次世代のYouTubeクリエイターを発掘、支援を目的にしたプ
(構成・撮影:丸山剛史/執筆:小野田衛)
事務所から薦められてYouTuberに
──まずは知らない人のために『ITすきま教室』の説明からお願いいたします。
ITパスポートや基本情報技術者試験の知識をベースにIT業界で働く方の基礎知識になる動画を配信しています。すきま時間でサクッと学べるようにしているため、『ITすきま教室』と名付けました。始めたのは2年ほど前ですが、会社員なので更新頻度はかなり少ないチャンネルだと思います。
──そもそも、なぜYouTubeを始めようと考えたのですか?
もともと私は大学生のころからイベントや展示会で司会のお仕事をしていました。会社員になってからもその事務所に籍は置いたままで、細々と副業として活動していました。それであるときに事務所から「今はYouTubeの時代だから、始めたほうがいいんじゃない?」と薦められたことがきっかけです。
──そういうお仕事もやられていたんですか! どうりで滑舌がいいし、説明も流暢なわけですね。
いやいや、お恥ずかしい(笑)。だから順番としては「YouTubeを始めることになったはいいけど、内容はどうしよう?」からスタートしました。そこで思い出したのが、自分が社会人になってからとても苦労したこと。私は大学時代に化学を専攻しており、会社に入ると周りは情報学部出身の人ばかりで、ついていくのがすごく大変でした。そんな中でITパスポートという試験を受けたんですけど、ここで体系立てて勉強したら得るものが大きかったんですよね。昔の私と同じように苦労している人が見てくれたらいいな、と考え、このチャンネルをスタートさせました。
──実際に開始してみて、驚いたことや気づいたことはありましたか?
最初のうちは動画を何本か上げないと、見ている方もどんなチャンネルか分からないと思い、最初の20本くらいはチャンネル登録も増えないだろうなと想定しました。まぁ実際、その予想通りに増えなかったんですけど(笑)。私の場合、チャンネル登録者が1000人に到達するまで半年かかりました。ところが、1000人を超えたあたりから登録者数が雪だるま式に増え、その半年後には登録者数が1万人になりました。YouTubeのアルゴリズムの精度に加え、チャンネル登録者数の多さは信頼感に繋がるのかな? と感じました。
──「このテレビ、周りのみんなも観ているから自分も観るか」という感じで、チャンネル登録者数が一種の箔付けになっているんですかね。
まさにそうだと思います。逆にいうと、チャンネル登録者数が数百人だった時代から内容も大きく変えていません。
──視聴者とコミュニケーションを取ったりもするんですか?
いや、そのへんは結構切り離して考えているんですよ。というのも、このチャンネルはあくまでもIT情報を発信するのがメイン。そこを求められているのに、「今日のメイクは~」とかやってもブーイングを浴びちゃうかもしれないですし(笑)。
──そこを求めている視聴者もいるかもしれませんよ。
プライベートはInstagramで公開しているんです。それからTwitterでは日常で気になるITニュースなどを発信することが多いです。SNSごとに使い分けていますね。とにかくYouTubeが一番大切だから、視聴者が好む発信ができるように気をつけています(笑)。
“ゆるく、明るく、楽しく”をモットーに
──『ITすきま教室』のコメント欄を見ると、「このチャンネルのおかげでITパスポートに合格しました!」といった声も目立ちますね。
すごくうれしいです。また、こうしたコメントがチャンネルの信頼感にも繋がるはずです。その他にも私のYouTubeを見ている人は、情報学部の大学生も多く、コメント欄で「大学の授業中にこのYouTubeがスクリーンで映されていました」という報告も頂いたりしました。大学の先生は研究が主な仕事だからか、それでいいのか心配にはなりますね……!
──配信者としてはありがたい話ですけど、授業料を取っているわりには手を抜きすぎな気もします。
本当ですよ~。個人的な希望としてはスクリーンで流すのではなく、1人1端末で見るようにしてほしいです! その方が再生回数が伸びます(笑)。とはいえ、アカデミックな世界にいる大学の先生に紹介してもらえたことは光栄です。
──動画を制作するうえで、意識していることはありますか?
YouTubeでIT系の発信をしている人ってわりと男性ばかりで、かなり固い作りであることが多いんですね。私の番組は「すきま」というくらいだから、“ゆるく、明るく、楽しく”がモットー。編集とかでカラフルな雰囲気を出すなど、ポップな作りを意識しています。
──メッセージの伝え方で気をつけていることはありますか?
もともと私は企業向けのお固い司会業務が多かったんです。そういうときは、ただ綺麗で真面目に原稿を読む形式になりがちでした。ですが他のYouTuberさんを見ると、効果音やテロップの使い方は派手だし、カメラワークも急にアップになったりして、インパクトがとにかく強い。見ていて楽しい動画を作るために、HIKAKINさんや、はじめしゃちょーさんなど、ITと関係のないジャンルのYouTuberさんも参考にさせていただきました。
──話し方もNHK Eテレのお姉さんみたいなテイストがありますよね。
真面目な内容だから、普通に話していると笑顔じゃなくなっちゃうんですよ。見ている方に伝わるように、なるべく明るい表情と口調を心がけていますね。そのあたりはまだまだ勉強中です。YouTubeは奥が深いです。
YouTube側が「磨けば光る原石なんじゃないか?」と考えてくれた?
