮影した短編映画に出ていただいた坂田 聡さんが主演の予定だった。売れない脚本家と元売れない女優の妻の夫婦の話で、セックスレス問題を直視した結果、夫婦関係がこじれていくというコメディだった。9月に公開する「喜劇 愛妻物語」もセックスレスをテーマの一つとしているが、それとはずいぶん違った形でセックスレスに切り込んでみた。セックスなしでもいい夫婦関係を築けないものかと模索した結果、その夫婦は……という話だ。
時期未定の延期にした演劇はいつ公演できるのか皆目見当もつかないが、小説で実現できそうだ。
セックスレスをテーマにした映画や小説が続いたせいか、「なんでそんなにセックスレスに興味があるんですか?」と何度か聞かれたが、周りにセックスレスで仲の良いカップルが多すぎて、自分には理解が難しいから探求している。因みにセックス依存症にも興味がある。いつかこのテーマで脚本を書いてみたい。
7月4日
緊急事態宣言が明けてから、ようやく初めて映画館に行った。宣言期間中の序盤から中盤あたりまでは映画館に行きたくてしょうがなかったが徐々にその心は折れていた。ようやくまた観たくなってきたので3本梯子した。
新宿で観た「ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語」は素晴らしかった。時系列が行ったり来たりするのが苦手な私でもすんなり入り込め、幸福な気分に浸りながら映画を観た。あまりに幸福で、一つ席をあけて観ていた妻の手に自分の手を伸ばして握ろうかと思うくらい幸福な気持ちになったが、手を伸ばすのはやめておいた。伸ばしたところで冷たく振り払われるだけだ。いつか私に手も伸ばされなくなったときに死ぬほど後悔するがいいと思う。
その後池袋に移動して「グッド・ボーイズ」を観る。私が初監督した「14の夜」のような話で「14の夜」はヒットしなかったが、こちらはアメリカでは大ヒットらしい。だが、観客は私と妻を含めて8人程度しかいなかった。
夕方、江古田で娘と息子をピックアップして大泉に移動して「のぼる小寺さん」を観た。私は古厩智之監督の「この窓は君のもの」や「まぶだち」が大好きなのだが、この作品も古厩節が大炸裂しているのではないかと堪能した。
しかし、家族4人で映画を観ると、このソーシャルディスタンスで両端は何メートル離れてしまうのか。あと数年、映画を家族連れで楽しむことはできないのかもしれない。映画は思いっきり私語をしながら人と見る派の私にはつまらない映画鑑賞しかできない時期が続きそうだ。
帰り、町の中華屋さんで食べた鶏肉のレモン炒めが美味しかった。
7月5日
夜、都知事選に行った。行って20分後に当選者が速報された。私が投票した人は当選できなかったが、思った通りの結果だ。開票が始まってすぐに当確を速報って何とかならないものか。投票率を下げている一因だろう。
私は政治家にはほとんど期待していない。
人は常に争いごとをしているが、今のところ地球が滅亡するような戦争をしないで踏みとどまれているのは、他人のために慈悲の心で動く人生を選ぶ人がいるからだと思う。そういう人たちが世の中に何が必要かを政治家に訴えてくれて、わずかながらでも社会に反映されてくるから私のような人間でも何とか生きていけている気がする。本当はそういう人たちが政治家になってくれたらいいと思うが、そうするとそういう人たちが大変すぎる。
だから、私はハナクソほどでもできることがあれば協力したいと思っている。私はほとんど自分の幸せのことしか考えられない人間だが、何か世のため人のためになるようなことがあれば、できる範囲はものすごく狭いし、面倒くさいと思ってしまうが、無理やりにでもやろうとは試みてもいる。そうでもしないと醜い人間に成り下がる危機感が強いからだ。
政治家に期待はしないと言いつつも、ネットの声というものに良くも悪くも敏感な世の中になっているので、もしかしたらそういう状況によって政治や政治家が変わる可能性は今までよりもずっと大きいかもしれない。
現政権にはそのネットの声というものが届いていないというか、「そんなものないでしょ?」という感じにも見られるが、ある意味ではその生き方はうらやましい。
7月11日
毎朝妻と散歩する習慣はまだ続いている。というかほぼ無理矢理ついて行っている。散歩の途中に立ち寄る神社でカブトムシのオスを見つけて一気にテンションがあがった。いつの間にかもうそんな季節になっていたのだな。カブトムシやクワガタにはさすがのコロナも立ち向かえないだろう。ザマミロとなぜか勝ち誇ったような気分になるくらいカブトムシやクワガタというものに私はいまだに心がワクワクする。
毎朝2つの神社に行っていて、夫婦で入念に神頼みをするのだが、妻の祈っている時間はすごく短い。そんなので神様に通じているのかと心配になるくらい早い。しかも、妻は祈り終わるとまだ祈っている私を置いてさっさと行ってしまうのだが、あれは猛烈に腹が立つ。どうして数十秒待てないのだろうか。意地悪をしているとしか思えない。
