シャッター音を浴びながらロングスツールに腰掛けているだけで、圧倒的オーラがまぶしい。一方で、同僚社員にまぎれて、商品の在庫管理を黙々とする。2021年9月、表舞台から突然姿を消したと思ったら、アパレルECサイト「LOCONDO.jp」を運営するジェイドグループ株式会社に会社員として入社し、約1年がすぎた片瀬那奈さん。本人が「いろいろあった」と表する時期を経て、40代でリスタートをきった今を、余すことなく語ってくれた。
【片瀬那奈さん撮り下ろし写真】
「本当に自分がやりたいことってなんだろう」30代後半で初めて浮かんだ疑問符
──先ほど、普通に名刺交換をしていただいてびっくりしてしまいました。
片瀬 いつも普通に名刺交換していますよ。
同席した同僚女性 私たちもまだ、ふと気づくといちいちびっくりするんです。「片瀬那奈さんが社内に、隣のデスクに、いる!」って(笑)。
──お気持ち、とてもよく分かります。とはいえ、ロコンドの社員として週5日で働き始めたのが2022年12月からで、1年以上経ったんですよね。40代前半でそれまでとは全く別の仕事をすることについて、年齢的な節目を意識したのでしょうか。
片瀬 節目はそんなに意識しませんでしたが、思い返せば「ああ、このタイミングだったんだろうな」とは思いました。17歳から仕事をしていて、体格や容姿でずっと年上に見られていたので、「早く大人になりたい。年齢が外見に追いつきたい」と思いながらすごしてきて、30歳が来たときはうれしくて。でも40歳になる直前に、うれしい以外の感情が湧き上がりいろいろ考えました。
──どんなことを考えましたか?
片瀬 今まで芸能の仕事しかしてきませんでしたが、芸能の仕事って、依頼されたり与えられないと自分からは動けないんですよね。仕事をいただいて、それを自分の中で消化して、個性を出しながら表現します。その根底にあったのは、「人を楽しませたい」という使命感のようなものでした。その仕事は素晴らしい一方で、「本当に自分がやりたいことってなんだろう」と考え始めたのが、37、38歳のときでした。実は私は、好きなことも趣味もめちゃくちゃ多いし、知りたいことは知りたいし、なんでもやってみたい! と思う好奇心の塊で。例えば、雑誌の撮影があるとするじゃないですか。
──今日も撮らせていただきましたね。
片瀬 はい。通常、撮影した写真は事務所がチェックをしますよね。マネージャーさんたちのチェック中、私もたまたまそこにいて「私はこれがいいと思う」と指す写真、全部みんなが選ぶ写真と違うんですよ。
──自分が思う「いい」と、プロデュースする側の「いい」にギャップがあるんですね。
片瀬 「自分が好きな自分の顔と、ほかの人が好きな自分の顔って、全然違うんだな」と思ったら、やっぱり自分がやりたいことは求められているものではないんだな、と思うわけです。それを若い頃から悟っていて、与えられたことをしっかりと返せることの方に魅力を感じていたし、やりたいことができないストレスは全くありませんでした。
1つひとつ「違う」と声を上げないと「真実」になってしまう理不尽な現実
片瀬 でもふと、「このままでいいのかな」と思って。そんな中でも仕事はいただけるし、責任を持ってやりたいし……というさなかにいろいろなことがあり、「このタイミングで1回ゼロにしたい」と思ったんです。そういう時間が20年以上一度もなく、ずっと向き合ってこなかったから、知らず知らずのうちに自分を押し殺していたんじゃないのかな、とも思いました。
──芸能人という職業は、“イメージ”が大事な要素の1つですが、イメージと違うことをすると「かっこいい」と思う人も入れば、受け入れがたく批判的に見る人もいると思います。
片瀬 そうですよね。それは芸能人に限らずで、イメージは人が作るものだし、1対1で会うか、大人数の中の1人として会うか、でイメージって全然違うじゃないですか。だから私は「イメージと違う」と言われようがあまり傷つたり気にすることはありませんでした。明らかにおかしいことを言われると腹が立ちますが、1つひとつにいちいち声を上げないと“真実”になってしまうのも、おかしな話だし。その塩梅ってすごく難しくて。だから私は、真実があるならば、自分が後ろめたいことがなければ静観していようかなと思うんです。そもそも私、昔からエゴサを全くしないんですよ。ネットって「すごく素敵でした」という声の割合が少ないと思うんです。そういう人は、心の中で思ってくれるので。だから、イメージはそれぞれで作って楽しんでもらえればいいし、それをいちいち「違う」と弁明することもないし。私は私の人生を生きているだけなんですよね。