──今回「YouTube NextUp 2020」に選ばれたのは、どこが評価されたとご自身ではお考えですか?
扱っているテーマがITに絞られていることから、エンタメ系の動画に比べて再生回数は伸びづらいです。だけど再生回数とは別に視聴維持率という評価軸があるので、そっちの指標が評価されたのかもしれないです。
──視聴維持率って何ですか?
視聴維持率とは、ひとつの動画が再生された時間の総数を再生回数で割ったものです。つまり、その動画を平均して見てくれた時間の割合ですよね。たとえば10分の動画があったとして、視聴維持率が70%だとすると、平均7分見てくれている。これが50%になると、1人平均5分見ていることになるわけです。
──なるほど、勉強になります。
多くの人はサムネイルを見て動画再生の判断をすると思うんですけど、そのあと、どれくらい継続して視聴してくれたか? そこもYouTubeの世界では重要な指標です。私の動画の場合は、この視聴維持率がすごく高いらしいんですよ。一度見始めたら、最後まで継続してくれることが多くて。これはターゲットを絞っているからこそ実現できていると考えています。あとひとつ選ばれる理由があるとすれば、慈悲深いご配慮ですかね。
──どういうことですか?
私、笑っちゃうくらい撮影能力も編集能力も低いんですよ。動画を作る技術があまりにもなさすぎる。にもかかわらず、そこそこの再生回数は出しているから、YouTube側が「磨けば光る原石なんじゃないか?」と考えてくれたのかなと(笑)。
──そんなことはないと思いますが……。そういえば「YouTube NextUp 2020」のクリエイターキャンプに参加されたそうですね。
目から鱗がたくさん落ちました(笑)。今までの私は本当にド素人で、全部が手探り。撮影もスマホだったし、編集技術なんて皆無に等しい状態だったんですよ。今回、ちゃんとしたカメラの使い方も教えてもらったので、早く動画を作りたくてウズウズしています。
──今、制作の機材環境はどんな感じなんですか?
まず最初はiPhone XSから始まって、それをiPhone 11 Proにするという微妙なグレードアップが行われたんですよ。そして「YouTube NextUp 2020」に参加した際、ソニーのZV-1を買っていただきました。シャッタースピードとか絞りとかの調整が初心者でも簡単なので、すごく助かっています。あとは音ですよね。「YouTube NextUp 2020」を機にマイクもRODEのWireless GO whiteというものに変えたんですけど、やっぱりiPhoneとは全然違います。「変えてよかった~」という喜びの気持ちと「よく今までこんなのでアップしていたな」という反省の気持ちが同時に湧き上がりました(笑)。
常に手元にある辞書のように使ってほしい
──『ITすきま教室』の内容ももちろんですが、『YouTube NextUp 2020』も「学び」というのがテーマになっています。学ぶことの大切さについて感じることがあれば教えてください。
何かを勉強しようとするとき、今はYouTubeの存在が本当に大きいと思うんですよね。高額の情報商材を買わなくても、みんなが平等の環境で学ぶことができるわけじゃないですか。これは教育業界にとって大きな革命だと思います。これからは教育環境の有利・不利ではなく、学ぶ意欲があれば平等に機会が与えられる。いい時代になっているな、と思います。
──今後、クリエイターとしてどこを目指していきたいですか?
これはYouTubeを始めた原点にも戻る話なんですけど、私はITがわからない人の気持ちがすごくよくわかるんですね。IT関係で理解できない単語がやたらと出てくる。とりあえずググってみる。ググってもわからないから本を買う。本を読んでも理解できないIT用語が山のように出てくる。もう私と同じような思いはしてほしくないんですよ。IT関連で困った人が、常に手元にある辞書のように使ってくれる……そんな動画のラインナップを揃えていきたいというのが今の目標です。
──日本はIT教育が遅れていると指摘されることも多いですが、だからこそYouTubeの講義系動画は存在意義があるのかもしれません。
よくあるのは、ITのことがわからないから手当たり次第に本とかで勉強するんだけど、実際の仕事ではそこで学んだ知識が活かされないという悲劇。これは根が深い問題かもしれませんね。今、私は社会人6年目なんですけど、新人の子に対して「プロトコルとは~」とか説明する機会が多いんですね。そういうことを何度も繰り返しているうちに、どこでつまづくことが多いか見えてくるんですよ。そういう経験をYouTubeにも活かしています。今は実務で必要なものに絞って動画を作っているんですけど、その気になれば無限にコンテンツは作れるなと感じており、今後はもっともっと増やしていきたいです。
──それは意外ですね。2年も続けているのだから、ネタ切れになってもおかしくないはずですが。
ありがたいことに、コメント欄で「こういう場合はどうなんですか?」といった鋭い質問が寄せられるんです。すごくいい循環になっていますね。体系的な知識と具体例との組み合わせも無数にありますし。今はYouTube開設以来、もっとも私の創作意欲が高まっている状態です(笑)。