夜、その意地の悪い妻と裏の公園の森にカブトムシの捕獲に行く。本当なら23時くらいに行きたいのだが、その時間だと妻はすでに寝ているので、19時とか遅くとも20時くらいじゃないとついて来てくれない。23時に一人で行くのは幽霊とおやじ狩りが怖い。
今日はカナブンとゴキブリしかいなかった。去年までは息子が喜んでついて来ていたのだが、なぜか今年から夜を怖がるようになり、ついてこなくなった。
7月13日
ここ数日、関わっている企画のことを考え続ける。またも夫婦の話で、今度は原作がある。一筋縄どころか五筋縄でもいかない夫婦の実話だ。参考にすべき映画を見たり、本を読んだり、寝たり、サウナに行ったり、マッサージに行ったり、妻に求めて6回続けて拒否られたり、のたうち回ったりしながら考えるが良いアイデアが浮かばない。右腕の痺れも激しく、パラフィン浴にまた通いだすが、一向に良くならない。
書き出すまでのこういう悶々時期は出会い系サイトや風俗店のサイトなどを頻繁に見てしまう。見るだけで、そこを突破していくような行動をとると、抜けられなくなりそうだから耐える。若いころダイヤルQ2にはまって一か月の電話代が10万以上を超えて、そのたびに親に嘘をついて仕送りをもらっていたあの日々をもう繰り返してはならない。
そのダイヤルQ2では女性に電話がつながるまで、ウルフルズの「ガッツだぜ」という曲がエンドレスで流れており、その曲が流れているだけでも高い通話料が課金されていた。だから私はいまだに「ガッツだぜ」を聞くと、ああ、ムダ金が飛んでいく……という憂鬱な気持ちになってしまう。名曲をこんなふうにしてしまうのも良くない。
7月16日
来年、何とか映画を撮りたいと思っていて、うっすらと企画を進めている。シナリオはとっくの昔に書いていたのだが、このご時世を反映させたものに書き直すことにした。
その映画にお金を出してもらえませんかとお願いするために人に会う。お金持ちの人だ。メチャクチャ高いイタリアンのレストランに連れて行ってもらい、そこでディナーを食べながら企画のプレゼンをすることになった。
私はプレゼンが苦手なので、一緒に動いてくれているSさんが代わりに色々しゃべってくれた。だが先方からは「今この映画を作る狙いが分からない」「ターゲットが見えない」というような事を、何度も何度も言われる。今までこんなセリフばかり言われてきたからもう慣れっこだし、作ったものが当たったためしがほとんどないからしょうがない。
作りたいというだけで作る狙いもなければターゲットも分からない。赤ちゃんじゃないことだけは確かですというふざけたことしか言えず、打たれるだけ打たれ、色良い返事も頂けなかったので、とにかくひたすらうまいものだけを無心で食べた。デザートのメロンのシュワシュワ(という名前ではないだろうが)が美味しかった。
7月18日
朝から大雨。キネマ旬報の取材を自宅でやるため、妻とバタバタと大掃除。中村義洋監督と妻と私の鼎談をするのだ。
13時キネマ旬報の編集者Kさんと、ライターのMさん、そして中村監督が到着して鼎談が始まる。酒を飲みながら楽しく懐かしい話をしていたが、どこまで使えるのだろうか。「これは書かないでくださいね」という言葉が私からも中村監督からも何度も飛び出した。中村監督とは25年くらい前に出会い、中村監督の劇場デビュー作「ローカルニュース」という作品で私は助監督と出演をしている。妻とはその現場で出会ったので今回の鼎談となったのだ。この映画はとても面白いので是非観ていただきたい。渋谷か新宿のTSUTAYAにはVHSがあるはずだ。
中村監督とは去年の東京国際映画祭で久しぶりに再会した。多分10年振りくらいだ。「ローカルニュース」のあと、数年で中村監督は売れっ子となり、私はどん底になった。だから連絡しづらかった。中村監督作品はほとんど観ていたのだが、これだけ差がついては本人の存在からは目を背けるしかないだろう。その差を直視できる人がいたらお目にかかりたい。そのあたりのことも鼎談で話しているはずなので、良かったら9月5日売りのキネマ旬報を是非お読みください。一升瓶の焼酎は中村さんと妻でほぼ飲み干していた。
7月23日
現在携わっている夫婦話のプロットを延々と考え続ける日々。少し突破口が見えた気がする。原作から大幅に自分に引き寄せる形になる。経験上、こういうときは面白がっているのが自分だけということもあるが、ひとまずこれで攻めるしかない。
「喜劇 愛妻物語」の予告が公開されたが24時間で500万回近く再生された。
コメント欄もセックスレスがどうだこうだ、男がどうだ、女がどうだ、男尊女卑、女尊男卑だなんだと、荒れに荒れている。この映画は見終わったあとにそんな談義のできる映画だと思うので是非多くの人に観ていただきたい。
500万人の半分の人が映画を観てくれて原作も買ってくれたら人生が少し変わるかもしれないなという妄想に数時間もふけった。小学2年の息子がこの動画を気に入ってしまい(ラストで濱田 岳さんが水川あさみさんのオッパイに手を伸ばすところ)、冒頭のナレーションを完全に暗記してしまった。