──2021年9月に所属事務所を離れたときは、よりそういった声が多かったかと思います。
片瀬 あのときは、自分がやったことに対して償いができるならなんでもやりますが、そうではなかったから。自分がやったことではないことに関して人に迷惑をかけている……という現状がつらかったですね。
──葛藤に押しつぶされそうになりますね。
片瀬 はい。それで「ゼロにしよう」と決めて、1年経ってようやく「今が一番幸せで楽しい。これで本当によかった」と思っています。
「出社したらメールチェック」すら知らなかった新人会社員
──紆余曲折を経ての「今が一番楽しい」、とても素敵です。
片瀬 ね。ロコンドに入社するきっかけも、たまたまなんです。田中裕輔社長がYouTubeからメールをくださって、普段チェックしないからその1か月後に気づいて「あの有名な社長さんだ!」って。すぐに連絡をすると「コラボしましょう」となり、その2、3日後に会いました。会う前に私、いろんなアイデアがすごい浮かんだんですよ。コラボ案やコンテンツ案など、50個くらいかな。
──50個!
片瀬 お会いしてそういう話をたくさんしたらすごく盛り上がって。「じゃあ、ロコンドの社員になるという企画をやりましょう」となったとき、実際には社員にならずに企画をやることで、視聴者さんのことを騙すのはイヤだなあと思ったんです。それに、企画で社員になると、できることも限られるし。それで「正式に社員になるのはどうか」となり、今に至ります。
──当時のほかの社員の方々の反応はいかがでしたか?
同僚女性 最初に田中から「ちょっと片瀬さんがいるから挨拶してくれない?」と言われて、「どこの片瀬さんだろう?」と思っていたら、片瀬那奈さんで。「えーー!?」って(笑)。普通にデスクでパソコン作業していたんですよ。ざわざわして、みんな必ず二度見していました。
片瀬 そうですね、二度見されました。
同僚女性 今でも不思議な光景ですよ。
片瀬 こんなに一流の会社に、40歳をすぎた別にこれまで実績もない人が急に入ってきて受け入れもらうって、すごいことじゃないですか? 40年生きるとなかなか新しいこともないし、「こんなふうに立ち回ったらこうなるな」と大体のことが見えている年齢だし、というなかで私は新しいことを吸収したい気持ちがありました。でも、ビジネスの場においてのメール返信の仕方も知らなかったんですから。まず出社したらメールをチェックする、という当たり前のことすら「そういうことをやるの!?」状態。
──会社員になって、ほかにカルチャーギャップを感じたことはありますか?
片瀬 だいたい全部ですかね。毎日同じ時間に会社に来ること自体初めてだし、飽きっぽいから、「毎日同じ時間に起きて、同じ時間に出社して、なんてできるかな」という不安はありましたが、すんなり順応しました。
──今の仕事はどんなことをやっていますか?
片瀬 部署は社長室で、業務内容は本当に多岐に渡ります。PRの仕事やリース業務、コラボ企画など。コラボ企画の場合、自分の人脈から繋げたりすることも多いので、ゼロの状態、企画立案から始めることが多いです。その場合、最初から最後まで1、2人の少人数でやります。
仕事をいちから作り上げる
──以前の仕事が活かされることもありますか?
片瀬 ほとんどの局面で活かされている気がします。例えばCMを作るとき、必要な予算、必要な期間やもの、演者の気持ちからスタッフの気持ちも大体は分かります。「このとき、演者さんはこういう状態になるから、時間を取ったほうがいいです」とか。
──やっぱり第一線で活躍していたからこそ、視野が広く分かるのですね。
片瀬 あとうちの会社はM&Aが多いので、素人ながらに調べたりデータを分析するのが好きですね。
──本当にマルチにやっていますね。
片瀬 今2年目だし、なるべくすべての業務を知っておきたいんですよね。「ここまでしかできません」ではなく、「やれるものは全部やらせてもらいたい」という気持ちでやっています。そうすると、どこかに自分に合うものが見つかることがあるじゃないですか。
──そうですね。多くを経験することで、これは合う・合わないがあぶり出されます。
片瀬 新人のうちはいろいろなことをやって、まずは皆さんに必要とされることが目標の1つでもあります。
──「40代で新人」、どんな立ち居振る舞いが求められると思いますか?