夜、妻とカブトムシの捕獲に行く。かなり酒が入っていた妻はかったるがり行くのを物凄く渋るが、執念の100回拝み倒しでどうにかついて来て貰う。このしつこい拝み倒しは結構成功率が高い。というか、また病気が始まった、と妻は諦めているらしい。
7月24日
急遽、朗読劇・プレミアムリーディング「もうラブソングは歌えない」に参加することになった。
「喜劇 愛妻物語」の試写をご覧になったテレビ局のプロデューサーの方に声をかけていただいたのだ。ちなみに声をかけてくださった方は私が市川森一脚本賞を受賞したときの審査員でもあった。とさらりと(あざとく)自分の受賞歴も自慢しておくところが私らしい。
「喜劇 愛妻物語」を短い朗読劇にしてみませんかということだったが、違うものをやらせていただくことにした。6月にやる予定だった夫婦ものの演劇を朗読劇にしてみた。
もちろん朗読劇は初めてだし、ご一緒させていただく素敵な俳優の方々も初めての方ばかりだし、稽古は1回のみでほとんどぶっつけ本番だし、不安と楽しみがごちゃごちゃになるこういう感覚は久しぶりなので、楽しみのほうを大きくしたいが、気の小さい自分は不安がってばかりの日々を過ごしそうだ。せめてお客さんと声をかけてくださった方と俳優陣の方々に後悔させることのないように頑張るのみだ。
その朗読劇の読み合わせをここ数日の夜、カブトムシも取りに行かずに妻としているのだが、あまりの下手クソさと、下手なくせに妙に気分だけ入った読みっぷりにイライラしてしまい、それを指摘すると、「オメェの下手さもたいがいだけどな」と言われた。
この朗読劇はオンラインでも観られるので良かったら是非観ていただいて、肯定的なコメントをたくさん聞きたい。
7月29日
週に一度講師をしている高校の一学期最後の授業。生徒さんたちに書いてもらったシナリオをみんなで読みあった。今を生きる高校生にしか書けないようなビビッドな青春もの、シュールなコントのようなもの、ファンタジー、SFとバラエティに富んだ作品がそろった。
未完成のものあるが、総じて書く喜びに満ちた作品が多いという印象でうれしくなった。他人の書いた作品に関しても丁寧に読み込んでいるし、驚いたのはその感想をちゃんとした言葉にして伝えることのできる能力だ。私が高校生のころはそんなことは到底できなかった。「なんかキタ」とか「泣いた」とかそんな言葉しか口から出てこない高校生だったと思う。彼らと接していると、選挙権を16歳あたりに引き下げても何の問題もないように思える。
雲隠れのように出てこなくなった首相を選ぶ選挙権を持った我々よりも、よほど高校生のほうが判断能力があるかもしれない。と書くと「当たり前だろ」という言葉も返ってきそうだ。
それにしても菅さんとか西村さんとかのほうが安倍首相よりも表に出てくるだけはるかに立派な人間に見えてきてしまう(それが役目だから当然なのだが)。というか、誰か「総理、そろそろ表で一言くらいは……」とは言わないのだろうか。それとも周辺の政治家の方は「あ、最近何にも言ってなかったっけ?」くらいにしか思っていないのだろうか。
マスク8000万枚の話など出てくると、真面目に政治家になった方には本当に失礼な物言いになってしまうけれども、丸山健二さんがツイッターの「選挙民の前で、見え見えの恥知らずな屈辱的な態度を嬉々としてとり続ける政治家の~~」というつぶやきよりもさらに、何も考えていない人たちという気すらしてしまう。
授業後、一学期お疲れ様会を妻とともに、高校近くの居酒屋でやった。ハメを外そうということで、その日一日の授業料分飲みながら(私は酒は飲めないが)、いろんなことの悪口を私が言い、妻に「お前、今言ってる御託の1%でも外でほざけよ。クソ女房相手にクダ巻いてないでよぉ」と言われた。外でほざかないのは、ほざくと当然自分に跳ね返ってくるから、その分、頑張らなければならなくなるので、その気力体力がないのでほざかないのだ。
【妻の1枚】
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【プロフィール】
足立 紳(あだち・しん)
1972年鳥取県生まれ。日本映画学校卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、第1回「松田優作賞」受賞作「百円の恋」が2014年映画化される。同作にて、第17回シナリオ作家協会「菊島隆三賞」、第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞。ほか脚本担当作品として第38回創作テレビドラマ大賞受賞作品「佐知とマユ」(第4回「市川森一脚本賞」受賞)「嘘八百」「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」「こどもしょくどう」など多数。『14の夜』で映画監督デビューも果たす。監督、原作、脚本を手がける『喜劇 愛妻物語』が2020年9月11日から東京・
【喜劇 愛妻物語公式サイトはコチラ】