片瀬 とにかく変なプライドはいらないですよね。年齢関係なく、新しいことを覚えたい気持ちがあると、私は周りにめちめちゃ聞いちゃってます。うちの会社はワンフロアにすべての部署があってオープンなので、メールや社内チャットでも聞けるけれど、私は直接いっちゃうんですよ。「ここ、分からないんですけどどうしたらいいですか?」と。そうするとその場で解決することが多いので。
──風通しがよい会社ですね。この1年間で、一番達成感があった仕事はどんなことでしたか?
片瀬 今やっている仕事ですね。まだ達成していなくて、リーボックで今年ローンチする企画が何件かあり、そのプロジェクトが成功するように日々頑張っている最中です。CMやスチールなどコンテンツすべて担当しています。それを、ほぼ2人でやったよね?(と、同僚女性に顔を向ける)
同僚女性 そうなんです。大変でしたね。
生放送番組の司会で培った、ハプニング対応力
片瀬 電通さんや博報堂さんなどの広告代理店が入っていないので、私が自発的に動いて、すべてのところに確認や連絡をしないといけないのが、すごく不安だらけでした。CMとスチールの撮影をしたときも、「細かいニュアンスなど、本当にちゃんと伝わっているんだろうか」と不安でしょうがなかった。でも、何事もなく終わり少しホッとしています。
──演者の仕事とは全く違うヒリヒリ感ですね。
片瀬 そうなんです! 演者は「こういう企画で、こう撮ります」と説明されたら、やることだけに集中できます。でも今は、最後の最後まで皆さんに気持ちよくやってもらうことまでやらなければいけない。「それって、こんなに大変なことだったんだ……!」と、今まで関わってきたスタッフの方たちへの感謝の気持ちが、今になってものすごく強くなりました。皆さんに支えられて、私たちは自分の力を発揮することができていたんだなと。
──ローンチしたら楽になりますか?
片瀬 いえ、契約期間中は、まだまだ継続してずっと仕事があります。演者にも責任はありますが、仕事をオファーする側になると、責任に対する感覚がちょっと違う。
──これまで失敗経験もありましたか?
片瀬 あんまり失敗しないんですよねえ。すっごい安全牌だから、失敗する前に早めにケアするようにしています。
同僚女性 そうなんですよ、片瀬さんは仕事が本当に丁寧なんです。
──生放送の総合司会を務めていたからこそ、さまざまなハプニングに臨機応変に対応するすべが身についていそうですね。
片瀬 確かに、そのへんの度胸はあるかもしれないです。例えば生放送で時間が決まっているので、「絶対にこの秒数までにこのシーンにいかなきゃいけない」というとき、タイムキーパーさんがいても現場まで伝わらないこともある。そういうときは、私の方で判断してどうにか「次のコーナーです」とCMにいかせる、みたいな。
──とっさの判断力は第一線のタレントさんならではだと思います。
片瀬 柔軟であることは、一生大事ですよね。悪く言えば「自分がない」のかもしれないけど、よく言えば「臨機応変」。自分にないものを持っている人に惹かれるから、人の意見を聞くのも好きだし。でもまあ、失敗するほど大きな仕事を任されていないのかもしれない。
同僚女性 いやいや!
入社半年で猫の段ボールハウスをプロデュース
──CMはどこまで関わっているんですか?
片瀬 スタイリングも全部自分で考え、カット割りなども私が指示させてもらっています。ずっとこういうことをしたいと、どこかで思っていたんです。だから今の目標は、よく“右腕”っていいますが、私は“左腕”になりたいなと思っています。みんなの左腕に。右腕は皆さんちゃんといると思うので、その反対側をカバーできるような人になりたいですね。
──今一番ときめいたりわくわくする仕事はなんですか?
片瀬 全部です! なかでも、新しく始まる瞬間が一番わくわくします。
──始まりにかかわる、というのはつまり自分で仕事を作っていくということですよね。
片瀬 実は苦手だと思っていました、0から1にすること。10から150にするのは超得意なんだけど。でもこの会社はみんなが自発的だから、0から1がやりやすいんです。例えば、昨年5月に配送用段ボールを猫の家に改造できるサービスをスタートしたんですが、うち、猫がいまして、猫って段ボールが大好きなんですよね。いくらキャットハウスを与えても、結局Amazonの段ボールに入ってしまう……という姿を見て、これだ! と。そこで、+110円でかわいいデザインの段ボールを選べるというプランを考えたんです。
──素敵な発想ですね!
片瀬 そういった、今あるものをちょっとよくしたり、そういったアイデアをすごく出しやすい会社です。社長に「これどうですか?」と言えば「いいね! それやってみよう!」と、普段の会話レベルからもなにか生まれることが多くて。社長もフットワークが軽くて、思いたったらすぐに先方に連絡をします。コラボや新しいことはそうやって始まることが多いです。
──一般的に、そんなふうに始まるものなんですか?
片瀬 普通はないです(笑)。
──田中社長ご自身が規格外だからこそ、元タレントという経歴の片瀬さんも働きやすいのですね。
片瀬 そうですね、普通の企業の社長さんという感覚ではないかも。ここじゃなかったらどうなっていたか。そもそも雇ってくれないかもしれないし。社長は、大学も出ていない、なにもない40代を面白がってくれたので。
人に気を遣いすぎていた自分に「もうよくない?」とマインドをリセット
──片瀬さんと田中社長が対談するロコンド公式YouTubeチャンネル『LOCONDO CHANNEL』の1年前の動画で、片瀬さんが「挽回できると思っている」とおっしゃっていたのが印象的でしたが、現在、いかがでしょうか?
片瀬 当時、世間的にはいろいろあったように見られていたからこそ、「挽回」という言葉を使ったんだと思いますが、今は「挽回」とは違うベクトルにいると思っています。「挽回」って、同じフィールドで頑張って、マイナスだったものを元に戻すという意味があると思います。でも私は今全く違ったフィールドに来て、新しいことをゼロから始めているので、「リスタート」という感覚でしょうか。そして胸を張って、自分に誠実でいながら、「楽しい」と言えます。
──とても素敵な心境ですね。
片瀬 今の自分の能力を使って仕事ができているし、会社の人たちが好きだし、プライベートも趣味も充実しているし、友達も好きだし。
──周りの友達から、「前と変わった」など言われたしますか?
片瀬 「らしくなったね」「それが本来の那奈だよ」「気を遣いすぎていたんだよ」とは言われます。若い頃から「そんなに気を遣わなくていいよ」と周りに言われていたんですよね。別に気遣いで疲弊するわけではなく、とにかく関わる人にイヤな気持ちになってほしくない、という動機で気を遣っていました。でもこの2、3年くらい、「もっと自分のことも気遣っていいのでは?」と考えるようになりました。「自分が幸せなら、人も幸せになるでしょ?」というマインドに。
──マインドを転換しようと思ったきっかけがあったのでしょうか。
片瀬 きっかけは特になくて、自分の中で、「もうよくない?」ってなったんだと思います。もうちょっと自分に対して優しくしてもいいんじゃないかな、って。
──会社員として1年経過し、日々どんな発見がありますか?
片瀬 毎日小さな発見があって。例えば皆さんは当たり前かもしれませんが、画像検索について、私はずっと、スマホで検索して、スクショして、それをjpgに変換してPCに送信して……とやっていたんですが、実は2クリックだけでjpgで画像を保存できるって、昨日知ったんです。
──それまですごい作業をしていたのですね!
片瀬 あとね、商品を出荷するときに、商品についているバーコードのタグをバーコードリーダーで「ピッ」とするんですが、私これ、好きだなあって発見しました。「ピッ」がいっぱいあるとうれしい(笑)。
──童心に返ったようになるんでしょうか(笑)。最後に、今後の目標を教えてください。
片瀬 そうですね……皆さんの“空気ディレクター”になりたいんですよね。一応、社長に近いところにいるので、みんなが気持ちよく仕事ができるような空気を作っていける仕事ができればいいなと思っています。新人といえど、一応人生わりと長く生きていたので、そのへんの即戦力にはなるんじゃないかな、って。風通しのよい、みんなが「ここで仕事するの、楽しい」と思えるような、いい空気を作れるような存在になりたいですね。
アパレルECサイト「LOCONDO.jp」https://www.locondo.jp/
片瀬さん考案「キャットハウス段ボール」https://www.locondo.jp/shop/contents/makecathouse/
構成・撮影/丸山剛史 取材・文/有山千春